『魔王（自分）が居ない世界って、案外悪くない。～転生先は、私を討った勇者夫婦の次男として～』

第二十一話：絶対封印。崩壊する日常と、兄が選ぶ場所。

１．学術院の公開授業と、張り巡らされた封印の網
ルークの闇の力を危険視する査察官は、二度の査察失敗により、もはや政治的な圧力や心理的な罠では間に合わないことを悟っていた。彼らが選んだ最終決戦の舞台は、王立学術院の、多くの生徒と教員が見守る**「公開授業」**の場だった。
査察官の狙いは、ルークが最も無防備で、かつ多くの人命を盾にすることで、闇の力を解放できないという究極のジレンマに陥れることだった。
講堂の周囲には、ルークの能力測定を装って、王国最強の対魔術部隊が配備され、講堂の床下には、古代の遺跡から発掘された闇の力を無力化する封印術式が施された特殊な装置が秘密裏に設置されていた。
ルークは、講堂のセキュリティの異常な強化と、主席査察官の冷酷な目の奥にある**「殺意にも似た決意」から、これが最終的な罠であることを完全に予知していた。彼の知性は、すべての危険を読み取っていたが、大勢の無関係な人々の前で闇の力を解放することは、彼自身が「世界の脅威」**であることを証明してしまう行為に他ならなかった。
（これが、僕の最後の試練だ。ここで力を解放すれば、家族の愛が無駄になる。だが、解放しなければ、僕は封印される……！）
ルークは、逃げ場のない絶望的なジレンマに囚われていた。
２．査察官の挑発と、闇の制御の限界
公開授業が始まる。査察官は、ルークに難解な魔術理論の問題を次々と投げかけ、ルークの**「神童の仮面」**を維持させることで、その精神力を疲弊させていった。
そして、査察官は、最終的な挑発を仕掛けた。
「ルーク君の知識は、あまりに完璧で、あまりに冷酷だ。君の頭脳は、愛する家族を守るため、自らの存在を否定する道を選ぶことができるかね？ それとも、自分の孤独な愛のために、家族を欺き続けるかね？」
**「孤独な愛」**という言葉は、ルークの心の奥深く、ライオスに残った亀裂の痛みを呼び起こした。
「僕は兄さんを道具として利用した」という自己矛盾。心理的な挑発と、兄の心に残る亀裂への不安が、ルークの闇の制御に決定的な揺らぎを生じさせた。ルークは、意図せず闇の波動を微量に漏出させてしまう。その波動は、彼の瞳を一瞬、深淵のような黒に染めた。
「暴走の兆候あり！ 全員、退避！ 封印装置、発動！」
査察官は、この微量な闇の波動を捉え、即座に封印装置の発動を命じた。講堂は、瞬時に強力な光の封印結界で包囲された。対魔術部隊が、ルークに銃口を向ける。
ルークは、逃げ場がないことを悟り、家族を守るため、完全に統合した闇の力を解放することを決意する。もし封印されるのなら、せめて彼らを巻き込まないようにと。
３．兄ライオスの身を挺した愛の証明
封印装置から放たれた闇の力を無力化する光のエネルギーが、ルークを襲う。
その瞬間、傍聴席の最前列にいた兄ライオスが、**「待て！ ルークに触れるな！」**と叫びながら、部隊の制止を振り切って封印結界内に飛び込んだ。
ライオスは、査察官が仕掛けた**「ルークが兄を利用している」という毒を、「ルークが兄を心から愛している証拠」**に変えるため、ルークの前に立ちふさがった。
「ルークは俺の弟だ！ 誰もルークを道具になんかさせない！ 俺は、ルークの盾だ！」
ライオスは、その平凡な体で、封印エネルギーの奔流を受け止めた。彼の身体に激痛が走り、聖なるエネルギーに焼かれるが、その無垢で強烈な家族愛の光が、封印エネルギーをわずかに偏向させ、ルークの闇の解放を妨害した。
ライオスは、ルークに向かって振り返り、痛みに歪む顔で、しかし力強く微笑んだ。
「ルーク！ お前は一人じゃない！ 俺は、お前が選んだ場所だ！」
４．闇の防壁と、査察官の完全な敗北
兄の無条件の愛を目の当たりにしたルークの心から、生じた心の亀裂は、完全に修復された。闇の知性は、もはや**「世界をどうするか」ではなく、「兄の命を守る」**という唯一の目標に集中した。
ルークは、闇の力を解放した。しかし、それは破壊的な力ではなかった。
ルークの闇は、兄の体を優しく包み込み、封印エネルギーの奔流だけを精密に解析し、完全に無力化するための、**「闇の防壁」**として機能した。闇は、ライオスの体に触れる寸前で光のエネルギーを分解し、周囲の生徒や教員には一切の被害を与えなかった。
遠くで対魔術部隊と対峙していた父カイは、ライオスの勇敢な行動と、ルークの制御された闇の力を目撃し、激昂した。
「貴様ら！ 息子に指一本触れさせるものか！」
カイは、英雄としての全ての武力を使い、対魔術部隊を一瞬で制圧。封印装置を破壊した。
主席査察官は、ルークが闇の力を解放しても、それが**「愛する兄を守るための防壁」として機能し、周囲に被害が一切ないという事実に直面し、膝から崩れ落ちた。彼が狙った「家族の崩壊」と「闇の力の暴走」は、逆に「愛の証明」**へと転化してしまったのだ。
５．ルークの声明と、最終決着への移行
混乱が収束した講堂。ライオスは軽い火傷を負ったが、すぐに父と母に抱きかかえられた。
ルークは、講堂に集まったすべての生徒、教員、査察官、そして家族の前で、初めて公の場で自らの力についての声明を出した。彼の声は、幼いながらも、絶対的な知性と確信に満ちていた。
「僕の力は、世界を滅ぼすためのものではない。この力は、僕の愛する家族を守るためのものだ。そして、僕の家族は、僕の力が暴走しないための、世界で最も強力な安全装置です」
ルークは、査察官をまっすぐに見つめた。
「あなた方が、この力が世界を脅かすというのなら、僕の家族は、この世界を守るための最強の盾となる。これ以上の査察は、王国を守る英雄への侮辱です」
家族の絆は完全に証明され、ルークの力が**「脅威」から「守護の力」**へと公的に転換する準備が整った。物語は、この物理的な衝突を経て、英雄カイの政治力と、ルークの証明された力による、王国との最終的な政治的決着へと向かう。