自動販売機にて。

雷仙キリト

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 後頭部が冷たさを訴える。頭をぶつけた時、最初は冷たさを感じるんだ。そして、徐々に痛みと熱に変わっていく。
 口の中で鉄錆の味がした。唇の端がピリッと鋭く痛む。

 俺は綾城先輩を睨みつけた。喧嘩はそれなりにできるが、かと言って自信があるわけじゃない。昔のヤンキー漫画ならともかく、今の時代の不良は無闇に喧嘩なんてしないのだ。何かと、面倒な世の中だから。

「もう十分でしょ……謝ったじゃないっすか……」

 掠れた声を上げると、綾城さんは嘲笑した。

「お前さ、何自分は汚れてないみたいなツラしてんの? そんなつもりはなかったってか? 俺のおかげで散々良い思いしてきた癖に、挨拶もなしにハイサヨナラはないだろうがよ」

 斉藤は、涼ちゃんは、綾城さんに誘われようと決してタバコも吸わなかったし酒も飲まなかった。喧嘩も、それに女なんてもっての外だ。涼ちゃんは、こうなることが分かっていたんだろう。
 俺がそれ等に手を出したのは、綾城さんから斉藤を庇うためでもあったが、自分のためでもあった。

 刺激が欲しかったのだ。最低限のことは何でもできた俺にとって、綾城さんとの付き合いはスリルがあって楽しかった。

「悪かったっすよ。ずっと連絡しなかったのは。でも、綾城さんだって、何も言ってこなかったじゃないですか」

 今だってそうだ。予想外の出来事に、痛む体とは裏腹に、心臓が興奮に騒いでいる。刺激を欲して、唸っている。

 俺は、普通にはなれない。

「どうせ女のことばっか考えてて、俺のことなんて忘れてたんでしょ。あんたはいつもそうだ。振られた途端に俺のことを思い出す。いい加減、うんざりしてたんですよ。女を呼び出す口実に俺を使うのはやめてください」

 制服の上から胸元を蹴られる。服の下を殴れば跡は残らないってな。手遅れだよ。あんた、もう俺の顔殴ってるし、つーか、頭がめちゃくちゃ痛いし。体も動かせないし。

 細木が去っていった方を見遣る。戻ってくる気配はない。当たり前だ。俺はあいつのことを巻き込んでしまったのだから、もう戻ってくることはないだろう。

 あいつ、今度こそ、俺がろくでもない奴だって気がついただろうな。
 
 細木は顔を青ざめさせ、足をもつれさせながらここから去った。怪我をしている様子がなかったのは一安心だ。あいつ、恐らく中学では虐められてただろうから、こういうのはトラウマになっているはずだ。

 トラウマを増やす前に助けられて良かった。だが、あいつが綾城さんに目をつけられたのは俺のせいでもあった。

 俺が「もう綾城さんに付き合うつもりはない」と言ったから、綾城さんは怒ったのだ。苛立ち紛れに、俺の「お気に入り」である細木を虐めのターゲットにしようとした。俺はそれが許せなかった。

 俺がムカつくなら、俺に直接言えば良いんだよ。人質を取るなんて、卑怯な手を使いやがって。

 綾城さんは俺の腹を何度も蹴った。痛みに、意識がシャットダウンを試みる。目を閉じる。次に目を覚ました時に何もかもが終わっていることを願って。

「_____菊池!」

 誰かが名前を呼んだその瞬間。腹を抉る爪先の感触が消えた。うっすらと目を開ける。斉藤が、綾城さんを後ろから押さえつけていた。

 斉藤はいつになく凶悪な顔をして、綾城さんを殴りつけた。何度も、何度も。綾城さんが気絶した後も、気がついていない様子で殴り続けていた。

「涼ちゃん」

 俺が名前を呼ぶと、斉藤はようやく手を止めた。目の見えない怪物みたいに、視線を彷徨かせ、俺を睨みつけた。

「もう殴るな……そいつ、気絶してる」

 斉藤が胸ぐらから手を離すと、斉藤さんの体はぐしゃりと音を立てて地面に転がった。
 斉藤は綾城さんには見向きもせずに俺に駆け寄ってきた。血に濡れた手が、無遠慮に俺の顔を触りまくる。

「菊池。お前、何で反撃しなかったんだ。お前ならできただろ」

 口内に溜まった血を吐く。

「ケジメのつもりだったんだよ。綾城さんとはそれなりに長い付き合いだからな。相手は俺以外にもいるし、しばらくの間我慢しとけば、綾城さんも飽きてどっかいくと思ったんだよ」

 綾城さんは俺に良く似ている。常に刺激を欲していて、彼は「つまらない」ものには見向きもしない。彼が俺のことを「つまらない」と判定すれば、綺麗さっぱり、決別できるはずだった。

 手を差し伸べられ、掴む。立ちあがろうとすると、後頭部が激しく痛んだ。
 
「っう……、俺のことなんか放っておけば良いのに、何殴ってんだよ。馬鹿」

 せっかくお前の望む普通ってやつが手に入れられたはずなのに。逆戻りどころか悪化してんじゃん。

「バスケ部から追放されたらどうするんだよ。クラスの奴等だって、またお前のこと怖がるかもしんないだろ」
「お前を助けられるなら、部活を辞めたって、周りから白い目で見られたって構わない」

 斉藤は、その凶悪な顔で、俺を真っ直ぐ見つめる。

「お前と離れてみて分かった。お前が隣にいないと物足りないんだよ。俺にはお前が必要なんだ」

 馬鹿みたいな台詞を真面目な顔して吐けるなんて、こいつは馬鹿だ。細木とはまた違うベクトルの、真面目馬鹿だ。

「後悔しても、知らないからな」

 しばらくして、細木が保健室の先生を連れてやってきた。この学校はさほど治安が良いわけではないが、ここまで大っぴらな分かりやすい「喧嘩」は久しぶりに見たようで、先生は驚いていた。

 細木が、目からポロポロと涙をこぼして泣きじゃくる。

「ごめんね、菊池くん……僕のせいで……っ」
「謝るなよ。お前は悪くねえだろうが」

 手の甲で何度も瞼を擦っている細木が気の毒で、俺は細木の手を掴んだ。泣き腫らしたことで、瞼が真っ赤になっている。

 俺は細木の頭を撫でた。

「斉藤を呼んできてくれてありがとうな。これだけの怪我で済んだのは、お前のおかげだ」

 慰めるために掛けた言葉が逆に刺激になったようで、それからずっと、細木は泣き続けていた。
 
 俺達はそれぞれ事情を聞かれることになった。綾城さんは学校を退学することになり、俺と斉藤は1ヶ月の停学になった。素行が悪いのは俺も同じだ。俺も綾城さんのように退学をしようと思っていたが、斉藤と細木に死ぬほど止められ、結局禁酒も喫煙も証拠がないからと、俺は停学だけで済んだ。済んでしまった。
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