ここは血塗れ乙女亭!

景丸義一

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主菜 ただいま営業中!

第9話 そう、それは女のロマンス

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 敏腕市長と優秀なギルド員たちの情熱的労働により、二月に入るとすぐさま乗合馬車が運行を開始した。
 中央広場(つまりうちの店の前の交差点な)で開通記念式典が開かれ、町の顔役たちがこぞって出席するそいつにおれも出なきゃならなかったことだけが少々面倒だったが、影響力に物をいわせて乾杯の音頭を取るだけで済ませられたからよしとしよう。
 こんなとこにきてまでイベントのたびに演説とかマジで勘弁してほしいからな。
 それにそんなことより、おれには大事なことがあった。
 よその町とバリザードを街道で結ぶ乗合馬車、こいつを外回りと名づけたんだが、こいつにうちの店の宣伝看板をさげさせて御者にも行く先々で目いっぱい宣伝するようにと言い聞かせておいたから、その成果が楽しみでならないんだ。
 われながらすごいことを思いついたもんだと感心するね。
 まさか馬車に看板をつけるなんて、他に誰か考えたやついるか!?
 少なくともおれは見たことないね。
 その結果が……

「お待たせしました、こちらがパラディオンの伝統菓子フセッタスになります。はい、お待ちください。はい、ただいま。おーい、お勘定を頼む!」
 もう、大盛況!
 最初の数日はあんまりだったが、近隣の町からやってきたという少ない客に精一杯サービスしたらそいつらが宣伝してくれてこのありさまよ!
 嬉しい悲鳴がとまらないとはこのことだな!
 ようやくらしくなってきたぜ。
 ラビリンスの宣伝もしといたから、ちらほら耳の早い冒険者がやってきてるし、噂が広がればもっともっと増えてくるだろう。
 そうなりゃいまだに閑古鳥がくだを巻いてる宿の売り上げも上がって大儲け!
 ……商売って、楽しいなぁ。

 そんな絶好調の中、野暮用で派遣していたウィラが戻ってきて作戦成功を報告してきたからますます憂いなし。娼婦ギルドも全面的な協力を約束してくれたし、これにてバリザードの全ギルドがおれと市長を中心に裏表なく手を繋ぐこととなった。
 うん。
 おれ、絶好調!
 そんなある日のことだった。


 開店直前に表で一人すっかり活気づいた通りを眺めていると、南のほうから二人の女が歩いてきた。
 遠目でもはっきりわかる。
 イクティノーラとアデールだ。
 もうお礼はたっぷりいわれたから普通に飯でも食いにきたかな?
 そう思っていると、二人はおれの前で立ち止まり、アデールが、
「ご機嫌麗しゅう、旦那さま」
 なんていうから、あやうく手を差し出しそうになった。
 だいたい旦那さまってなんだよ。店長って呼べよ。
 それにどうしてイクティノーラが顔を赤らめてもじもじし出すんだ。挙句になんで上目遣いでおれを見る。
 ……えっ、まさか旦那さまってそういう意味か?
 待てやコラ。
「店長と呼べ」
 イクティノーラはひとまず無視するしかない。
 ひどいなんて思うなよ、挨拶してきたのはあくまでアデールなんだ、挨拶してきた相手に返すのが礼儀だ。
「人前ではそのようにお呼びしますとも」
「ここも充分人前なんだが」
「旦那さまは旦那さまですので」
 答えになってねえ……
「さあ、お嬢さまも、ほら」
 イクティノーラに対してもお嬢さまって、ちょっと危機感緩みすぎなんじゃねえのか……
 注意してやろうと口を開きかけると、それを防ぐようなタイミングでイクティノーラが……
「あ、な、た……」
 ……おれは、どう反応したらいい?
 この、つい先月までは刃物のような鋭さと毒気の強い色気を兼ねていた年上の女が、いまではすっかり初恋に目覚めた少女のような恥じらい顔でおれを見上げてくるんだ。
 いや、わかってる。わかってはいるさ。
 こいつはもう鋼の女という仮面を脱ぎ捨てて、おれに頼る一人の女になった。それでも普段はきちんと今までどおりの顔でそつなくこなしてるんだぜ?

 深入りしすぎた……?
 いやいや、それはない。
 おれはあくまでおれの責任を果たしただけだ。深入りどころか必要以上には関わってない。
 完全に、計算外。
 おれじゃなく、イクティノーラのほうが深入りすることを望んだんだ。
 そんな事態を想定しておけるほど、おれは自惚れちゃいない。
 だから、計算外。
「ってちょっと待て!」
 おれはイクティノーラの顔をむんずと掴んで押しのけた。
 うん、近づいてきてたんだ、おれの顔目がけて。
「そ、そうでした、申し訳ありませんっ……」
「旦那さま、われわれはこちらでお昼をいただきとうございますが、そのあとのご予定がお空きであればお時間をいただけますでしょうか?」
「ようし、いいだろう。その緩みきった危機感について三人でたっぷり話し合おうじゃないか」
「いいえ、私は遠慮させていただきます」
「おまえが原因のように見えるんだが?」
「そんな、私など……これはお嬢さまのお心の内から自然に湧き上がった恋心でございますれば」
「アデール、いわないでっ!」
「失礼しました。つい、この口が」
 ぺしっと自らの口元を叩く。
 だめだ、こいつら……
 早くなんとかしねえと……

「ダーリン、開店時間よっ!」

 死神の声が、聞こえたような気がした。
 やっぱりおまえ、ヴァンパイアらしく夜型に戻らないか?
 そうすりゃ面倒なことにならなくて済むからさ、おれが。
 いやしかしこのお陰であの件に首を突っ込まれなかったんだから、どっちもだめか?
 あれ、詰んでねえ?
「におうわね……」
 クレアはイクティノーラを睨みつけながらいった。
「スイーツをないがしろにするやつと同じくらい嫌なにおいよ……」
 どんなにおいだよ。
 と心の中でツッコんでいると、いきなり唇を奪われた。
 それも強烈に、情熱的に、ねちっこく。
 どんどん巧くなっていきやがる……じゃねえよ!
「あああああっ!?」
 おれが振りほどくより前に、イクティノーラが叫んだ。
「やっぱり、泥棒猫のにおいね!」
「お嬢さま、負けてはなりません!」
 いや負けとけよそこは!
 勝てねえよこいつには!
 と、またまた口にするより早く、イクティノーラがクレアを押しのけておれの唇に自分の唇を押しつけてきた。
 勢い余って額がぶつかったうえ、本当にただ押しつけるだけの口づけ。
 下手くそすぎんだろ!?
「あああああっ!?」
 今度はクレアが悲鳴を上げる。
 そしてあの、おぞましい真っ赤なオーラが……
「殺すわ」
「待てクレア!」
「こんな女の命までかばうっていうの!? 私とどっちが大事なの!?」
 うわー……
 めんどくせーえ……
「負けませんわ」
 イクティノーラもすっかりやる気になって、瞳の中で稲妻が走ってるように見える……
 まずいんだよなあ……
 ここ、店の出入り口の前だぜ?
 ちょうど開店時間の。
 つまりどういうことかっていうと、だ……

 めっちゃ見られてるんだよなあっ!
 開店待ちしてた客どもによおっ!
 しかもなんで今日に限ってこんなに早く市長までいやがるっ!?
 どうしよう、ホント……
 ああ、男にとっては実に嬉しい状況だろうよ。身分によっては両方おいしくいただきますってな具合になるだろうよ。
 でも今のおれはそんな身分じゃねえし、そうだったとしてもこの二人はまずい。
 かたや死にたがりなのか殺したがりなのかいまいちわからなくなってきたヴァンパイアで、かたや某国王家の血を最も濃く引く元お姫さま。
 はっきりいおう。
 むしろ昔のおれのほうがはっきり拒絶しただろうな!
 こんなめんどくさくて危険極まりないモンをふたつも抱えてられるか!
「いいわ、殺し合いね」
「よかねえよ!」
「受けて立ちます」
「立つなよ! 逃げろよ!」
「女には、やらねばならぬ、時がある……」
「煽ってんじゃねえよ!」
 しかしホントすげえな、こいつら。
 町の誰もが知ってる真紅の悪魔相手に公衆の面前で喧嘩吹っかけてるんだぞ?
 明日からこいつらもそうとう噂になるんじゃねえか……?
 ……生きてたら。

「そのロマンスやよしッ!」
 不穏な空気を吹き飛ばすかのように、店内からでかい声が響いた。
「一人の男を巡って女同士が真剣勝負……まさにロマンスッ!」
 グストーだった。
「そんなロマンスにゃあ、ここはもってこいの場所だよなァ、ええ、店長よ」
「さっぱり意味がわからんがとりあえず助けてくれ」
「料理だッ!」
「は……?」
「女が男のために戦うなら、厨房ほど相応しい場所はないだろうッ! ここはひとつ、店長の胃袋を見事掴み取ったほうが勝ち、ってなァどうだい?」
 そんな勝ち誇ったような顔でいわれても!
「いいわね」
 え、クレアさん? いいんですか?
「望むところです」
 おいおいおまえ、料理なんてできたのか?
「内容は当然、スイーツよね」
 こいつ、最近「スイーツ」って言い方にはまってるらしいんだよな。どうでもいいか。
「か、甘味ですか……」
「あらあら~? まさか、私のダーリンを横取りしようっていうのにダーリンの好物であるスイーツのひとつも作れないのかしらァ~?」
 なんて極悪な面をするんだ、おまえは。完全に悪役じゃねえか。
 そもそもおれはおまえほど甘党ってわけじゃないからな。
「くッ、いいでしょう!」
「いやいや、そいつはだめだ、フェアじゃない」
 グストーよ、あんた、なにしに出てきたんだ、本当に……
「決闘は常にフェアでなければならぬッ! よって内容はふたりとも作ったことのない物にしようじゃねえか。公平を期すため分量はおれが量るし、作り方も教えてやる。それでどうだ?」
「フンっ、どんな物でもスイーツでこの私が負けるはずがないわ!」
 そんな自信もてるほどの腕じゃねえだろ!
「条件が同じならそれでけっこう、受けて立ちましょう!」
 おまえもどこからそんな自信が? 普通お姫さまも高級娼婦も料理は覚えないだろ、作ってもらう側なんだから!
「ようし! さあさあお客さんがた、今から絶世の美女二人によるスイーツ対決が始まるぞ! 見物したいかたは入った入った!」
 うわっ、うめえ……ッ!
 これが狙いだったのか……!
 そのしたり顔で親指を立てるのは余計だが、あんたおれより宣伝上手なんじゃないか……!?
 ま、まあ、血を見ずに済んだのはいいことだ、うん。
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