Say my name.

雷仙キリト

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1話〜出会いは突然に、そして必然に〜

1-1

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_____自転車は坂を登りながら、ギイギイと骨が軋むような音を立てる。

 耳障りなそれに混じるのは、男の荒い呼吸と、少女の囃し立てるような声。
 


「おにい、そんなんじゃ遅れちゃうよ! もっとスピード上げて!」
「バカ、言うな……っけほ、ここ、登り坂だぞ」
 
 スミレが腰に手を回してくるせいで立ち漕ぎは出来ず、俺は己の脚に全てを託して坂道を登らなければならなかった。
 ペダルを踏む度に、限界を迎えた太腿が悲鳴を上げる。握りしめたハンドルが不安定に揺れ、自転車はふらふらと満身創痍で進んでいく。

「な、これ、もう、歩いた方が……っうえ、早ぇってぇ……っ」

 つか、そもそも危ねえだろ。
 
「そんなことないよ。ほら、頑張っておにい! ゴーゴーゴー!」

 確か自転車の二人乗りは禁止されている、はずだよな。にもかかわらず、俺達を見る周囲の視線には咎める者は一つとしてなく、どちらかというとチラッと横目で見られ、その後は見ないフリをされている。
 ああまたか、みたいな感じで。

 見知った顔の一人_____1年の時のクラスメイトは片手を上げて俺に挨拶をしながら、俺達の進行方向とは逆の方へ向かっていく。

「よ、アッシーくん。今日も頑張ってんねえ」

 何がアッシーだ。江戸か。ふざけやがって。

 


 晴中はれなか三姉妹。事務所にスカウトされ読モとしてデビューした彼女達は、今や全国区のドラマに出演を果たしたり有名な雑誌に揃って登場するなど、様々な分野で活躍している。
 
 何と、彼女達……いや、あいつらは俺の家族なのだ。

 上から晴中ユリ。晴中アヤメ。晴中スミレ。そして、真ん中のアヤメと同い年の、長男にして3番目に生まれた子供が俺だ。

 晴中颯太ふうた。俺はユリ姉ちゃん達とは違って、これといった華を持たない。

 顔立ちも体も、たぶん頭も平均点(と呼べたらいい方。残念ながら勉強は好きじゃねえ)。特徴と言えば、うーん……やっぱり思いつかねえけど、俺の名前を知らない人は俺を、「モデル三姉妹の弟」と呼ぶだろう。それが特徴かな。

 悲しいかな。それだけ姉ちゃん達は知名度があり、一方で俺の影が薄いってことだ。


 うちの親はいわゆる「転勤族」ってやつ。親についていって各地を転々とするよりは、義務教育も終えたことだし、姉ちゃん達の元で地に足ついた暮らしをした方がいいだろうと、親父達は考えたみたいだ。
「子供同士仲よくするんだよ」と、着の身着のまま家を追い出され、俺は文字通り姉ちゃん達のマンションに転がり込んだ。

 姉ちゃん達は今やサラリーマンの平均月収よりも平気で稼いでいる。故に、住む家もなかなかに豪勢だ。

 交通の便はいいが都心からはちょっと離れたところにある、セキュリティがしっかりしている高級マンション。

 フロントには屈強な体つきの外国人コンシェルジュが待ち受けており、彼ににっこりと挨拶をされる度に、ここで暮らして1年が経った今でも俺の心臓は縮み上がる。

 建物は細かいところまで清掃が行き届いていて、埃ひとつ落ちていない。地下にはトレーニングジムが併設されている……などなど、あげればキリがないが、とにかく一般的な生活であればなかなかお目にかかれないものが、このマンションには揃っている。
 
 うちの親は仕送り代と称して姉ちゃん達に定期的にお金を送っているみたいだが、それでも何の稼ぎもない男が(たとえ家族だとしても!)、我が物顔で部屋をウロつくのは我慢ならんらしい。

 姉ちゃん達は俺をこの部屋に置く代わりに、家事の一切を俺が引き受けることを条件として提示してきた。

 つまり俺は、高校生にして既に奴隷の身分に成り下がってしまったわけだ。
 毎朝早く起きて人数分の朝食と弁当を作り、妹のスミレを学校まで送っていき、学校が終わったら家に帰って家事やら何やらをする。

 意地悪な姉にこき使われる弟。男の俺がこんなことを言うのは何だが、まるでシンデレラみたいな境遇である。
 
「美人と一緒に暮らせるなんて、お前前世でどんな徳積んできたんだ」と羨ましいがられることもあるけど、いいことなんて一つとしてない。
 そんなこと言うなら、いっぺん俺と立場を変わってみろってんだ。
 俺が毎日どれだけ惨めでつらたんな生活を送っているか、思い知るがいい。


 朝っぱらから必死こいて自転車を走らせているうちに、体が生命の危機を感じ取ったのか、脳裏にはこれまでの人生が走馬灯の如く駆け巡った。

 気がつけば校門の前に到着している。ぼーっとしていた俺は門の前を横切りかけ、スミレからヘッドロックを仕掛けられたことで慌てて急停車する。

「もお、おにいってばなぁに朝から意識飛ばしてんの。スミレが怪我を負ったら責任取ってくれるの?」

 形のいい鼻をつんと上に向け、生意気なことを言う妹。華麗な身のこなしで自転車を降り、校門の方へ駆けていく。と思えばこちらを一度振り返り、

「明日も送迎よろしくね、おにい!」

 と言って、去っていく。

 運動をやめたことで、全身から汗がぶわっと吹き出した。顎を伝う汗を腕で拭いながら、片手で自転車を押す。太腿がぱんぱんだった。ここから学校まで自転車に乗っていく気力はない。

 俺は今、歴史の教科書に載っている進化の過程を表す図の猿人もかくやあらんといった猫背で、地面を見つめながらトボトボと歩いている。

「……はあ、つらい」

 身近にこういう奔放な女がいると、自然、女子に対する理想を失っていく。

 もうこの際、相手が男でもよかった。
 この状況から俺を助け出してくれる魔法使い、あるいは王子様でも現れないものかと、俺はガチのマジで、本気で願いかけている。
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