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主菜 ただいま営業中!
第59話 敗者の道
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お初にお目にかかる。正確には初ではないが、私はラファロさまとライモンドさまをお護りすべく随行してきた護衛隊の隊長、ユストゥス・ジルベール・サリエリ。
生まれはシュデッタだが父はパラディオン系、母はイルーン系であり、パラディオン系の肌が白くがっちりした体格とイルーン系の艶やかな黒い体毛に大きくはっきりした目といういいとこ取りをした容姿にスマートな口髭というチャームポイントを乗せた、ナイスミドルです。
しかし残念ながらすでに生涯愛すと誓った麗しき妻と二人の子がいるのでご婦人からのお誘いにはお応えしかねる。
ん? 訊いてない?
それは残念。せっかくわが輝かしき遍歴をご披露しようと思ったのだが……
仕方ない、それはまた別の機会としよう。
さてさて、われわれ十人の護衛は全員サリエリ流総合護衛武術の使い手であり近からずも親戚ではあるが、血が繋がっているかというとそうでもない。
そもそも流祖であるジャン・サリエリが武芸の才ある者なら誰でも招き入れ、その中からこれぞという人物を後継者として家と流派の存続を図ってきたものであるため、サリエリ家にとって血の繋がりはたいして意味をなさないのだ。
かくいう私も父がサリエリ家の養子となったためにこの名を継いでいるだけであり、本来のサリエリ家とはおそらく一滴たりとも繋がりはない。
もっとも、それは本家であるヴィンチ家も似たようなもので、初代であるピエトロと二代目のレオナは親子だが、三代目のミケーレはレオナの実子ではない。
レオナにはミケーレの他にも多くの弟子がおり、自分の子が必ず自分の跡を継ぐに相応しい才能の持ち主とは限らないといって、才能重視で後継者を決めようとしていた。
結局レオナの五人の子はいずれも母の目に適わず、代わりにミケーレという才能が開花し、養子となって三代目を継いだというわけだ。
ただ面白いのは、ミケーレは師匠であるレオナを毛嫌いしていた。
なにかにつけて不平不満を愚痴り倒すミケーレは師が相手でも遠慮がなく、相弟子たちとの仲も決して良好とはいえなかったが、レオナはむしろそこを気に入ったのだというから、天才の感性は理解に苦しむ。
まあ、ミケーレのレオナ嫌いは彼女の奔放すぎる性生活と性的嗜好が主な理由だったようだが……
残されている弟子たちの手記を見るに、想像を絶するド変態だ。
それはともかく、そういったわけでヴィンチ家もサリエリ家も血縁どころか人種にすらまったくこだわらず、そうであるがゆえに一族の結束は強い。
次のヴィンチ家当主がほぼ確定しているラファロさまはレオナの次男の血筋だが、われわれが彼を慕っているのは血筋がゆえではない。彼のレオナやミケーレに勝るとも劣らない才能と、その愛すべきキャラクターゆえであることを明言しておく。
さてさて、前置きが長くなってしまったが、現在われわれは四人でラファロさまのお散歩に随伴中だ。昨日は早速意中のクレアどのを描き上げてすこぶる機嫌がいい。帰ったら今度はリエルどのを描くということだから、しばらくはこの殴りたくなるほど晴れやかな笑顔が絶えることはあるまい。
そう思いながら少し先の墓地のほうへ何気なく目をやった。
「む……?」
「どうしました、隊長?」
その声でラファロさまも気づき問うてきた。
「どうかしたかね、ユストゥス?」
「いえ、今墓地のほうで見知った顔を見かけたような気がしましたので……」
「ほう! こんなところに知己がいたか。やはりこの町へきたのは運命だな。気になるなら行ってくるといい」
私は少し考えたが、ここは素直にその好意に甘えることにした。
「では、申し訳ありませんが少し外します。ハシント、あとを頼むぞ」
「はい、ご心配なく」
私はお気に入りの黒い羽根つき帽子を押さえて、路地を曲がった。
墓地のさらに先に、小さなボロ小屋があった。おそらく墓守の家なのだろう。もしあの人物が私の想像どおりの人であるならば墓守自体は不思議ではないが、この町で貧乏暮らしをしているというのは想像の枠からはみ出している。
さすがに人違いだとは思うが、一度気になったことを放置するのは護衛という職業上の習慣からも外れるので、私はその見るからに建てつけの悪い扉を叩いた。
すると、すぐに返事があり、その人物が現れた。
「はいはい、どちらさまで?」
その人物は不自然なほど愛想がよかった。
言葉は悪いが、禿げ散らかした白髪に、深く刻み込まれたしわ、やや曲がった背、媚びるように腹の前で組まれた手……
いずれも私の記憶とは一致しない。
だが、確かに似ているのだ
だから、思い切って尋ねてみた。
「失礼ですが、あなたはジャカーロ・リトレどのでは……?」
老人はきょとんとしながら頷いた。
「さようですが、なにか入り用ですかな?」
きっと私の訝しんだ表情を訝しんだのだろう、彼の表情に少しだけ警戒の色が浮かんだ。
部屋の中に目をやってみると、あちこちに薬や死者の遺品と思しき物がある。
間違いない。あのジャカーロ・リトレどのだ。
「私は以前、あなたに教えを受けたサリエリ家の者です。ユストゥス・ジルベール・サリエリ。覚えておいででしょうか?」
帽子を取り、軽く腰を曲げて彼の前に顔を寄せた。
すると……
「おお、おおお……サリエリ……おお、ユストゥス・ジルベール……覚えておる、あの覚えのよかったユストゥスか……」
「はい、ご無沙汰しております」
「これはなんとも……恥ずかしいところを見られた……」
「ジャカーロ先生ともあろうかたが、なぜこのようなことに……?」
「わしのような者と一緒にいるところを見られてはまずい、林のほうへゆこう」
私は、記憶とは違い威厳も恐怖もなくなった先生の背中について行くことにした。
「なんのことはない、政争に巻き込まれたのよ」
周囲から閉ざされた茂みの中で切り株に腰掛け、先生は語ってくださった。
リトレ家は代々アンセラの王都アルバラステで刑吏を務めてきた家系だ。
刑吏とは原告や被害者の代理となって罪人を捕らえ尋問し、刑を執行する役人という社会にとって不可欠な役割を担っているが、一般的にはあまりよいイメージをもたれてはいない。
というのも、彼らは拷問の専門家でもあるため人体や医術に詳しく闇医者や刺客のようなことをやる者もおり、刑が執行された罪人の遺品や執行に使われた道具、果ては罪人の遺体そのものを錬金術の材料として使うといった暗い一面をもっているため、「首斬り役人」といわれ恐れられているのだ。
また、墓地や牢獄の管理はもちろんのこと、下層向けの賭場や娼館を運営してることもあり、裏社会にも通じていると見られてしまうというわけだ。
中でも北方の国々では奴隷や重犯罪者の一族など賤民と呼ばれる者たちが就いているためよりはっきりと差別の対象になっている。大陸東部では真逆で、社会秩序を保つために必要な正義の執行者として人気な職業だったりもし、国によって捉えかたは様々だ。
ただ、その職務とは別にひとつだけ共通していることは、非常に実入りのいい仕事である、ということだ。
私が先生に師事したのは、あまりよくない面……つまり、拷問の技術についてだった。
サリエリ流はヴィンチ家の才能を護るために使えると思った技術はなんでも取り入れ常に進化させることを旨としているため、ヴィンチ家を狙った者を捕らえて吐かせる技術は必ず役に立つ。というより、幾度となく役に立ってきた。その技術を磨くべく、私を含む数名がリトレ家の門を叩いたのだ。
「とうとう教会にも睨まれてな……」
確か、ゼレス教の背後には宰相がいたはず……それは相手が悪すぎる。
なんにせよ有力な刑吏一族が国を追われたということはあの国では教会の異端審問官が力をつけたということか……
「それからは流れに流れ、生きるためにいろんなことに手を染めた……」
あのころからは想像もつかないほど、先生の顔は疲れ切り、生気がない。当時まだ二十歳かそこらだった私にはこの人が悪魔のように見えていたものだ。
「先生、まさかこの町に辿り着いたのは……」
「そう、商工会の時代だ」
すべて、納得した。
噂程度の知識だが、そのころのバリザードは完全なる暗黒街で、いかなる無法も悪事もまかりとおったと聞く。そんな場所へ食い扶持を求めた刑吏の一族が流れてくれば、ありつけるのは裏の仕事に他ならない。
非合法治療、拷問、私刑、呪術、暗殺……
まごうことなき商工会の手先となったこの人が、よくぞ生き延びたものだ。あのルシエド卿のやったことを思えば粛清されていても不思議ではないのだが……
「先生、ご家族は……?」
「幸い無事だ。妻はとっくに病で逝ってしまったが、息子と孫とともにあのボロ小屋で暮らしておる」
「そうですか……」
「わしとしてはいっそのこと殺してもらったほうがよかったのだがな……」
「なにを仰いますか、進んで商工会についたわけではないでしょう。あなたの知識や技術は得難いものですし、この町は今法に関する人材が不足していると聞きます。冒険者による騒動も多いようですし、今こそ本分に還られるべきでしょう」
先生はゆっくり首を振った。
「こんな老いぼれではもはやなんの役にも立たん。知識も技術もすでに倅に継がせたでな……」
「では彼が代わりに……」
「あの男が許さんよ」
「ルシエド卿、ですか?」
「会ったのか」
「はい、ヴィンチ家とともにお世話になっております」
「そうか、おまえは順調に出世したようだな。倅には会わんようにしてくれ、あれはいまだにリトレ家の再興を諦めきれておらんのだ。孫を連れてよそへ移ればよいものを……」
私は記憶の中の先生の息子の顔を思い出した。
名はアランといったか、確かみっつほど年下だったが、気位が高く、刑吏の社会的地位と一般理解度の低さを嘆いていた。
そういえば、法に関しては先生以上に熱心な取り組みようだったな……
先生には会うなといわれたが、このまま放置してはおけない。
先にルシエド卿に会ったほうがいいか……
そう心に決め、私は先生に別れを告げた。
生まれはシュデッタだが父はパラディオン系、母はイルーン系であり、パラディオン系の肌が白くがっちりした体格とイルーン系の艶やかな黒い体毛に大きくはっきりした目といういいとこ取りをした容姿にスマートな口髭というチャームポイントを乗せた、ナイスミドルです。
しかし残念ながらすでに生涯愛すと誓った麗しき妻と二人の子がいるのでご婦人からのお誘いにはお応えしかねる。
ん? 訊いてない?
それは残念。せっかくわが輝かしき遍歴をご披露しようと思ったのだが……
仕方ない、それはまた別の機会としよう。
さてさて、われわれ十人の護衛は全員サリエリ流総合護衛武術の使い手であり近からずも親戚ではあるが、血が繋がっているかというとそうでもない。
そもそも流祖であるジャン・サリエリが武芸の才ある者なら誰でも招き入れ、その中からこれぞという人物を後継者として家と流派の存続を図ってきたものであるため、サリエリ家にとって血の繋がりはたいして意味をなさないのだ。
かくいう私も父がサリエリ家の養子となったためにこの名を継いでいるだけであり、本来のサリエリ家とはおそらく一滴たりとも繋がりはない。
もっとも、それは本家であるヴィンチ家も似たようなもので、初代であるピエトロと二代目のレオナは親子だが、三代目のミケーレはレオナの実子ではない。
レオナにはミケーレの他にも多くの弟子がおり、自分の子が必ず自分の跡を継ぐに相応しい才能の持ち主とは限らないといって、才能重視で後継者を決めようとしていた。
結局レオナの五人の子はいずれも母の目に適わず、代わりにミケーレという才能が開花し、養子となって三代目を継いだというわけだ。
ただ面白いのは、ミケーレは師匠であるレオナを毛嫌いしていた。
なにかにつけて不平不満を愚痴り倒すミケーレは師が相手でも遠慮がなく、相弟子たちとの仲も決して良好とはいえなかったが、レオナはむしろそこを気に入ったのだというから、天才の感性は理解に苦しむ。
まあ、ミケーレのレオナ嫌いは彼女の奔放すぎる性生活と性的嗜好が主な理由だったようだが……
残されている弟子たちの手記を見るに、想像を絶するド変態だ。
それはともかく、そういったわけでヴィンチ家もサリエリ家も血縁どころか人種にすらまったくこだわらず、そうであるがゆえに一族の結束は強い。
次のヴィンチ家当主がほぼ確定しているラファロさまはレオナの次男の血筋だが、われわれが彼を慕っているのは血筋がゆえではない。彼のレオナやミケーレに勝るとも劣らない才能と、その愛すべきキャラクターゆえであることを明言しておく。
さてさて、前置きが長くなってしまったが、現在われわれは四人でラファロさまのお散歩に随伴中だ。昨日は早速意中のクレアどのを描き上げてすこぶる機嫌がいい。帰ったら今度はリエルどのを描くということだから、しばらくはこの殴りたくなるほど晴れやかな笑顔が絶えることはあるまい。
そう思いながら少し先の墓地のほうへ何気なく目をやった。
「む……?」
「どうしました、隊長?」
その声でラファロさまも気づき問うてきた。
「どうかしたかね、ユストゥス?」
「いえ、今墓地のほうで見知った顔を見かけたような気がしましたので……」
「ほう! こんなところに知己がいたか。やはりこの町へきたのは運命だな。気になるなら行ってくるといい」
私は少し考えたが、ここは素直にその好意に甘えることにした。
「では、申し訳ありませんが少し外します。ハシント、あとを頼むぞ」
「はい、ご心配なく」
私はお気に入りの黒い羽根つき帽子を押さえて、路地を曲がった。
墓地のさらに先に、小さなボロ小屋があった。おそらく墓守の家なのだろう。もしあの人物が私の想像どおりの人であるならば墓守自体は不思議ではないが、この町で貧乏暮らしをしているというのは想像の枠からはみ出している。
さすがに人違いだとは思うが、一度気になったことを放置するのは護衛という職業上の習慣からも外れるので、私はその見るからに建てつけの悪い扉を叩いた。
すると、すぐに返事があり、その人物が現れた。
「はいはい、どちらさまで?」
その人物は不自然なほど愛想がよかった。
言葉は悪いが、禿げ散らかした白髪に、深く刻み込まれたしわ、やや曲がった背、媚びるように腹の前で組まれた手……
いずれも私の記憶とは一致しない。
だが、確かに似ているのだ
だから、思い切って尋ねてみた。
「失礼ですが、あなたはジャカーロ・リトレどのでは……?」
老人はきょとんとしながら頷いた。
「さようですが、なにか入り用ですかな?」
きっと私の訝しんだ表情を訝しんだのだろう、彼の表情に少しだけ警戒の色が浮かんだ。
部屋の中に目をやってみると、あちこちに薬や死者の遺品と思しき物がある。
間違いない。あのジャカーロ・リトレどのだ。
「私は以前、あなたに教えを受けたサリエリ家の者です。ユストゥス・ジルベール・サリエリ。覚えておいででしょうか?」
帽子を取り、軽く腰を曲げて彼の前に顔を寄せた。
すると……
「おお、おおお……サリエリ……おお、ユストゥス・ジルベール……覚えておる、あの覚えのよかったユストゥスか……」
「はい、ご無沙汰しております」
「これはなんとも……恥ずかしいところを見られた……」
「ジャカーロ先生ともあろうかたが、なぜこのようなことに……?」
「わしのような者と一緒にいるところを見られてはまずい、林のほうへゆこう」
私は、記憶とは違い威厳も恐怖もなくなった先生の背中について行くことにした。
「なんのことはない、政争に巻き込まれたのよ」
周囲から閉ざされた茂みの中で切り株に腰掛け、先生は語ってくださった。
リトレ家は代々アンセラの王都アルバラステで刑吏を務めてきた家系だ。
刑吏とは原告や被害者の代理となって罪人を捕らえ尋問し、刑を執行する役人という社会にとって不可欠な役割を担っているが、一般的にはあまりよいイメージをもたれてはいない。
というのも、彼らは拷問の専門家でもあるため人体や医術に詳しく闇医者や刺客のようなことをやる者もおり、刑が執行された罪人の遺品や執行に使われた道具、果ては罪人の遺体そのものを錬金術の材料として使うといった暗い一面をもっているため、「首斬り役人」といわれ恐れられているのだ。
また、墓地や牢獄の管理はもちろんのこと、下層向けの賭場や娼館を運営してることもあり、裏社会にも通じていると見られてしまうというわけだ。
中でも北方の国々では奴隷や重犯罪者の一族など賤民と呼ばれる者たちが就いているためよりはっきりと差別の対象になっている。大陸東部では真逆で、社会秩序を保つために必要な正義の執行者として人気な職業だったりもし、国によって捉えかたは様々だ。
ただ、その職務とは別にひとつだけ共通していることは、非常に実入りのいい仕事である、ということだ。
私が先生に師事したのは、あまりよくない面……つまり、拷問の技術についてだった。
サリエリ流はヴィンチ家の才能を護るために使えると思った技術はなんでも取り入れ常に進化させることを旨としているため、ヴィンチ家を狙った者を捕らえて吐かせる技術は必ず役に立つ。というより、幾度となく役に立ってきた。その技術を磨くべく、私を含む数名がリトレ家の門を叩いたのだ。
「とうとう教会にも睨まれてな……」
確か、ゼレス教の背後には宰相がいたはず……それは相手が悪すぎる。
なんにせよ有力な刑吏一族が国を追われたということはあの国では教会の異端審問官が力をつけたということか……
「それからは流れに流れ、生きるためにいろんなことに手を染めた……」
あのころからは想像もつかないほど、先生の顔は疲れ切り、生気がない。当時まだ二十歳かそこらだった私にはこの人が悪魔のように見えていたものだ。
「先生、まさかこの町に辿り着いたのは……」
「そう、商工会の時代だ」
すべて、納得した。
噂程度の知識だが、そのころのバリザードは完全なる暗黒街で、いかなる無法も悪事もまかりとおったと聞く。そんな場所へ食い扶持を求めた刑吏の一族が流れてくれば、ありつけるのは裏の仕事に他ならない。
非合法治療、拷問、私刑、呪術、暗殺……
まごうことなき商工会の手先となったこの人が、よくぞ生き延びたものだ。あのルシエド卿のやったことを思えば粛清されていても不思議ではないのだが……
「先生、ご家族は……?」
「幸い無事だ。妻はとっくに病で逝ってしまったが、息子と孫とともにあのボロ小屋で暮らしておる」
「そうですか……」
「わしとしてはいっそのこと殺してもらったほうがよかったのだがな……」
「なにを仰いますか、進んで商工会についたわけではないでしょう。あなたの知識や技術は得難いものですし、この町は今法に関する人材が不足していると聞きます。冒険者による騒動も多いようですし、今こそ本分に還られるべきでしょう」
先生はゆっくり首を振った。
「こんな老いぼれではもはやなんの役にも立たん。知識も技術もすでに倅に継がせたでな……」
「では彼が代わりに……」
「あの男が許さんよ」
「ルシエド卿、ですか?」
「会ったのか」
「はい、ヴィンチ家とともにお世話になっております」
「そうか、おまえは順調に出世したようだな。倅には会わんようにしてくれ、あれはいまだにリトレ家の再興を諦めきれておらんのだ。孫を連れてよそへ移ればよいものを……」
私は記憶の中の先生の息子の顔を思い出した。
名はアランといったか、確かみっつほど年下だったが、気位が高く、刑吏の社会的地位と一般理解度の低さを嘆いていた。
そういえば、法に関しては先生以上に熱心な取り組みようだったな……
先生には会うなといわれたが、このまま放置してはおけない。
先にルシエド卿に会ったほうがいいか……
そう心に決め、私は先生に別れを告げた。
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