刃愛

のどか

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コトウ

憂さ

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 ヘブンの上階は、二階は比較的安普請だ。壁も扉も薄く、部屋のなかの声がよく聞こえる。本来の用途では、客を挑発する目的でそうしたのだろう。
 この階は基本的に執務室や会議室として使っている。あいている部屋は、夜は構成員に限り本来の目的で使っている。
 三階はいきなり設備が豪華になり、各部屋の防音がしっかりしている。
 これらは本来、不倫の密会や、それなりに身分のある等の人目をはばかる人間が借りていたらしい。
 この階に幹部連の部屋がある。
 この階ならば、部屋の中で何をしていてもどこにももれない。
 廊下に空の皿が置いてあるワゴンがあった。スワロウの部屋だ。
 クロスはドアの横にある内線を押した。
 ドアがわずかに開く。
「ボス?」
 スワロウはいきなりドアを開けるような無用心な真似はしない。壁で遮蔽を取りながら、少しだけあけ、外を確認する。
「話がある。入れろよ」
 スワロウが顔をしかめた。
「呑んでやがるのか?」
「この程度で酔うかよ」
「なんで、俺の部屋なんだ?」
「他のやつに知られてもいいのか? 本家から二番目について連絡があった」
 スワロウは躊躇しているようだったが、やがて扉を開けた。
 クロスは遠慮なく足を踏み入れた。
 スワロウは寝るつもりだったのか、髪を解いていた。よくよく見れば、寝巻きの上に制服の上を羽織っている。
 クロスは遠慮なく椅子に座り、向かいの椅子を示した。
 スワロウは嫌そうな顔をしたが、傍らに剣を立てかけ、椅子に座る。一瞬、かすかに顔をしかめた。
「本家から、何だって?」
「二番目が消えたそうだ。本家のほうでも、こっちが掴んでいる程度の情報は入る。いや、それ以上だな」
「大ボスは、二番目のやってることに、気づいてんのか?」
「大ボス直々のお達しだ」
 つまりはコネクションの上部では、ギルバートが『サモナ』と手を組み、クロスを襲撃しようとしていることは、周知の事実だということだ。
「時期が早まったぜ。計画を知られたやつは、自棄になってやがるだろうからな」
「それで、大ボスはなんと──」
「──組織にとって、最良の方法をとれ、とさ」
 つまりは、殺してもかまわないということだ。
「──灰皿、ないぜ」
 クロスはいつの間にか煙草の箱を手にしていた。そのことに、本人自身が一番驚いた。
「……吸おうとしてたのか?」
「無意識でやってんのかよ。そのうち肺が真っ黒んなるぜ」
 クロスは箱をポケットに戻した。
「なに、イラだってやがる? 本家からお許しが出たんだろうがよ……」
「だな、後は考えず殲滅すりゃいい」
「……やっぱり、兄貴をぶっ殺すのは、気が引けるかよ」
 クロスがスワロウの髪を掴んで引き寄せた。
「痛ゥ‼」
「誰が兄貴だ? 俺はあいつを兄と思ったことはない」
「……知ってるよ……あんたは、娼婦の息子で、大ボスとは関係ない、そういう事にしてあるんだろ」
 それは有名な話だ。大ボスと幹部が話し合った結果とされている。
「それでいい」
 クロスが手を離した。
「気が引けるだぁ?……俺はやつをぶち殺したくて、ウズウズしてるんだよ」
 クロスは壮絶な笑みを浮かべた。
「? 面識ねえだろ?」
 クロスはできるだけ、マドゥのボスの家族とは顔を合わせないように、配慮されているはずだ。写真や映像を見ることはあっても直接会ったことはないはずなのだ。
「ないさ。だがな、やつは俺を狙っている。そういうやつはぶち殺す。それだけだ」
 言葉以外の何か暗いものにスワロウは気づいたが、口には出さなかった。
 それは憎悪だ。その存在を認められていないクロスが、マドゥの家のものを怨んでいても不思議ではないが、それだけとは思えないものがあった。
「やつはサモナと手を組んだ。サモナの土地を通るルートを警戒させるさ」
「『サモナ』と? それで見捨てられたかよ。自業自得だな。警備はリッパーの役目だろ? あいつには伝えたのか?」
「それは明日にしといてやるさ。あいつはリズとお楽しみ中だ」
「? あの女、あんたと楽しんでたろう。フラれたのか?」
 クロスが爆笑した。
「譲ってやったのさ、別口で楽しみたかったんでな」
 クロスが席を立ち、スワロウは身の危険を感じて立ち上がった。
 クロスの拳が鳩尾を狙い──スワロウは身を引いたが、それはフェイントだった──くるりと身を翻して背後に回りこんだクロスは、スワロウの首筋を手刀で打った。

 スワロウは気がついたとたん、暴れた。
「むだだと分かってるだろうが」
「うるせぇ! 嫌なものは、嫌なんだよ! 男相手には、勃たねえんじゃなかったのかよ!」
 最初のときと同じように椅子にくくりつけられたスワロウは必死に縄をはずそうとした。
「おまえにはできるらしい」
「なんでだよ! 俺は女じゃねえぞ!」
「当たり前だ。こんなでかくてごつい女がいてたまるか」
 クロスが衣服をはがしはじめた。
「やめろ! やめろおぉ!」
 そのときの記憶がよみがえり、スワロウは不自由な体勢のまま、逃れようと暴れた。
「前んときは、悪かったな。媚薬が効く前にやっちまったんで、痛かったんだろう。今日は、媚薬が効くまで待ってやるよ」
「!」
 クロスが媚薬入りの潤滑剤を塗りこみながら、耳元に囁いてくる。
「すぐどうにもならなくなる。おまえのほうからねだらせるのも、面白そうだが、まだそこまではいかんか」
 媚薬が効いてきたら、どのような醜態を晒すのかと、スワロウはゾッとした。
(心まで陵辱する気か)
「やめろ! やめろおぉぉ!」
 手首の皮が擦り切れて、血がにじんだ。必死に逃れようとしたが、薬が回ってきたのか、頭がぼやけてきた。
 クロスの手が体を撫で回してくるのが分かった──後はよくわからない──

 媚薬が効いてきたのはすぐ分かった。
 呼吸が速く浅くなり、声に艶めいた喘ぎが混じる。間違えようのない証が男にはある。
 身動きの叶わない体を焦れたように振るわせる。
 クロスはスワロウの体に触れた。
 少し触れただけで、反応を返してくる。
 それはいつも抱く女ではない。
 胸に手を伸ばしても、そこにあるのは平坦な胸板だ。曲線で作られた柔らかな女体ではない。
 直線的な、鍛え上げられた強靭でしなやかな肉体だ。ただ強くなることを目的に、絞り上げた無駄のないそれは、ある種の美を兼ね備えていた。
 クロスがスワロウの髪をすくいあげた。癖のない髪は、しなやかにこぼれ落ちる。
 背の半ばまで覆う髪は、始めてあったときは肩ほどもなかった。
 その頃からスワロウには、強くなることしか頭に無かった。
 コネクションにいるものは、たいてい成りあがろうとか、コネクションのおこぼれに与ろうという意図がある。あるいは、暴力によって他人を支配したいとか、殺し自体が好きなやつもいる。
 スワロウはそういうことには興味が無い。幹部まで上り詰めながら、それが目的ではない。
 ただ、ただ、強くなる。剣の腕を磨く、それだけがすべてだ。
 日ごろの生活もそれを基準にしている。
 研ぎ澄まされた刃のようだと、思ったものだ。
 その眼に、あの光が混じったのは、いつの頃からだろう。
 珍しくは無い。クロスを見る何人もの人間に、同じものを見る。
 けれど、スワロウの眼に、その光があるのは──気に食わない──無視できないといった方が正しいのか?
 それを見るたび、イラだつ──滅茶苦茶にしてやりたくなる。こんな風に──
 スワロウがひときわ高く声を上げ──クロスは行為に没頭した。

 気がつくと、ベッドの中にうつぶせに寝ていた。
 ライターをつける微かな音がした。
「灰皿ねえぞ」
「なんだ、おきてたのか」
 クロスの好む煙草の匂いがした。
 スワロウは振り向きもせず呟いた。
「……八つ当たりすんのなら、別のやつにしろよ。俺はもうごめんだ」
「八つ当たり?」
「自分で気がついてないのかよ」
 クロスがスワロウの顔を掴んで振り向かせた。
「俺が、なにをイラだってるって?」
「知るかよ……慰めて欲しけりゃ、女でも男でも、いくらでもいるだろうが! なんで、わざわざこんなことをする!」
 ここ数日、クロスがイラだっているのは、長年付き合ってきたスワロウには一目瞭然だった。
 早い時間から酒場に下りたのも、気晴らしを求めてのことだろうと、すぐに分かった。一夜の慰めの相手にリズを選んだのも、その土地、その土地で一番いい女しか相手にしないクロスなら、当然だと思ったものだ。
「おまえが誘ったからだ」
「! 知らねえよ! なんで、俺が!」
 クロスが眼を細めた。
「酒場で、こっちを見たろう。女に嫉妬したのか? それとも、この間のことを思い出していたのか? 物欲しそうな目だったぜ」
「勝手に、思い込んでんじゃねえ!」
 スワロウはクロスを睨みつけた。
 クロスはひるむ様子もなく、その視線を受け止め囁いた。
「なんだ? 足りなかったか?」
 スワロウはクロスの手を払いのけ、飛び退こうとして──激痛が走った。呻いてうずくまる。
「大丈夫か?」
「だい……じょうぶな……わけねえ……だろ……」
 苦痛に声が震えた。
 薬が切れた後、酷い苦痛と屈辱だけが残る。薬が効いている間、どんな痴態を晒したのかと思うと、恥辱のあまり、死にたくなる。
 クロスが煙草をコップの縁でもみ消した。吸殻はそのままコップの中。
「分かったよ、しばらくは手をださねえ。これからグランティアと戦争しようってのに、おまえが足腰立たないんじゃ、困るからな」
「誰のせいだよ!」
「俺だ。俺がおまえに──」
「──やめろ! 詳しく説明するなぁ!」
 大笑いしたクロスはあつかましくも、備え付けのシャワーを使ってから帰っていった。
 スワロウはベッドで頭から掛布を被り恥辱に震えていた。
 サイドテーブルには、スワロウの吸わない煙草の吸殻がひとつ、コップの中に放置されていた。

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