『魔王(自分)が居ない世界って、案外悪くない。~転生先は、私を討った勇者夫婦の次男として~』

夜澄 文

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第十話:闇の知識の代償。ルーク、秘密の力を解放する。

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1.迫り来る影と、母の力の限界
ルークが兄ライオスに闇の知識の片鱗を教え、家族の平和を守るための孤独な決意を固めてから、数週間が経過した。
ルークが王立学術院で感じた**「誰かの視線」は、日増しに強まっていた。自宅の周辺には、不審な人物の気配が濃くなり、ルークの魔王の知性は、彼らが学術院の上層部や王族の「暗部」が派遣した調査団**であることを瞬時に看破していた。彼らの目的は、ルークの特異な才能を調査・確保するか、あるいは排除することだ。
その脅威が具体化する一方で、母エリスの疲弊は限界に達していた。
ルークへの鎮静化の抱擁は、もはやエリスの聖女の光の力をもってしても、ルークの内に秘める闇の魔力を吸収しきれなくなっていた。ある夕刻、エリスがルークを抱きしめた直後、自宅の魔力ランプが激しくちらつき、聖なる装飾が微かに震えるという現象が起きた。それは、エリスの聖女の力が、ルークの闇の力に押し負け、一時的に不安定になっていることを示していた。
「ルーク……ごめんなさい。母さんの力が、足りなくて……」
エリスは、不安を悟られないよう微笑んだが、その手の震えをルークは見逃さなかった。
(もう、母さんに依存することはできない。これ以上、母の聖なる力を消耗させ、肉体を傷つけるわけにはいかない)
ルークは、自分の暴走を防ぐ唯一の手段であった母の愛という**「枷」**を、自らの意志で断ち切ることを決意した。そして、家族を守るために、魔王の記憶と知識を使うという、最も危険な道を選択した。
ルークの魔王の知性は、自宅の防衛のために、最も効率的で、痕跡を残さない方法を導き出した。それは、**強大な「闇の結界」**の構築だった。
2.闇の結界(アスタロト・ウォール)の構築
その夜、家族が寝静まった深夜。ルークは、静かにベッドを抜け出し、自宅の庭に出た。夜の闇が、ルークの小さな体を深く包み込む。
ルークは、魔王アスタロトの残滓との制御の協定を一時的に緩和した。それは、自らの意志で、自らに潜む悪魔を解放する行為だった。
ルークの心の声:「闇よ。今だけ、私の意志に従え。この家を、この温もりを、守る壁となれ! 私の、新しい結界となれ!」
ルークの体から、第六話での暴発とは全く異なる、完全に制御され、秩序づけられた闇の魔力が放出された。その力は、冷たい黒い霧のように、地面を這い、家全体を包み込むように広がる。
この瞬間、ルークの五歳の体と、魔王アスタロトの数世紀分の知識が融合した。彼は、闇の魔力を、地面の微細な魔力線と家の構造線に沿って緻密に織り込み、外界から視認できないが、**ルークの意志が絶対の法則となる、強大な「闇の結界(アスタロト・ウォール)」**を構築した。
結界の構築中、ルークの意識は、過去の魔王の記憶と一体化し、一瞬だけ絶対的な孤独と支配者としての冷徹な満足感に満たされた。しかし、すぐにルークの自我がその意識を引き戻す。
「……私の役目は、支配ではない。守護だ」
結界は完成した。それは、外界の魔力的な探査を完全に遮断し、ルークの許可なく侵入しようとする者に、強烈な精神的干渉を与える、絶対的な防壁だった。
3.最初の侵入者と、絶対的な排除
結界構築から数時間後。闇が最も濃くなる時刻に、調査団の**「暗部の騎士」**の一団が、ルークの自宅に侵入を試みた。彼らは、王都から派遣された、魔力的な隠蔽術に長けた精鋭部隊だった。
「観測結果通り、魔力が極端に希薄な領域だ。これは何か高度な隠蔽魔術が使われている。正面から侵入するぞ」
騎士の一人、リーダー格の男が、無許可で結界の外縁に足を踏み入れた。
その瞬間、結界が発動した。
騎士の意識は、一瞬にして、ルークの結界内部に存在する魔王アスタロトの残滓と繋がった。騎士は、強大な魔王の幻影、そしてかつて魔王が世界に与えた深い絶望の記憶を、視覚的・精神的に叩きつけられた。
「グアアアア! やめろ! 絶望の……記憶が……!」
騎士は、その場で嘔吐し、錯乱状態に陥り、意識を失った。彼の瞳は、恐怖で虚ろになり、二度と正気を取り戻せないほどの精神的なダメージを負っていた。
他の騎士たちは、仲間が受けた得体の知れない恐怖に戦慄し、撤退を余儀なくされた。彼らは、ルークの家を**「絶対的に触れてはならない領域」**と認識し、二度と近づこうとはしなかった。
ルークは、自室のベッドで、この一連の出来事を静かに確認していた。彼の瞳には、家族を守りきったという達成感と、闇の力を使ったことへの冷徹な満足感が宿っていた。
4.闇の守護者と、光の聖女の誓い
翌朝。エリスは、前夜の魔力の急激な乱れと、自宅周辺から発せられる微かな闇の残滓に気づき、ルークが何か大きなことをしたことを確信する。
エリスは、ルークを抱きしめるために、彼の部屋を訪れた。しかし、抱きしめる際、もはや鎮静化の光を送り込む必要がないほど、ルークの闇は自らの意志で秩序づけられ、安定していることを理解した。
エリスは、その秩序が、闇の力によるものであることを悟り、複雑な感情に襲われた。
「ルーク……あなたは、結界を……」エリスは、微かな闇の残滓から、ルークの行為を察した。
ルークは、母の目をまっすぐに見つめ、小さな体で、大きな意志を伝えた。
「母さん。もう、僕に力を使いすぎないで。僕が、この家を守る。誰も、この温もりを奪えないように」
エリスは、ルークの行った行為が、世界の脅威である闇の力であると同時に、自分と家族を守るための、純粋な愛に基づいていることを悟った。ルークは、闇に屈したのではない。闇を**「道具」**として支配し、愛のために使ったのだ。
エリスは、涙をこらえ、ルークを深く抱きしめた。
「ええ、分かったわ。ありがとう、ルーク。あなたが、この家の……秘密の守護者なのね」
エリスは、ルークの秘密を完全に受け入れた。光の聖女が、闇の守護者を陰ながら支えるという、家族の新たな、そして危険な関係性が確立した瞬間だった。ルークは、公には「神童」でありながら、裏では「闇の結界の主」という二重の生活を始め、物語は、**「外部の脅威との本格的な対立」**という次なる段階へ進む。
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