ここは血塗れ乙女亭!

景丸義一

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主菜 ただいま営業中!

第21話 ある教会の実態

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 そんなこんなで私たちは噂のバリザードに到着しましたとさ!
 もともと店を回すための人員やら物資やらそのための護衛やらで大所帯なうえ、ときどき立ち寄った町で傭兵が交代したりちょろっと取引したりでかなり時間食っちゃったね。
「私たちは先に教会へ挨拶に行こうと思うのですが、誰か場所はわかりますか?」
 エストは生真面目だから、町の権力者を後回しにすることなんか全然気にしてない。んまあ、教会こそが私たち本来の所属先だから正しいっちゃ正しいんだけどね。
「教会は確かこの近くのはずですよ」
「わかりました。ではのちほどお店で合流しましょう」
 お店っていうか、実はそこの三階が私たちの家になるんだけどね~。
 必要最低限の物はベランさんが揃えてくれたそうだけど乙女には必需品が多いからね、あとで買い物もたっぷりやんなきゃだわ。
「店は中央広場だそうでもう少し先になりますが、既に看板は出ているはずですからすぐにわかると思います」
 ということで商人や護衛と別れ、私とエストは二人でそれぞれの馬だけを引いて教会を探し始めた。
「確かに、かつて噂に聞いていたような雰囲気ではないわね」
「このへんはほとんど住宅地なのにけっこう人通りもあって明るいし、露店まで出てるしね」
「物騒なことになりそうにないからよかったわ」
「それだけど、むしろ教会が一番面倒かもよ」
「どうして?」
「だって、今はこうでも元はアレな町に飛ばされてきた司祭が仕切ってるんだよ? まともな人とは思えないじゃん」
「志願したかただと聞いたけど」
「ますます胡散臭い」
「そうかしら。立派なことだと思うけど……」
 エストのこういう人のいいところがこういう場所じゃあ怖いんだよなあ。教会の影響力が強いところだと型にはまってれば問題ないけど、この町はどう考えても型を破らなきゃ生きていけないような町だったはずだから、中央式のお行儀のよさは弱みになりかねないんだよねえ。
「優等生のエストちゃんにちょっと賢くなるお話をしてあげよう。われらがゼレス教は首座司教から聖騎士に至るまで……」
「猊下をつけなさい」
「……首座司教猊下から聖騎士に至るまで聖職者は神と契りを交わすためその立場にある限り生涯純潔が掟だけど、実は一部のくそったれなお偉いさんがたはバレなきゃノーカンの精神で秘密結社めいた怪しげな組織を作って裏でこっそりヤりまくってるらしいんだよね~」
「そ、そんな!」
 案の定、本気モードの怒り顔。
「なんという侮辱! それはゼレス教に対する侮辱だわ!」
「まっ、そんな噂が立つほどゼレス教って厳しいし、そもそも組織の内部なんて外からはほぼ完全遮断でなんにも見えないからね」
「噂だからといって、許されるようなことではないわ!」
 ごめん、実は噂じゃないだ。
 お父さんのツテで教会の実態を色々知ってるんだよ、私。
「つまりさ、ここの司祭もどんな人か会うまではわからないってこと。この町で生き抜いたくらいだから、悪い方向だと相当覚悟しとかなきゃダメだよ」
「いい方向で生き抜いたかたであることを願うわ……」
「あ、教会あれじゃない?」
 住宅地の中に入る道の奥に広場があって、その奥に教会が見えた。
 遠目で見ても、しょぼい……
 っつーか、ボロボロじゃん。窓割れてるんですけど。
「い、行きましょう……」
 エストもちょっとは私の話を真剣に考え始めたらしい。

 馬を表の(今にも倒れそうな危なっかしい)柵に繋いで、私たちは教会の中へと入っていった。
 外から見たとおり中もぼろくて、長椅子はところどころ割れたり歪んだりしてるし、柱には斧でも叩きつけたような傷が入ってるし、かつては壁画があったのだろう壁にはもう、原型がさっぱりわからないほどの落書きが……
「ああ、なんという……」
 エストは立ちくらんで長椅子の背に手をついちゃった。
「シャルナ、いけないわ。これではいけないわ。私たちがこの教会を立て直さないと……!」
「おや、寄付でもしてくださるのですか?」
 そんな声がしたから奥を見やると、そこには住居に繋がっているのだろう扉から出てくる司祭の姿が。
 その人を見て、私とエストはきっと同じことを想像したに違いない。
 だって、両目を右から左へとバッサリやられちゃったような傷があるんだよ?
 そんなの見たら、ここでの生活がどれだけ過酷でこの人がどれだけ苦労してきたかって思っちゃうじゃん!
「どうかしましたか?」
「あー、えっと、ここの司祭さまで?」
「はい、レイル・キナフィーと申します。あなたがたは……初めてのかたですね?」
「え、ええ。ご承知のこととは思いますが、アンセラ王都アルバラステより派遣されて参りました、聖騎士のエスト・ベルランジュと申します」
「同じくシャルナ・ゾフォールです」
「ああ、はいはい。そういえばそんな通達がありましたね。随分時間がかかったようですが、途中でなにかありましたか?」
「いえ、ちょっと家のこととかで色々ありまして、はい……」
「そうですか」
 どうしよう、ちょっとこの人やりにくい。
 傷のインパクトで完全にこっちが乱れちゃったし、でもけっこうハンサムだし、それにフランクな感じだし、でもでもこんなところで生き抜いたんだからそれなりになんかあったんだろうし、傷のこと訊いていいのかもわかんないし……
「王都からだとこの有様は驚くでしょう」
「ええ、嘆かわしいことです」
「まあ、私が赴任する前からでしたし、私には見えないので気になりませんがね」
 これはジョークってことでいいんだよね?
 自分で目のことをネタにするくらいなら訊いちゃっても大丈夫だよね?
「不躾ですけど、その目はどうされたんですか?」
「ああ、これは戦傷です。以前は兵士でしたので」
「兵士から聖職者? 珍しっ」
「それなりに気術も使えますから、近い距離ならなにがあるかや人の動きなどもちゃんと把握できるのですよ。ですのでお気になさらず」
 兵士あがりで気術使いの聖職者って、探してもこの人しかいないんじゃないのってぐらい珍しいよ。
 でも納得。
 そんな人じゃなきゃこの町に志願なんてできるはずがない。
 ここで悪さをしてるんじゃないかという疑念も吹っ飛んだ。
 教会のこの状態を見て、司祭一人が贅沢してるとは思えないもん。そんな気配は一切なし。これでも商人の娘ですからね、お金をもってる人や贅沢してる人はその人と住む家を見ればすぐにわかるのさっ。
 ようするにキナフィー司祭、実力で切り抜けた人ってことだ。
 ある意味じゃ、一番コワい……?
「ところで、お二人は家のあてはあるのでしょうか? ないのであればこちらで用意できますが」
「いえ、大丈夫です。コネを最大限利用して快適な環境を整えたんで」
「ああ、やはりゾフォールというのはゾフォール商会のことでしたか。それならば安心ですね」
「それではキナフィー司祭、明日改めて伺いますので今日のところはこれで」
「わかりました。お気をつけて」

 そういうわけで私たちは教会を出た。
 なんか、杞憂だった……?
 一番心配だった教会も建物以外は問題なさそうだし……
 というか、ここで聖騎士としての仕事って、なにすればいいんだろ?
 そもそも必要?

 あ、必要はないのか、左遷だから。
 ってことは、私たちってば実は、めちゃくちゃ自由なんじゃ……?
 あれ、すごく美味しい気がしてきた。
 左遷万歳!?
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