刃愛

のどか

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シェードカオン

戯れ

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 細かい水の粒が体を打つのを快く感じながらスワロウは血を洗い流した。
 久方ぶりの戦闘だが、大した手合いではなかった。物足りなさが残ったが、それは口にするべきではないだろう。
 先のことを考えると、自然と顔が険しくなる。
 このシェードカオンでマドゥの中枢が襲われたということは、マドゥの面子を踏みにじったということだ。
 報復は苛烈を極めるだろう。
 それはかまわない──面子を潰されて黙っているようなコネクションは遅かれ早かれ潰される。報復は必ず行われる。それが掟だ。
 問題は──カナリアがいるということだ。
 スワロウはシャワーを止めた。
 浴室には全身が映るような姿見があった。そこに映る自分の姿からスワロウは目をそらした。首筋や、胸、体のいたるところに赤い痕が残っている。新しいものや、消えかけたもの。クロスがつけたものだ。
 消す方法もあるが、消すとクロスがむきになって同じところに痕をつける。根負けしてそのまま自然に消えるまで放っておくことにした。
 おかげで、人前で着替えられなくなってしまった。
 浴室のドアが突然開いた。部屋の鍵はかけたが、浴室の鍵をかけていなかった。
 入ってきたのはクロスだ。当然のように裸で。
「な! なんだよ!」
「聞かなきゃ、わからねえか?」
 馬鹿なことを聞いた──とスワロウは思った。
 浴室はクロスの使っている部屋にもある。わざわざこちらの部屋の浴室に来る理由は、ひとつしかない。
 壁際まで追い込まれ、スワロウは退路を失った。背中に当たる冷たい感触は鏡だ。
「分かるけどよ……あんた、状況分かってんのか?」
 クロスがスワロウの顎を掴んだ。
好みのイイ顔だな」
「あんたな……」
 睨み付けると、クロスが傲慢に言い返す。
「分かってるさ、当分忙しくなるぞ。報復の始まりだ。だから、今のうちに楽しんでおこうと思ってな」
「~~~」
 言うべきことは色々あったが、どれから話すべきか、スワロウは一瞬言葉に詰まった。
 クロスが喉の奥で哂う。
「土の中に入って、てめえで埋まれるわけがねえ。当然、仲間がいやがる。ここで、でかいことをしようとすれば、協力者がいる──それも今回はマドゥの上部にだ」
 怖い哂いだった。奥に毒を滴らせた蛇を潜ませるような。
「燻りだせば、後は殲滅する力が要る。おまえのな」
 戦力としての、スワロウがいるとクロスは言う。
「分かってるじゃねえか……」
 慣れてきても受身の負担は相当だ。
 昨日は一騒動あったため、触らせていなかった。だから普段どおり動けたが、行為の翌日は動きに支障が出る。
 だからこそ、戦闘に備えなければならないときは、断固拒否する。
「探しても、そう簡単には見つからん。調べがつくのも一日はかかる。あちらも一日二日は大人しくしているだろうさ。当分触れなくなるからな。今のうちにな」
「あんたなぁ……あっ!」
 遠慮なく触られて、スワロウは息を飲んだ。
「……こんな……ところで……」
「たまにはいいだろう」
「狭っ苦しいだろうが!」
 決して狭い浴室ではないが、標準以上の体格の二人でいれば狭く感じる。
 好き勝手に人の体を弄るクロスを押しのけようにも、クロスの方が力がある。
「それに、おまえだって食い足りねえだろ?」
 押し返そうとする手が震えた。
「あの程度の相手じゃあ、中途半端に滾った血がおさまらねえ。体が疼いてしょうがねえだろうが。水なんか浴びても、おさまらねえよな」
 水滴を滴らせる髪をクロスが弄んだ。
 図星をつかれ、スワロウは口ごもった。
 温水ではなく水を浴びていたのは、クロスの言うとおり、血の滾りを静めようとしていたからだ。
「俺もおさまらねえ。静めてくれよ」
 クロスが唇を重ねてきても、スワロウは逆らわなかった。
 首筋に、胸に、新しい所有の証が刻まれる。
 浴室に押し殺した喘ぎが漏れ出した。
 静めようとした滾りが、熾火をおこすように別の意味を持って体を熱くしていく。
 性急な愛撫はクロスもまた余裕がないことを表していた。
 立たされたまま、壁に手をついて支える形で後ろから受け入れさせられ、スワロウは呻いた。
「ぐぅ~~~……」
 慣れない体位で受け入れるのはまだ苦しい。
 きつく目を閉じひたすら耐える。それだけに感覚が研ぎ澄まされ、苦痛と快楽の両方をより感じた。
「目……あけろよ。いい顔してるぜ」
「……や……ばかや……う……」
 手をついているのは壁にはめ込まれた鏡だ。男に抱かれて悦ぶ自分を余すことなく映している。そんなものを見たくはない。
 眼をあければ嫌でも今の姿を見てしまう。
「ひ、あ!」
 激しく揺すぶられ、声を殺し損ねた。
 崩れそうになり、鏡をはめ込んだ壁に縋って体を支えた。頬に冷たい鏡の感触がする。一瞬眼をあけてしまい、そこに映る自分の顔を見てしまった。
 艶を含んだ淫らな顔だ──こんな表情かおをしていたのかと、自己嫌悪した。
 顔を背けても、事実はかわらない。
「なんだ? 感じたのか……いま、すげえ──」
「──言うな! 馬鹿野朗! あっ、あっ」
 一度声をあげてしまうと、もう押し殺すことはできなかった。体の奥深くに灼熱の楔を打ち込まれ、与えられる愛撫に我を忘れた。
 本当は分かっている。
 クロスが関係を隠す気もないのは、そんな自分を認めているからだ。後ろ暗さは微塵もない──けれどスワロウは──無意識に忌避している。クロスを求めながら、そんな自分を嫌悪している。
 だから、人に関係を知られるのを嫌う。
 知られなくとも──事実は変わらないというのに。
 そんな自己嫌悪を忘れさせるのも、皮肉なことにクロスが与える快楽だけだ。
「あっ……く……ぅ……クロ……ス……」
「飛燕……」
 耳元で囁かれる名前は、媚薬のように甘かった。

 シャワーをとめたクロスが、軽く髪を後ろに撫で付けた。
「浴室というのも、後始末が楽でいいな」
 上機嫌なクロスとは対照的に、スワロウはへたり込んで返す言葉もない。負担のかかる体勢をさせられたからだ。
 しばらくは立てない。
「……冗談じゃ……ねえぞ……こっちの……身にもなれ……」
 ひとときの情熱が冷めた後は、酷い脱力感と、疲労がある。頭がいつもの半分も動かない。ぼうっとしたままだ。
 濡れた髪が体にへばりついて気持ちが悪い。背の半ばをこえた髪をひとすくい手に取った。
 随分と伸びたものである。
「どうした?」
「いや……伸びたから……」
「そうだな」
「いいかげん、切るか」
 そもそも、切れるものなら切って見せろという挑発の意味で伸ばしていた髪だ。ここまで長くなるとは思わなかった。
 クロスの後、スワロウに敗北を味あわせた相手はまだいない。
「切るな」
「あ? なんでだよ」
 スワロウの髪はしなやかで癖がなく、絡まりにくい。性のいい髪だが、それでもこれだけ長いと鬱陶しいので、普段は軽く縛っている。いいかげん、切ってしまいたい。
「俺が気に入ってるからだ」
 そういうクロスの目が、物欲しそうに思えて、スワロウは身の危険を感じた。
「なんだよ」
「濡れた髪が体にまとわりついてるのも、色っぽくねえか?」
「身が持たねえよ! いましたばっかりだろうが! これ以上されたら、足腰たたねえぞ、俺は!」
 残念そうな顔をしたクロスの舌打ちが、はっきりと聞こえた。
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