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12(終)
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学校に行かない日々は、どうしようもなくつまらなかった。親父は相変わらず競馬か雀荘か、あるいは彼女のとこにでも行っていて家を空けているし、家には娯楽という娯楽もない。
綾城さんが報復に俺の家にやってきたことがあった。俺は正直ワクワクしていたが、出かけようとしていた俺の親父と鉢合わせ、綾城さんは脱兎の如く逃げ帰ってしまったので、残念ながら暇つぶしにはならなかった。
まあ、停学中に喧嘩したら今度こそ退学だろうから、これで良かったんだろう。
結局やることと言えば、細木がやっていたソシャゲを暇つぶしにやるか、斉藤と通話するくらいだった。
暴力沙汰を起こしたものの、理由が理由だったので、斉藤はバスケ部退学を免れたようだった。むしろ同情され、「早く戻ってこいよ」と励ましの言葉すら掛けられているらしい。何ともまあ、平和な世界だこと。
斉藤は俺に言った。「お前もバスケ部に入らないか」と。バスケ部に勧誘されたと俺に打ち明けた時、言いあぐねていたのはそのことだったらしい。
中々面白そうな提案だった。だが、俺は断った。
「俺、やりたいことがあるんだ。バスケも悪くないけどさ、俺にとってはそっちの方が楽しいんだよ」
「……細木のことか?」
「ご名答。コンタクトにした時に思ったんだけど、あいつ、結構伸び代あるだろ。テキトーにアドバイスして、からかってやろうと思ってよ」
冗談っぽく言うと、斉藤は少し残念そうに、だけど声を上げて笑った。
「程々にしておいてやれよ」
*
1週間が経ったある日のこと。チャイムが鳴らされ、新聞の勧誘か何かだと思いながら覗き穴を見ると、玄関の前に細木が経っていた。しかも、その姿は俺が知っている細木とは少し違っていた。
「課題のプリント、持ってきたんだ」
俺は、散らかりまくった自分の部屋が恥ずかしくなった。こんなことになるなら、ちゃんと掃除しておけば良かった。
「今そっち行くから、ちょっと目瞑っててくれるか」
「どうして?」
「良いから」
細木が素直に目を閉じていることを信じて、急いで服を着替え、外に出る。やはり細木は、目を閉じたまま立っていた。きゅっと引き結ばれた唇に目が吸い寄せられる。最早、何の言い訳のしようもなかった。
俺は殊の外、こいつのことを大切に思っているらしい。
扉を閉じてしばらく経ってから、細木は目を開けた。微かに頬を赤らめ、上目遣いに俺を見る。
「……久しぶりだね、菊池くん」
「おお、久しぶり」
俺は、細木の前髪に手を当てる。
「髪、切ったんだな」
「うん」
「似合ってるじゃん」
「……ありがとう」
細木は、ボソボソと小さな声で呟く。
「コンタクトにしてみたら、自分の顔がくっきり見えるようになっちゃって。あれ、僕ってこんなに不細工だったっけって、気付かされちゃいまして……」
「気づいてしまいましたか」
「はい……だから、ちょっとでもカッコよくなりたいなって思ったんだ」
細木はしゅんと肩を落とす。ああ、もう。可愛いなこいつ。ああ、もう認めるよ。可愛いんだよこいつ。
「すげー似合ってるよ」
「本当?」
「ああ」
「ちょっとは、菊池くんみたいにカッコよくなれたかな」
こいつ、俺のことカッコいいって思ってたのか。そりゃ俺はカッコいいけどさ。でも、細木に言われると、なんか……小っ恥ずかしい。
「俺にはまだ程遠いな」
恥ずかしさを紛らわすためにそんなことを言うと、細木は本気にしたようで、少し落ち込んでいた。
「冗談だって。つーか俺、お前が言うほどカッコいい奴じゃないからな」
「そんなことないよ! 菊池くんはすごくカッコ良くて、優しくて、勉強もできて運動も……」
「ステイステイ」
細木の頭を軽くチョップする。「興奮度調節ボタン」が頭部にでもついているのか、細木はすぐに大人しくなった。
「そうやってすぐに俺を褒めるの、やめろ」
「どうして? 菊池くんがすごいのは本当のことなのに」
屈託のない眼差しを向けられ、俺は気まずくなった。お前が言うほど、俺はすごい人間ではない。何事も人並みにできるか、できるフリばかり上手くなってしまっただけの、つまらない人間だ。
つまらない人間には、つまらない人生がお似合いだろう。平和で、平凡で、大した争いもなく。自販機のルーレットに一喜一憂したり、炭酸が舌の上でパチパチと弾けるような、低刺激な人生が。
「……お前、本当に俺のこと好きなのな」
今のは失言だった。そう気がついた時には既に、目の前の少年の顔は真っ赤に染まっていた。それにつられるようにして、俺の顔も熱くなる。
細木は、俯いて体を震わせた。俯く寸前、涙の膜に包まれて潤んでいた瞳が、俺の脳裏に焼きついた。
「……」
「……」
「……あのよ」
「……はい」
「近くに、自販機あるんだ」
細木は顔を上げた。ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「当たり付きの自販機。本当に俺がすごい奴かどうか、そこで見せてやるよ。どうせ、当たんねえからさ」
その辺に放ってあったジャージには、運良く小銭が入っていた。500ミリのペットボトルが1本買えるだけの値段だ。
アパートを離れ、二人で道を歩く。俺は、炭酸を買うべきか、水を買うべきか悩んでいた。
不意に、細木が言った。
「僕、炭酸が飲めるようになったんだ」
「え?」
「菊池くんがいつ飲み物をくれても良いように、練習したんだ」
『ごめんね、菊池くん……っ、つ、つぎは、ちゃんと、の、飲めるように、する、からぁ……』
泣きながら謝られたあの日を思い出す。
不器用で、「何もできない」と泣きじゃくっていた細木だが、こいつなりに努力はしていたらしい。だが、やっぱり不器用な奴だ。明らかに努力の方向性を間違えている。
笑いが込み上げてきた。ふは、と堪え切れずに笑うと、細木が不貞腐れた様子で頬を膨らませ、俺を見た。
「馬鹿だよ、お前って」
だけど俺は、こいつのそんな馬鹿みたいなところが好きで、放っておけないのだ。
綾城さんが報復に俺の家にやってきたことがあった。俺は正直ワクワクしていたが、出かけようとしていた俺の親父と鉢合わせ、綾城さんは脱兎の如く逃げ帰ってしまったので、残念ながら暇つぶしにはならなかった。
まあ、停学中に喧嘩したら今度こそ退学だろうから、これで良かったんだろう。
結局やることと言えば、細木がやっていたソシャゲを暇つぶしにやるか、斉藤と通話するくらいだった。
暴力沙汰を起こしたものの、理由が理由だったので、斉藤はバスケ部退学を免れたようだった。むしろ同情され、「早く戻ってこいよ」と励ましの言葉すら掛けられているらしい。何ともまあ、平和な世界だこと。
斉藤は俺に言った。「お前もバスケ部に入らないか」と。バスケ部に勧誘されたと俺に打ち明けた時、言いあぐねていたのはそのことだったらしい。
中々面白そうな提案だった。だが、俺は断った。
「俺、やりたいことがあるんだ。バスケも悪くないけどさ、俺にとってはそっちの方が楽しいんだよ」
「……細木のことか?」
「ご名答。コンタクトにした時に思ったんだけど、あいつ、結構伸び代あるだろ。テキトーにアドバイスして、からかってやろうと思ってよ」
冗談っぽく言うと、斉藤は少し残念そうに、だけど声を上げて笑った。
「程々にしておいてやれよ」
*
1週間が経ったある日のこと。チャイムが鳴らされ、新聞の勧誘か何かだと思いながら覗き穴を見ると、玄関の前に細木が経っていた。しかも、その姿は俺が知っている細木とは少し違っていた。
「課題のプリント、持ってきたんだ」
俺は、散らかりまくった自分の部屋が恥ずかしくなった。こんなことになるなら、ちゃんと掃除しておけば良かった。
「今そっち行くから、ちょっと目瞑っててくれるか」
「どうして?」
「良いから」
細木が素直に目を閉じていることを信じて、急いで服を着替え、外に出る。やはり細木は、目を閉じたまま立っていた。きゅっと引き結ばれた唇に目が吸い寄せられる。最早、何の言い訳のしようもなかった。
俺は殊の外、こいつのことを大切に思っているらしい。
扉を閉じてしばらく経ってから、細木は目を開けた。微かに頬を赤らめ、上目遣いに俺を見る。
「……久しぶりだね、菊池くん」
「おお、久しぶり」
俺は、細木の前髪に手を当てる。
「髪、切ったんだな」
「うん」
「似合ってるじゃん」
「……ありがとう」
細木は、ボソボソと小さな声で呟く。
「コンタクトにしてみたら、自分の顔がくっきり見えるようになっちゃって。あれ、僕ってこんなに不細工だったっけって、気付かされちゃいまして……」
「気づいてしまいましたか」
「はい……だから、ちょっとでもカッコよくなりたいなって思ったんだ」
細木はしゅんと肩を落とす。ああ、もう。可愛いなこいつ。ああ、もう認めるよ。可愛いんだよこいつ。
「すげー似合ってるよ」
「本当?」
「ああ」
「ちょっとは、菊池くんみたいにカッコよくなれたかな」
こいつ、俺のことカッコいいって思ってたのか。そりゃ俺はカッコいいけどさ。でも、細木に言われると、なんか……小っ恥ずかしい。
「俺にはまだ程遠いな」
恥ずかしさを紛らわすためにそんなことを言うと、細木は本気にしたようで、少し落ち込んでいた。
「冗談だって。つーか俺、お前が言うほどカッコいい奴じゃないからな」
「そんなことないよ! 菊池くんはすごくカッコ良くて、優しくて、勉強もできて運動も……」
「ステイステイ」
細木の頭を軽くチョップする。「興奮度調節ボタン」が頭部にでもついているのか、細木はすぐに大人しくなった。
「そうやってすぐに俺を褒めるの、やめろ」
「どうして? 菊池くんがすごいのは本当のことなのに」
屈託のない眼差しを向けられ、俺は気まずくなった。お前が言うほど、俺はすごい人間ではない。何事も人並みにできるか、できるフリばかり上手くなってしまっただけの、つまらない人間だ。
つまらない人間には、つまらない人生がお似合いだろう。平和で、平凡で、大した争いもなく。自販機のルーレットに一喜一憂したり、炭酸が舌の上でパチパチと弾けるような、低刺激な人生が。
「……お前、本当に俺のこと好きなのな」
今のは失言だった。そう気がついた時には既に、目の前の少年の顔は真っ赤に染まっていた。それにつられるようにして、俺の顔も熱くなる。
細木は、俯いて体を震わせた。俯く寸前、涙の膜に包まれて潤んでいた瞳が、俺の脳裏に焼きついた。
「……」
「……」
「……あのよ」
「……はい」
「近くに、自販機あるんだ」
細木は顔を上げた。ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「当たり付きの自販機。本当に俺がすごい奴かどうか、そこで見せてやるよ。どうせ、当たんねえからさ」
その辺に放ってあったジャージには、運良く小銭が入っていた。500ミリのペットボトルが1本買えるだけの値段だ。
アパートを離れ、二人で道を歩く。俺は、炭酸を買うべきか、水を買うべきか悩んでいた。
不意に、細木が言った。
「僕、炭酸が飲めるようになったんだ」
「え?」
「菊池くんがいつ飲み物をくれても良いように、練習したんだ」
『ごめんね、菊池くん……っ、つ、つぎは、ちゃんと、の、飲めるように、する、からぁ……』
泣きながら謝られたあの日を思い出す。
不器用で、「何もできない」と泣きじゃくっていた細木だが、こいつなりに努力はしていたらしい。だが、やっぱり不器用な奴だ。明らかに努力の方向性を間違えている。
笑いが込み上げてきた。ふは、と堪え切れずに笑うと、細木が不貞腐れた様子で頬を膨らませ、俺を見た。
「馬鹿だよ、お前って」
だけど俺は、こいつのそんな馬鹿みたいなところが好きで、放っておけないのだ。
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