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第三章 流れ弾
ジャマイカ・ビール
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――美津梨――
徳島城跡は、地図で見るよりずっと厄介だった。
四方を川に囲まれ、橋を渡らなければ近づけない。
天然の要害という言葉が、ここまで似合う場所もない。
マスターコンピューターは、ほぼ間違いなくあそこ。
だからこそ、私たちは“正面突破の前座”を任された。
「つまり、私たちは囮ってことよね」
紫鈴が淡々と言う。いつものクールな声だ。
「言い方が雑すぎない? 一応“陽動”って言ってほしいんだけど」
私は小声で抗議した。
「意味は同じ」
「そこを丸めないでほしいなぁ……」
今回のメンバーは三人。
私、美津梨。紫鈴。そして――百合先輩。
「いやぁ、若い子と一緒の任務って、なんか新鮮ねぇ」
百合先輩は、そう言って伸びをした。
山陰攻略から作戦会議で一時的に徳島に来ており、流れで攻略に参加することになったが、
緊張感? なにそれ? という雰囲気である。
私たちは廃墟となった商店街の一角に潜伏していた。
シャッターは半分崩れ、看板は色褪せ、風が吹くたびにどこかで金属音が鳴る。
「……ここ、酒屋さんだったみたいですね」
足元を見て、私は言った。
床一面に、瓶、瓶、瓶。
しかも見たことのないラベルばかり。
「おや? 海外ものじゃない?」
百合先輩が一本拾い上げる。
「“JAMAICA BEER”……?」
「ジャマイカ……?」
紫鈴と私は顔を見合わせた。
「せっかくだし、酒盛りしよっか」
百合先輩が、にこっと笑った。
「しません!」
「しない」
二人同時だった。
「えー、ちょっとだけよ、ちょっと」
「任務中です!」
「待機中」
「だから、暇つぶしに……」
「百合先輩、完全に理由がおかしいです」
百合先輩は少し考えたあと、こう言った。
「……じゃあ、味見」
「その発想どこから来るんですか!?」
とはいえ。
結局。
ちょっとだけ、飲んだ。
「……にがっ」
思わず声が出た。
「これは……美味しいとは言えませんね……」
「うん、草の味」
紫鈴の感想が雑すぎる。
「えー? 大人の味よ、大人の」
百合先輩は平然ともう一口飲む。
「百合先輩、それ絶対“飲み慣れてる人の意地”です」
「違うわよ? たぶん」
その“たぶん”が怖い。
その後だった。
「……ねえ、ちょっと見て」
百合先輩が、店の奥を指さした。
そこには――
ピンク色のパンダの着ぐるみ。
やけにふわふわしている。
「……なんで?」
「知らない」
「酒屋ですよね、ここ……?」
百合先輩は、顎に手を当てた。
「これ着て、外で踊ったら、ヘイト釣れそうじゃない?」
「やめてください」
「却下」
即答だった。
「えー、でも陽動だし」
「その陽動、方向性が完全におかしいです!」
「しかも目立ちすぎ」
百合先輩は、にやりと笑った。
「目立たせるのが仕事でしょ?」
そのまま、奥へ消えた。
「……嫌な予感しかしない」
「同感」
数十秒後。
「どう?」
ピンクのパンダが現れた。
「どう、じゃありません!」
「……想像以上に似合っているのが腹立つ」
「でしょ?」
百合先輩――いや、パンダ先輩は親指を立てた。
その直後。
陽動開始の合図。
パンダが、飛び出した。
広場の中央で、踊りだす。
「ちょ、ちょっと!?」
「……あれ、酔ってる?」
紫鈴が冷静に分析した。
確かに動きがおかしい。
ステップが微妙にずれている。
ヘイトが、集まり始めた。
ただし、距離を取って。
困惑しているようにも見える。
「……ヘイトも、戸惑うんですね」
「そりゃそうです。パンダですもん」
「それはそう」
私と紫鈴は目配せした。
――今だ。
「美津梨、右!」
「了解!」
攻撃が走る。
混乱するヘイト。
その瞬間、私は息を吸った。
「――中米麦酒」
身体が、軽くなる。
音がなくても、リズムが流れ込む。
ステップ。
ターン。
攻撃のたびに、速度が上がる。
「美津梨、速っ!?」
「止まったら、死ぬから!」
でも――分かってる。
速くなるほど、防御は削られていく。
「……敵が集まりすぎです!」
「……さすがにやばい」
「撤退!パンダ回収!」
私たちはパンダに突進した。
「はいはい、脱ぎます脱ぎます!」
着ぐるみを引き剥がす。
「ちょ、耳引っ張らないで!」
「引っ張らないと脱げません!」
ようやく素顔。
百合先輩、完全に赤い。
「……酔ってますよね」
「気のせいよ~」
「目が泳いでます」
そのまま、郊外へ走る。
ヘイトを引き付けながら。
「……なんでこんな任務に」
「でも、ちょっと楽しかった」
「否定しないんですか、それ」
遠くで、爆音。
本体突入成功の合図。
陽動、成功。
「ほらね、役に立ったでしょ?」
百合先輩が笑う。
私は、ため息をついた。
「……次は、普通の方法でお願いします」
「じゃあ、次はクマで」
「やめてください」
紫鈴が、珍しく小さく笑った。
シリアスな戦場で。
ジャマイカ・ビールの夜は、妙に騒がしかった。
■□■□■□特殊能力解説■□■□■□
美津梨(みつり)
特殊能力:中米麦酒(ジャマイカ・ダンス)
中米麦酒は、美津梨のダンスと完全に同調して発動する身体強化能力であり、踊り始めるたび、彼女は自分の中の迷い、恐れ、無駄な感情を一つずつ切り落としていく。
動きは次第に研ぎ澄まされ、ステップは軽く、剣筋は美しく、そして冷酷なほど正確になる。レイピアは彼女の意思を写す筆となり、軌跡そのものが芸術になる。
この能力の本質は派手な強化ではない。スピードと攻撃力が上昇する一方で、防御力は反比例して減少する。敵を倒す、それ以外を捨てること。沈黙のダンサーである彼女にとって、踊ることは祈りであり、戦いは舞台だ。
徳島城跡は、地図で見るよりずっと厄介だった。
四方を川に囲まれ、橋を渡らなければ近づけない。
天然の要害という言葉が、ここまで似合う場所もない。
マスターコンピューターは、ほぼ間違いなくあそこ。
だからこそ、私たちは“正面突破の前座”を任された。
「つまり、私たちは囮ってことよね」
紫鈴が淡々と言う。いつものクールな声だ。
「言い方が雑すぎない? 一応“陽動”って言ってほしいんだけど」
私は小声で抗議した。
「意味は同じ」
「そこを丸めないでほしいなぁ……」
今回のメンバーは三人。
私、美津梨。紫鈴。そして――百合先輩。
「いやぁ、若い子と一緒の任務って、なんか新鮮ねぇ」
百合先輩は、そう言って伸びをした。
山陰攻略から作戦会議で一時的に徳島に来ており、流れで攻略に参加することになったが、
緊張感? なにそれ? という雰囲気である。
私たちは廃墟となった商店街の一角に潜伏していた。
シャッターは半分崩れ、看板は色褪せ、風が吹くたびにどこかで金属音が鳴る。
「……ここ、酒屋さんだったみたいですね」
足元を見て、私は言った。
床一面に、瓶、瓶、瓶。
しかも見たことのないラベルばかり。
「おや? 海外ものじゃない?」
百合先輩が一本拾い上げる。
「“JAMAICA BEER”……?」
「ジャマイカ……?」
紫鈴と私は顔を見合わせた。
「せっかくだし、酒盛りしよっか」
百合先輩が、にこっと笑った。
「しません!」
「しない」
二人同時だった。
「えー、ちょっとだけよ、ちょっと」
「任務中です!」
「待機中」
「だから、暇つぶしに……」
「百合先輩、完全に理由がおかしいです」
百合先輩は少し考えたあと、こう言った。
「……じゃあ、味見」
「その発想どこから来るんですか!?」
とはいえ。
結局。
ちょっとだけ、飲んだ。
「……にがっ」
思わず声が出た。
「これは……美味しいとは言えませんね……」
「うん、草の味」
紫鈴の感想が雑すぎる。
「えー? 大人の味よ、大人の」
百合先輩は平然ともう一口飲む。
「百合先輩、それ絶対“飲み慣れてる人の意地”です」
「違うわよ? たぶん」
その“たぶん”が怖い。
その後だった。
「……ねえ、ちょっと見て」
百合先輩が、店の奥を指さした。
そこには――
ピンク色のパンダの着ぐるみ。
やけにふわふわしている。
「……なんで?」
「知らない」
「酒屋ですよね、ここ……?」
百合先輩は、顎に手を当てた。
「これ着て、外で踊ったら、ヘイト釣れそうじゃない?」
「やめてください」
「却下」
即答だった。
「えー、でも陽動だし」
「その陽動、方向性が完全におかしいです!」
「しかも目立ちすぎ」
百合先輩は、にやりと笑った。
「目立たせるのが仕事でしょ?」
そのまま、奥へ消えた。
「……嫌な予感しかしない」
「同感」
数十秒後。
「どう?」
ピンクのパンダが現れた。
「どう、じゃありません!」
「……想像以上に似合っているのが腹立つ」
「でしょ?」
百合先輩――いや、パンダ先輩は親指を立てた。
その直後。
陽動開始の合図。
パンダが、飛び出した。
広場の中央で、踊りだす。
「ちょ、ちょっと!?」
「……あれ、酔ってる?」
紫鈴が冷静に分析した。
確かに動きがおかしい。
ステップが微妙にずれている。
ヘイトが、集まり始めた。
ただし、距離を取って。
困惑しているようにも見える。
「……ヘイトも、戸惑うんですね」
「そりゃそうです。パンダですもん」
「それはそう」
私と紫鈴は目配せした。
――今だ。
「美津梨、右!」
「了解!」
攻撃が走る。
混乱するヘイト。
その瞬間、私は息を吸った。
「――中米麦酒」
身体が、軽くなる。
音がなくても、リズムが流れ込む。
ステップ。
ターン。
攻撃のたびに、速度が上がる。
「美津梨、速っ!?」
「止まったら、死ぬから!」
でも――分かってる。
速くなるほど、防御は削られていく。
「……敵が集まりすぎです!」
「……さすがにやばい」
「撤退!パンダ回収!」
私たちはパンダに突進した。
「はいはい、脱ぎます脱ぎます!」
着ぐるみを引き剥がす。
「ちょ、耳引っ張らないで!」
「引っ張らないと脱げません!」
ようやく素顔。
百合先輩、完全に赤い。
「……酔ってますよね」
「気のせいよ~」
「目が泳いでます」
そのまま、郊外へ走る。
ヘイトを引き付けながら。
「……なんでこんな任務に」
「でも、ちょっと楽しかった」
「否定しないんですか、それ」
遠くで、爆音。
本体突入成功の合図。
陽動、成功。
「ほらね、役に立ったでしょ?」
百合先輩が笑う。
私は、ため息をついた。
「……次は、普通の方法でお願いします」
「じゃあ、次はクマで」
「やめてください」
紫鈴が、珍しく小さく笑った。
シリアスな戦場で。
ジャマイカ・ビールの夜は、妙に騒がしかった。
■□■□■□特殊能力解説■□■□■□
美津梨(みつり)
特殊能力:中米麦酒(ジャマイカ・ダンス)
中米麦酒は、美津梨のダンスと完全に同調して発動する身体強化能力であり、踊り始めるたび、彼女は自分の中の迷い、恐れ、無駄な感情を一つずつ切り落としていく。
動きは次第に研ぎ澄まされ、ステップは軽く、剣筋は美しく、そして冷酷なほど正確になる。レイピアは彼女の意思を写す筆となり、軌跡そのものが芸術になる。
この能力の本質は派手な強化ではない。スピードと攻撃力が上昇する一方で、防御力は反比例して減少する。敵を倒す、それ以外を捨てること。沈黙のダンサーである彼女にとって、踊ることは祈りであり、戦いは舞台だ。
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