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後日談・SS エンドの数日後。
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ぶくぶくと水の中に沈んでいる。息苦しくて藻掻くが、やはりいつものように何も掴めない。
あの日も、今のようにずぶ濡れだった。
転生前の自分が、雨に濡れている。土砂降りの中、ランドセルを背負ったまま、校舎を出ている。もしかしたら父親が迎えに来てくれるかなと、ほんの少し思っていたが、淡い期待も時間の経過と共に薄れていく。
急な雨だったから、子どもたちを迎えに来た保護者たちが、傘を持って昇降口に向かって来ている。嬉しそうな表情を浮かべながら帰宅していく学友たちを傍目に、自分に奇跡は起きないのだとあらためて知る。
周囲から人気がなくなった頃、一向に止む気配のない強い雨脚の中、足を踏み出した。
傘を忘れた自分が悪い。
父は仕事で忙しいのだから、迎えに来られるはずはない。
必死に自分に言い聞かせながら、浮かんでくる他の思いを押し殺していく。家でも顧みられたことはないのだから、迎えになど来るはずはない。頭の中では理解しているのに、もしかしたらと夢を見た自分が馬鹿なだけ。
それでもまだ心のどこかで期待しているが、無駄なことなのだと、成長するにつれ自覚していく。
人に与えられるものが、自分にも当然のように与えられるのだと、どうして言えようか。
掴んだはずの陽の光は、指の隙間をすり抜けていくだけ。眩しい陽の光がある場所は、どうなっているのか、たしかめることは永遠に出来ない。
それなのに右手に温かさを感じて不思議に思う。水の中は冷たくて、沈めば沈むほど冷えていくものだろうに、指先まで温かくなっている気がする。まるで掴めない陽の光に包まれているみたいだ。
「――……アム、リアム」
「……あ、……オーウェン」
どうしてここに、と声にする前に、覗き込まれるようにオーウェンに見つめられている。
「熱が出たと聞いた。疲れが出たのだろう」
額に当てられた手が冷たい。今は春先なので、それほど寒くはないだろうと不思議に思う。オーウェンはリアムと目が合うと、ふっ、と微笑んだ。
水に浸したタオルを絞り、額に載せられる。
「水を」
口元に水差しを運ばれ、何度か飲み込む。
「知らせを聞いて慌てた」
明け方、いつものようにダニエルが起こしに来たら、熱を出しているリアムに気付いたのだという。ダニエルから知らせを受けたロイドは、かかりつけ医に連絡し、同時に自分の元にも知らせてくれたのだとオーウェンは言う。
「来て、くれたんだね。忙しいのに、ごめんなさい」
オーウェンは、転生前の父と同じように忙しいと思う。いや、一国の王子なのだから、その比ではないかも知れない。それなのに熱を出したくらいで手を煩わせてしまったことを詫びると、何故リアムが謝罪しているのか理解出来ないと言わんばかりの表情を浮かべられる。
「忙しくても来るさ」
オーウェンの呟きに、首を傾げる。するとオーウェンは、にこりと微笑み、リアムの右手を両手で包み込んだ。
「昨日も、もしかしたら無理をしていたのではないのか」
「……無理は、してなかったけど、してたのかな」
熱が出たということは、前日に何か違和感があったのかもしれない。
「これからは、何でも俺に相談して欲しい。ひとりで抱え込むな。ああ、違うな」
「オーウェン……?」
一度頷くと、オーエンは口を開く。
「抱え込めないように、しっかり見ておくとしよう。俺の失態だな」
握られている手が温かくてむず痒い。どうしたものかと視線を彷徨わせていると、「リアム」と名を囁かれる。
「……なんか、オーウェン、眩しい」
何だか恥ずかしくなり、誤魔化すように目を閉じると、「そばにいるから、安心して休んで」と言われる。そっと目を開け、瞬きすると、オーウェンは頷いた。
「……執務は大丈夫?」
今日の執務は大丈夫なのかと心配になりながらも、握られている手が温かくて、睡魔に引き込まれる。
「問題ない」
「ほんとに?」
「ああ、気にせず休んで。おやすみ、リアム」
「……うん、おやすみ」
すう、と吸い込まれるように意識が薄れていく。
ハッとして目を開ければ、雨に打たれている。見上げた瞬間、青い傘が視界に入った。振り向くと、微笑んでいる番がいる。
わずかに首を傾げた後、オーウェンは着ているジャケットを脱いで肩にかけてきた。驚きのあまり呆けている自分の手を、オーウェンが繋いできた。何を言うこともなく、自然と歩き出す。
夢だと思うのに、繋いだ手が温かくて頬が緩む。
この後、きっと雨は止むだろうと思う。これほどまでに眩しい人がいるのだから、もうこの夢を見ることはないだろう。
忘れたいけれど忘れられずに夢に出てくる幼い頃の記憶は、きっと眩しい陽の光の下では霞んでしまうのだろうと、繋いでいる手に力を込めた。
END
ーーーーーーーー
後日談のSSです。これでお終いになります。
今作をかわいがって下さって感謝しています。また次作でお会い出来ますように……!
お読み頂きありがとうございました。藍白。
あの日も、今のようにずぶ濡れだった。
転生前の自分が、雨に濡れている。土砂降りの中、ランドセルを背負ったまま、校舎を出ている。もしかしたら父親が迎えに来てくれるかなと、ほんの少し思っていたが、淡い期待も時間の経過と共に薄れていく。
急な雨だったから、子どもたちを迎えに来た保護者たちが、傘を持って昇降口に向かって来ている。嬉しそうな表情を浮かべながら帰宅していく学友たちを傍目に、自分に奇跡は起きないのだとあらためて知る。
周囲から人気がなくなった頃、一向に止む気配のない強い雨脚の中、足を踏み出した。
傘を忘れた自分が悪い。
父は仕事で忙しいのだから、迎えに来られるはずはない。
必死に自分に言い聞かせながら、浮かんでくる他の思いを押し殺していく。家でも顧みられたことはないのだから、迎えになど来るはずはない。頭の中では理解しているのに、もしかしたらと夢を見た自分が馬鹿なだけ。
それでもまだ心のどこかで期待しているが、無駄なことなのだと、成長するにつれ自覚していく。
人に与えられるものが、自分にも当然のように与えられるのだと、どうして言えようか。
掴んだはずの陽の光は、指の隙間をすり抜けていくだけ。眩しい陽の光がある場所は、どうなっているのか、たしかめることは永遠に出来ない。
それなのに右手に温かさを感じて不思議に思う。水の中は冷たくて、沈めば沈むほど冷えていくものだろうに、指先まで温かくなっている気がする。まるで掴めない陽の光に包まれているみたいだ。
「――……アム、リアム」
「……あ、……オーウェン」
どうしてここに、と声にする前に、覗き込まれるようにオーウェンに見つめられている。
「熱が出たと聞いた。疲れが出たのだろう」
額に当てられた手が冷たい。今は春先なので、それほど寒くはないだろうと不思議に思う。オーウェンはリアムと目が合うと、ふっ、と微笑んだ。
水に浸したタオルを絞り、額に載せられる。
「水を」
口元に水差しを運ばれ、何度か飲み込む。
「知らせを聞いて慌てた」
明け方、いつものようにダニエルが起こしに来たら、熱を出しているリアムに気付いたのだという。ダニエルから知らせを受けたロイドは、かかりつけ医に連絡し、同時に自分の元にも知らせてくれたのだとオーウェンは言う。
「来て、くれたんだね。忙しいのに、ごめんなさい」
オーウェンは、転生前の父と同じように忙しいと思う。いや、一国の王子なのだから、その比ではないかも知れない。それなのに熱を出したくらいで手を煩わせてしまったことを詫びると、何故リアムが謝罪しているのか理解出来ないと言わんばかりの表情を浮かべられる。
「忙しくても来るさ」
オーウェンの呟きに、首を傾げる。するとオーウェンは、にこりと微笑み、リアムの右手を両手で包み込んだ。
「昨日も、もしかしたら無理をしていたのではないのか」
「……無理は、してなかったけど、してたのかな」
熱が出たということは、前日に何か違和感があったのかもしれない。
「これからは、何でも俺に相談して欲しい。ひとりで抱え込むな。ああ、違うな」
「オーウェン……?」
一度頷くと、オーエンは口を開く。
「抱え込めないように、しっかり見ておくとしよう。俺の失態だな」
握られている手が温かくてむず痒い。どうしたものかと視線を彷徨わせていると、「リアム」と名を囁かれる。
「……なんか、オーウェン、眩しい」
何だか恥ずかしくなり、誤魔化すように目を閉じると、「そばにいるから、安心して休んで」と言われる。そっと目を開け、瞬きすると、オーウェンは頷いた。
「……執務は大丈夫?」
今日の執務は大丈夫なのかと心配になりながらも、握られている手が温かくて、睡魔に引き込まれる。
「問題ない」
「ほんとに?」
「ああ、気にせず休んで。おやすみ、リアム」
「……うん、おやすみ」
すう、と吸い込まれるように意識が薄れていく。
ハッとして目を開ければ、雨に打たれている。見上げた瞬間、青い傘が視界に入った。振り向くと、微笑んでいる番がいる。
わずかに首を傾げた後、オーウェンは着ているジャケットを脱いで肩にかけてきた。驚きのあまり呆けている自分の手を、オーウェンが繋いできた。何を言うこともなく、自然と歩き出す。
夢だと思うのに、繋いだ手が温かくて頬が緩む。
この後、きっと雨は止むだろうと思う。これほどまでに眩しい人がいるのだから、もうこの夢を見ることはないだろう。
忘れたいけれど忘れられずに夢に出てくる幼い頃の記憶は、きっと眩しい陽の光の下では霞んでしまうのだろうと、繋いでいる手に力を込めた。
END
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後日談のSSです。これでお終いになります。
今作をかわいがって下さって感謝しています。また次作でお会い出来ますように……!
お読み頂きありがとうございました。藍白。
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