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第四章 五月雨よ
僕のジレンマⅡ
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――凛――
攻撃開始の朝。
六甲山の稜線に立ち、私は神戸の街を見下ろしていた。
まだ朝の光は淡く、港も高層ビル群も静かに眠っている。
――けれど、この静けさが今日で終わることを、私は知っていた。
胸の奥に溜まった不安と緊張が、冷たい空気と一緒に肺に入り込んでくる。
「……時間です」
莉莎子先輩の声が、短く、しかしはっきりと響いた。
作戦開始の合図。その瞬間だった。
――きゃああっ!
遠く、風に乗って、かすかな悲鳴が届いた。
子供の声。間違いなく。
「……今の、聞こえた?」
誰かが息を呑んで言った。私の背中に、嫌な汗が流れる。
「子供たちの……コロニー?」
言葉にした瞬間、頭の中で何かが弾けた。
攻撃目標は敵の本拠。
ここまで何度もシミュレーションしてきた。
今さら迷う理由なんて――ないはずなのに。
守るべきものと、終わらせるべき戦い。
選べないジレンマ、私の思考は凍りついた。
一瞬の沈黙を切り裂いたのは、莉莎子先輩だった。
「予定通り、攻略を開始します」
迷いのない声。
そして、次の言葉が、私の心をさらに揺さぶる。
「私だけ、戻る。コロニーの防衛に入る」
「待って!」
真っ先に声を上げたのは、友里亜先輩だった。
「一人で防衛なんて無茶よ! 最低でも数人――」
「時間がないの」
莉莎子先輩は、静かに、でも強く言った。
「一刻を争う状況よ。ここで足を止めたら、もっと被害が広がる」
友里亜先輩と莉莎子先輩は、しばらく見つめ合っていた。
その視線の交差が、覚悟と覚悟のぶつかり合いだと、私にも分かった。
「……分かった」
友里亜先輩が、深く息を吸い、吐いた。
「ここは私が指揮を取る。必ず、敵の本拠を落とすよ」
莉莎子先輩は、わずかに微笑んだ。
「ありがとう。後は任せたわ」
それでも――動けなかった。
先輩を護衛すべきか、敵の中枢を叩くべきか。
ジレンマで足が地面に縫い付けられたように、櫻小隊のみんなはすぐには前に出られなかった。
そのときだった。
G1の先輩たちが、次々と莉莎子先輩に抱きついた。
「絶対、戻ってきてよね」
「約束だからね」
「生きて、また一緒に帰りましょう」
誰も泣いていない。
でも、全員が必死だった。
その光景を見て、胸の奥で何かが決壊した。
――逃げちゃだめだ。
――迷ったままじゃ、誰も守れない。
私も、前を向いた。
莉莎子先輩は振り返らなかった。
ただ、いつもの笑顔で手を振り、コロニーの方角へ走り出した。
私たちは、敵の本拠へと走り出した。
神戸市街での戦闘は、想像以上に激しかった。
瓦礫、炎、ヘイトの群れ。
何度も倒れかけ、何度も立ち上がった。
夕刻。
満身創痍になりながら、ついにマスターコンピューターを破壊した瞬間、全身から力が抜けた。
――間に合ったのか。
櫻小隊が急いでコロニーへ戻ると、そこには二十体を超えるヘイトの残骸と、壮絶な戦闘の痕跡が広がっていた。
「子供たちは……!」
「洞窟の中よ。全員、無事!」
安堵が広がる。
けれど――。
「……莉莎子先輩は?」
誰も答えられなかった。
そのとき、かすかな感覚が、頭の奥に触れた。
『……こっち』
念話。
絵理奈が、神戸を見下ろす崖の方を指さした。
そこに、いた。
血にまみれ、満身創痍の莉莎子先輩が、岩にもたれかかりながら、夕焼けの神戸を見下ろしていた。
「……ばか」
友里亜先輩が震える声で言った。
「心配したんだから……!」
次の瞬間、G1の先輩たちが一斉に駆け寄った。
怒鳴りながら、泣きながら、笑いながら。
私も、気づいたら涙が止まらなくなっていた。
守れた。
終わらせられた。
そして――帰ってきてくれた。
夕焼けの中、私たちは涙と笑顔で莉莎子先輩を囲んでいた。
攻撃開始の朝。
六甲山の稜線に立ち、私は神戸の街を見下ろしていた。
まだ朝の光は淡く、港も高層ビル群も静かに眠っている。
――けれど、この静けさが今日で終わることを、私は知っていた。
胸の奥に溜まった不安と緊張が、冷たい空気と一緒に肺に入り込んでくる。
「……時間です」
莉莎子先輩の声が、短く、しかしはっきりと響いた。
作戦開始の合図。その瞬間だった。
――きゃああっ!
遠く、風に乗って、かすかな悲鳴が届いた。
子供の声。間違いなく。
「……今の、聞こえた?」
誰かが息を呑んで言った。私の背中に、嫌な汗が流れる。
「子供たちの……コロニー?」
言葉にした瞬間、頭の中で何かが弾けた。
攻撃目標は敵の本拠。
ここまで何度もシミュレーションしてきた。
今さら迷う理由なんて――ないはずなのに。
守るべきものと、終わらせるべき戦い。
選べないジレンマ、私の思考は凍りついた。
一瞬の沈黙を切り裂いたのは、莉莎子先輩だった。
「予定通り、攻略を開始します」
迷いのない声。
そして、次の言葉が、私の心をさらに揺さぶる。
「私だけ、戻る。コロニーの防衛に入る」
「待って!」
真っ先に声を上げたのは、友里亜先輩だった。
「一人で防衛なんて無茶よ! 最低でも数人――」
「時間がないの」
莉莎子先輩は、静かに、でも強く言った。
「一刻を争う状況よ。ここで足を止めたら、もっと被害が広がる」
友里亜先輩と莉莎子先輩は、しばらく見つめ合っていた。
その視線の交差が、覚悟と覚悟のぶつかり合いだと、私にも分かった。
「……分かった」
友里亜先輩が、深く息を吸い、吐いた。
「ここは私が指揮を取る。必ず、敵の本拠を落とすよ」
莉莎子先輩は、わずかに微笑んだ。
「ありがとう。後は任せたわ」
それでも――動けなかった。
先輩を護衛すべきか、敵の中枢を叩くべきか。
ジレンマで足が地面に縫い付けられたように、櫻小隊のみんなはすぐには前に出られなかった。
そのときだった。
G1の先輩たちが、次々と莉莎子先輩に抱きついた。
「絶対、戻ってきてよね」
「約束だからね」
「生きて、また一緒に帰りましょう」
誰も泣いていない。
でも、全員が必死だった。
その光景を見て、胸の奥で何かが決壊した。
――逃げちゃだめだ。
――迷ったままじゃ、誰も守れない。
私も、前を向いた。
莉莎子先輩は振り返らなかった。
ただ、いつもの笑顔で手を振り、コロニーの方角へ走り出した。
私たちは、敵の本拠へと走り出した。
神戸市街での戦闘は、想像以上に激しかった。
瓦礫、炎、ヘイトの群れ。
何度も倒れかけ、何度も立ち上がった。
夕刻。
満身創痍になりながら、ついにマスターコンピューターを破壊した瞬間、全身から力が抜けた。
――間に合ったのか。
櫻小隊が急いでコロニーへ戻ると、そこには二十体を超えるヘイトの残骸と、壮絶な戦闘の痕跡が広がっていた。
「子供たちは……!」
「洞窟の中よ。全員、無事!」
安堵が広がる。
けれど――。
「……莉莎子先輩は?」
誰も答えられなかった。
そのとき、かすかな感覚が、頭の奥に触れた。
『……こっち』
念話。
絵理奈が、神戸を見下ろす崖の方を指さした。
そこに、いた。
血にまみれ、満身創痍の莉莎子先輩が、岩にもたれかかりながら、夕焼けの神戸を見下ろしていた。
「……ばか」
友里亜先輩が震える声で言った。
「心配したんだから……!」
次の瞬間、G1の先輩たちが一斉に駆け寄った。
怒鳴りながら、泣きながら、笑いながら。
私も、気づいたら涙が止まらなくなっていた。
守れた。
終わらせられた。
そして――帰ってきてくれた。
夕焼けの中、私たちは涙と笑顔で莉莎子先輩を囲んでいた。
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