刃愛

のどか

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コトウ

夜の蝶はかく語る

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 根城にしているヘブンでは、宴会にせずとも毎晩のように見張りから外れた構成員が遊びに来る。
 『サザンクロス』は払いがいいというので、人気がある。気晴らしを求めるものと、おこぼれに与ろうとするものが、ひと時の空虚な賑わいをみせる。
 はるか昔、母星を出てくるときに持ってきたという、古いピアノ曲が流れ、偽りの恋を囁きあう。
 グラスがかわされ、駆け引きの嬌声。
 ここには本物はない。
 すべてイミテーション。
 安っぽい贋物の宝石にも似た煌き。
 着飾り、白粉と紅で顔を作る女達は、蝶に似ている。男から男へ、ドレスの裾をひき、ひらひらと舞う蝶のようにひと時甘い蜜を吸う。
 クロスはいつも店の奥の席、気に入りの銘柄を口に運ぶ。誰に命じたわけでもないのに、女達が侍り、機嫌をとろうとする。
 いつもなら、多少はのってみせるが、そういう気にはならなかった。
 隣に座る、女の名前すら覚えていない。
 金の巻き毛に緑の瞳。豊かな胸に、折れそうな細い腰。確か、店一番の娼婦おんなだ。
 何を言っているのか、聞いていなかったが、しきりに口付けをねだられ、クロスは軽くついばんだ。
 軽い戯れ、何の意味もない。
 視界の端に、スワロウとリッパーが連れ立って店に入ってくるのが引っかかった。
 二人はこちらに気づいたようだった。リッパーが軽く手を振った。スワロウは一瞥しただけで、カウンターになにやら話しかけ、そのまま踵を返して階段に向かった。
 リッパーはスワロウと別れ、まっすぐクロスの席にやってきた。
「ボスゥ、もててるね~。いっつも、その土地で一番いい女、持ってくんだから~、この色男~。僕ちゃんも混ぜて」
「かまわん……」
「あら、可愛らしい僕ちゃんね。じゃあ、あたしが一番いい女なの?」
 クロスに侍っていた女が微笑んだ。
「リズちゃん、いいかげん名前覚えてね。リッパーだよ」
 リッパーがクロスの隣の席に座った。
 そういえば、そんな名だったな、とクロスは思った。
切り裂きリッパーって、物騒な通り名ね。似合わないから、忘れちゃうのよ。こんなに可愛いのに」
「僕ちゃん、そんなに可愛い?」
「可愛い。弟にしちゃいたいわ」
 きゃらきゃらと笑いさざめく二人に、リッパーの正体と実年齢を知っているクロスは沈黙した。
 リズはリッパーの戦闘能力と、残虐性を知らないから、言えるのだ。
「ねえ、リッパーちゃんが弟だったら、可愛いわよね」
「……こんな兄貴は、頼まれてもいらん」
「兄貴?」
 リズがきょとんとした。
 クロスは衝撃の事実を暴露した。
「こいつは、俺より年上だ」
 ジャック・リッパーは十代にも見えてしまう童顔だが、その実、二十代の後半だ。
「ああ! ボスゥ、それは言わない約束でしょ!」
「いつした、そんな約束」
「ええ、そうなの! ショック~」
「ひどぉい。僕ちゃん、永遠の二十歳はたち♡」
「言ってろ」
 ひとしきり騒いで、リズが残念そうに言った。
「さっきの、綺麗な人はどうしたの? 一緒に来ればよかったのに」
 グラスを口元に運ぼうとしたクロスの手が止まった。
「スワロー? 部屋で飯食うって。あいつ、呑まないから」
「あら、スワロウじゃなかったの?」
「入ってきた当時、スワローって名前だったの。だんだん崩れて、スワロウに落ちついたんだ。僕ちゃん、昔の名前で呼んでるだけ」
「あら、燕さんだったの? 黒髪で黒づくめだから、似合うわね」
「黒づくめはみんなでしょ? どっちかって言うと、身のこなしと速さからついた名前だけどね」
 リッパーはスワロウが入ったとき、腕試しの相手をしたのだという。勝負はつかなかった──当時のボスが止めた──らしい。
 そのときの速さと身のこなしから通り名がついた。
「あいつは付き合い悪いから~。呑まないし、煙草もやんないし、女の子と遊ぶのも、淡白だよね」
「あら。あたしが誘っても、だめ」
 ふざけて媚態を見せるリズに、リッパーが肩をすくめた。
「無駄。というより、あいつが相手すんの、素人っぽい、色気のない娘だもん。色気ありすぎるとウザイってさ。リズちゃん、妖艶すぎ~。僕ちゃんなら、ストライクだけど~」
「あら、嬉しいわ」
 リッパーは比較的周りの人間にちょっかいを出すほうだ。本人は仲間思いと公言しているが、仲間を玩具にしているのだと、クロスは思っている。
 生真面目なところのあるスワロウは、いい玩具なのだろう。
 ゆえに自然とスワロウのことをよく知っている。
 なぜかそれが気にさわった。
 クロスは腰を上げた。
「どうしたの? ボス」
「今日はやめだ。上にあがる」
「え~、これからっしょ?」
「あら、あたし用なし? フラれちゃったのかしら?」
 クロスは苦笑した。
「好きなだけ飲み食いしろよ。勘定は俺に回せ」
「ボスってば、太っ腹♡ 愛してる♡」
「ああ、そうかい」
 クロスは素っ気無く言い、ボックスを出た。
 気のない返事に、リッパーは肩を落して見せた。
「フラれちゃった。いいけどさ、あんまり無茶させないほうがいいよ。熱下がったばっかだし」
 クロスは足を止めた。
「何を知ってる?」
「色々♡」
 笑顔でリッパーが答える。
「やつに聞いたのか?」
「まさか。死んでも言わないでしょ、プライド高いから。僕ちゃん、勘がいいの」
「確かにな」
 一人会話についていけないリズが目を丸くした。
「あいつ、自分の感情に気がついてないから。まあ、それはあいつだけじゃないみたいだけど」
「誰のことだ?」
「教えない♡ そこまで親切じゃないもんね」
 クロスはリッパーの言っていることの意味がよく分からなかった。
「なに、それ? わかんない?」
「いーの、いーの。リズちゃんは僕ちゃんと仲良くしよう。ふられた者同士で♡」
「あら、いいわよ。でも、あたしは高いわよ」
「そんくらい、甲斐性はあるよん。これでもサザンクロスの幹部だもん」
 笑い声が起きて、ささやかな泡沫の恋の駆け引きが行われる。
 空虚な賑わいを尻目に、クロスは階段を上った。
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