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ままかりなんばん

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三日目

第九話 未知の世界

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 ケインローズとの仲良し作戦は大失敗に終わってしまった。私は彼のガラスのような心に傷を付けてしまった。「気にするな」と言っていたが、明らかに判断を見誤った。

 シフト通りの休暇、連休二日を挟んだ出勤三日目。土砂降りの雨の中、ドリーミングランドへと足を運んでいる。傘を持つ右手は、まだケインローズの温もりが残っているようだ。彼は、私が厳しい現実を向けたにも関わらず、私が離れるまでずっと手を包んでくれていた。その行為が何を示しているかなど、第三者に言われなくても理解できる。

(彼は本当に本物のケインローズなんだ。ただ、不器用なだけで……)

 勇気があって、かっこよくて、優しいケインローズは存在していた。私はこの事実が嬉しい。だからこそ、彼の誇りであるあのアトラクションを無くしてはならない。しかし、私に何ができるだろうか。
 制服の上にカッパを着た私は、『ケインローズの冒険』の裏口を開く。

「おはよう……いや、こんばんは、か?」

 技術部の面々に混ざって、ケインローズが事務室で話をしていたのだ。私のいない二日でいったい何が起きたというのだろう。暁さんが人馬の彼の背中を押した。

「ほら、打ち合わせ通りに!」

 暁さんの声に続いて、「がんばれ、がんばれ!」「あっ、樹論さんはそのままで」といった技術部の声が響く。とりあえずカッパを脱いだ私は、目の前のケインローズに謝ろうとする。頭を下げようとした瞬間、彼はヒョイと私を摘み上げ、小脇に抱えてアトラクションの表側へと逃走した。

「ほらぁ、また照れ隠しだよ」「もはや定番だな」「がんばれよー!」という技術部のガヤが遠くに聞きながら、いつもより駆け足で川を下っている。

「ええと、ケインローズ。この先は雷神の場所だけど大丈夫?」

 毒蛇の次のシーンだ。前回酷く怯えていたあのブラックライトの場所。雷鳴が轟き、雷神のアトラクションオートマタが現れた。ケインローズは足を止めて、私を床に下ろす。耳を伏せた彼は、私の高さに合わせるために足を折り、座った。

「ここは、俺が生まれた場所だ。五年前、本物の雷がちょうどこの真上に落ちて、機械の体の俺は自由に動けるようになった」

 意外だった。ケインローズは私に対して怒りを向けるのでもなく、自身の秘密を教えてくれるのだから。

「だから、その……こっちへ来てくれ」

 彼は私の手を握ると、光差す下流の方へエスコートする。促されるままに歩くと、視界いっぱいに黄金が広がった。ケインローズは黄金の国にたどり着いたのだ。

「この景色を見せたかった。俺の未来である、この場所を。それで……」

 再び足を折り座るケインローズは、耳をピンと立てている。私は、ゆっくりと彼の次の言葉を待った。

「誕生日おめでとう。人間は生まれた日に贈り物をするのだろう?シン、いや……」

「ううん、シンでいいよ。ありがとう、ケインローズ」

 そうだ、今日は私の誕生日だった。二十歳を超えてから歳の変化なんて気にしていなかったし、ケインローズのことが気がかりで自分のことを忘れていた。それにしても、私ですら忘れていた誕生日を何故知っていたのだろうか。

「誕生日なんか忘れていたよ。誰かに教えてもらったの?」

「ああ。暁が誰かから聞いたらしい。確か、笹木だったかな。ジンジカ?ってところのお節介男らしいな」

 なるほど。私が入社式前に初めて会った社員さんだ。たしかに、世話焼きタイプの方だし私を異動させたのも彼が影響しているのかもしれない。彼の頭の中には膨大な人物データが詰まっていそうだ。

「そっか。ありがとう、ケインローズ。私がいない間に技術部の方々とも仲良くなって、本当、良かった」

「それは、シンが二日も来ないからおかしいと思ってだな」

(ああ、なるほど)

 ケインローズは休暇というものを理解できていないようだ。私はなんだか悪いことをしてしまったな、と彼の横顔を見つめた。

「ああっ、お前は体が弱いみたいだから心配したんだ!俺はこの間のことは気にしてない。だから、また外の話を聞かせてくれ」

 彼は顔を真っ赤にして私のシャツの袖を小さく引っ張った。血は通っていないけれど、彼の魂が高揚しているのがよくわかる。不思議な空間に慣れた私は、彼に外の話をしてあげた。もっと高い建物がたくさんあること、海はもっともっと広いということ、空はとてつもなく高いということ。そして、人間は良い人もいれば悪い人もいるということ。それは見た目では分からないということ。

 ケインローズは必死に未知の世界に耳を傾けていた。彼の瞳は黄金よりも眩く輝いていた。
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