ここは血塗れ乙女亭!

景丸義一

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主菜 ただいま営業中!

第4話 瞳に決意を、心に刃を

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 私の前でしかお見せにならないが、イクティノーラさまのご機嫌が日に日に悪くなっている。
 無理もない。私とて同じ思いなのだから。
 すべてはあの、ルシエド・ウルフィスのせい。
 彼らがバリザードにやってきて、われわれが十八年もかけて築き上げ、あと一歩というところまで迫った計画を、ぶち壊しにしてくれたのだから……


 今でもあの日のことは忘れられない。
 当時、既に一線を退き経営者候補の一人としての勉強をしつつ後輩の教育役に回っていた私の前に、イクティノーラさまはやってこられた。いや、連れてこられた、私たちと同様に。
 ここではいちいち過去を訊かないのが暗黙のルールだから、最初は私も気づかなかった。だって、当時あの方は十五歳で、私は今のイクティノーラさまと同じ歳、面識などあるはずもない。ましてやこちらは貧乏貴族の娘で、あの方は王家の血を引く大公家のご令嬢……
 それがなんの因果か、こうして同じ場所に、同じ悪党どもの手によって売られてきた……
 私はあまりの惨さに、震えを抑えることができなかった。
 私はまだいい。無謀な借金を重ねた親の罪によってここへと落ちたのだから。
 しかしあの方は、イクティノーラさまは違う。
 隣国からの度重なる侵略で国が疲弊し、お倒れになった国王陛下に代わって指揮を執られた大公殿下を邪魔に思った隣国と、それと手を組む戦争商会ホフトーズによって拉致され、売り飛ばされたのだ。
 そのせいで大公殿下はお心を病み、戦に負け、国は宿敵たる隣国の属国となって事実上消滅した……

 私たちの祖国がなくなったのだ。
 もう帰る場所はない。
 帰りを待つ人もいない。
 ならばせめて、自分をこんな目に遭わせた連中に復讐をしようと考えるのは自然なことでしょう?
 それまで反抗的で薬物を用いた教育まで受けさせられていたイクティノーラさまだが、復讐をお心に決められてから変わられた。

 すべては復讐のため。
 ご自分のため。
 ご家族のため。
 お国のため。
 今もなお苦しむ民のため。

 私たちは胸の奥底に刃を隠し、長い時間をかけてホフトーズやラジェルら人の世に蔓延る悪党どもを失脚させるべく這いずり回った。
 策を練り、人脈を作り、情報を仕入れ……
 その間に私が一時夜蝶風月の経営者を継いでイクティノーラさまのための土台を作り、五年前に引き継ぎ、そのころにはもう夜蝶風月の娼婦たちは完全に掌握できていた。
 外部とのパイプも商工会に気づかれぬよう用意できたし、運よく祖国でそれなりの地位にあった人間とも接触でき、武装反乱の手筈も整えられた。
 あとは機を見て反旗を翻すだけ……
 そんなときだ、彼らが現れたのは。


 あの日のイクティノーラさまのお姿も、私は忘れられない。
「なんなのよあいつらは!?」
 娼館へ連れてこられた最初期の少女時代以来、決して強い感情をお見せにならなかったイクティノーラさまが、声を荒げられた。
 私の記憶によると十七年ぶりのことだった。
「これでは、すべてが台無しじゃない……っ!」
 私たちはまたもや奪われたのだ。
 人生と故郷を奪われ、生涯為すべき唯一のことと定めた復讐までもが、すんでのところで奪われたのだ。
 どこの馬の骨ともつかぬ無関係の輩に!
 イクティノーラさまは怒り狂った。
 その日は私でさえ近寄れないほど、怒り狂い、泣き喚き、そして、さらなる復讐を誓われた。
「邪魔をするなら排除するだけよ……絶対に、私の手でやつらを破滅させてやるの、そうしなければいけないの。そうでしょう、アデール」
 その凄絶なる決意を凝縮したような青い瞳に見つめられ、私は恐怖しながらも心から頷いた。
 それしか私たちの道はないのだ。
 そのためにすべてを捨て、すべてを受け入れてきた。
 新しい戦いが、始まったのだ。


 しかし……


「ホフトーズが……潰れた……?」
 ラジェルに続きホフトーズまでもが国の摘発を受けて壊滅したとお報せしなければならなかったときの私の心境を、誰が理解し得ようか。
 その報せを受けたイクティノーラさまの心境を、誰が理解できようか。
 相手が悪かった――
 そういうのは簡単だ。
 彼らに背景はないとはいえ、まさかヴァンパイアを従えているなど、誰が想像できたか。
 相手が悪かった。それは間違いない。
 しかし、その一言で済ませられるほど、イクティノーラさまがこれまで歩んでこられた道は安穏ではなかったのだ。
 せっかく憎い相手に頭を下げてまで懐に飛び込んだというのに、彼らは、われわれが十八年かけて築き上げたものを、ほんの数ヶ月で終わらせてしまったのだ。

 すべてが無駄になった……

 私がそう思ったのは、まるで抜け殻のように動かなくなってしまったイクティノーラさまを目の前にしてしまったからだ。
 自然と涙がこぼれた。
 それ以外、私にできることなどない。
 ただイクティノーラさまのお邪魔にならないよう、しかし決してお一人にしないよう、ただそばで声を押し殺して涙を流す以外になかった。
「許さない……」
 まるで生気のないお声で、イクティノーラさまは呟かれた。
「許さない……」
 瞬きさえ忘れた瞳でどこでもないところを見据えながらのそのお声は、なにより恐ろしい呪詛のように、私には聞こえた。
「私からすべてを奪った……ただひとつ残された復讐さえ……許さない……絶対に、許さない……」
 私たちの新しい復讐が、始まろうとしていた。
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