僕らはいつも、間違っている。

雷仙キリト

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4話

4-2

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「正直なところ、どうしてあんたのことを好きなのかは分からない。でも、どうしようもなく惹かれるんだ。あんたの挑発的な物言いもすぐに逃げようとするところも、受け入れたいと思うくらいには、俺はあんたのことが好きなんだ」

 腕の中の体が、俺が「好き」だと告げるたびにピクリと震える。赤くなった顔を見られたくないのか八雲さんは外方を向いたが、それでも赤くなった耳は俺からは丸見えだった。

「受け入れてほしいって言ってるんじゃないんです。振るなら振ってください。あんたが望むなら、もう二度とここには来ません。五十嵐さんにも近づきません。でも、俺の気持ちをなかったことにするのはやめてください。……お願いだから、俺から逃げないで」

 八雲さんの反応を見ながら、どう言うのが一番彼に伝わるのかを考える。
 完全に嫌われてはいないはずだ。でも、八雲さんのことだから、自分から気持ちを打ち明けてくれるかは分からない。

「俺のこと、嫌いですか?」

 反応はなかった。でも否定もしていない。

「男から告白されて、気持ち悪いと思いましたか?」

 今度は、小さく首を振ることで否定される。

「それは、別に……私だって、こういう見た目をしてますし、人の気持ちを否定することはできませんよ」

 蚊の鳴くような声でそう言われ、嬉しさに思わず笑みが溢れる。俺を振るために、嘘でも「気持ち悪い」と言うことはできたはずだ。それをしないことが、彼の優しさの表れだった。

 俺はゆっくりと体の力を抜き、八雲さんを解放する。八雲さんは不思議そうな顔で振り返ってくる。

「ごめんなさい、体、痛くないですか?」

 八雲さんは力なく首を振る。突然解放され、どうすればいいのか迷っているようだった。

 立ち上がり、ズボンについた砂埃を払う。地面に転がったタバコの吸い殻が目に入り、咄嗟に拾い上げた。吸い口の部分がかすかに赤くなっていることに驚く。男にしてはやけに血色がいいと思っていたが、口紅をしていたのか。

 タバコを吸ったことがないので、捨て方が分からない。あそこのゴミ箱に捨ててもいいのだろうか。それとも、ひとまず持ち帰ってから後で処分方法を調べようか。
 そのようなことを考えながら、黙って座り込んだままの八雲さんの隣に腰掛ける。
 
「返事、聞かせてくれませんか?」

 この店に来た時は明るかった空が、気がつけば薄暗くなっていた。電灯に見下ろされ、チカチカと視界を焼かれるような眩しさを覚えながら俺は返答を待つ。
 短くなった吸い殻を指先で転がす。これがほんの数分の間とは言え、八雲さんの口に咥えられていたのだ。何て羨ましい。来世はタバコになろうか。いや、やっぱりやめておこう。健康に悪い。

「_____私があなたを振ったら」

 散漫としていた思考が、八雲さんの声により現実に引き戻される。

「あなたはもう、この店には来なくなりますか?」

 八雲さんの言いたいことが分からなかった。それは、もう店には来ないでくれと言っているのか、それとも。

「お嬢は、あなたがここに来るのをいつも楽しみにしてたんです。よく来るお客さんの中でもあなたは特に歳が近く、そして、お嬢にそういった感情をぶつけない人でもありましたから。……でも、あなたが私を好きだとしたら、あなたがここに来なくなることでお嬢が悲しむとしたら、私はあなたを振ることはできませんね」

 それは、俺の告白を受け入れているようで、その実遠回しな拒絶だった。
 
「五十嵐さんのこと、好きなんですか?」
「あなたが私に向けてる感情と同じかと聞かれたら、間違いなく違うでしょうね。私にとってあの人は女神であり、私の人生そのものなんです」

 胸が引き攣れるように痛んだ。分かっていたはずだ。それでも、つらいものはつらい。
 
「私はこの先何があろうともお嬢のそばに居続けるつもりです。たとえ付き合ったとしても、私は絶対にあなたよりもお嬢を優先しますよ。それでもあなたは私のことを好きだと言うんですか?」

 八雲さんは五十嵐さんに、崇拝とも呼べる感情を抱いている。
 俺は五十嵐さんには勝てない。

「……あんたは卑怯だな」
「よく言われます」

 告白の返事を期待したのに、結局こちらにまた、決断を委ねてきている。どこまでも本心を明かそうとしない。逃げようとする。

 だったら、俺は追いかけるしかない。あんたがそういう態度を取るから俺も諦め切れない。何の結果も掴めずに、諦めたくない。

 白くほっそりとした手に、自分のものを重ね合わせる。八雲さんはびくっと体をこわばらせ、赤くなった顔を誤魔化すように俯いた。

「俺に触られるの、嫌ですか?」
「……知りませんよ」
「じゃあ、こうするのは?」

 ほどけてしまった三つ編みをもう片方の手でとかす。想像通りの滑らかな手触りだった。数度撫でるうちに、癖のついた髪が、ゆるくウェーブがかかったようになる。

「ねぇ、キスしてもいいですか?」

 顔を隠そうとする髪を背中の方へとはらう。
 
「……したいなら、勝手にすればいいじゃないですか」

 初めて触れた唇は、柔らかく、ほろ苦かった。
 
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