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三日目
第十話 鼓動を聴けば
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外の話を聞いたケインローズが黄金の国を眺めてふと呟いた。「もっと凄いものをシンは知ってたんだな」と。横顔が何故だか遠くに見えて、私は思わず彼の太く長い腕に自分の腕を絡めた。
「凄いものなんて人それぞれだよ。私は、あなたと一緒に眺めるこの景色が今までで一番の贈り物だと思う。嘘じゃないよ。不思議と懐かしい気持ちで胸が温かくなるんだ」
ケインローズは、「そうか」と嬉しそうな声色で私に微笑んで見せた。
「胸が温かい、というのはどんな感じなんだ?」
何かに興味を持つ彼は、時々無垢な少年の一面を映し出す。そんな彼の質問に答えるのは難しいが楽しいのだ。
「そうだね……。胸の真ん中があの天井の灯りみたいに輝いて熱を発している、みたいな感じかな」
「なんで胸の真ん中なんだろうな?」
私は返答に困った。十秒ほど考え、「心臓があるから、かな」と答える。そして、返ってきた言葉に私は驚いた。
「心臓ってなんだ?」
「心臓は、動物にある血を送るためのポンプで……」
言葉で説明するのは難しい。模型があれば、ハイこれが心臓ですと見せられるのだが……。私は、こちらを見つめるケインローズの艶やかな瞳に、絡めていた腕を解き、ゆっくりと胸を開いた。
「耳をここに当ててみて」
ケインローズは私を優しく抱き寄せるように耳を胸元に押し当てた。彼の顔を近くで見るのは一日目以来だ。
「音がするな。……穏やかで、不思議な音だ」
一日目では恐怖の対象でしかなかったのに、今ではこんなにも柔らかに見える。奇跡の命が今、私の胸元にあるのだ。短く跳ねた紺色の髪を、思わず撫でる。彼の尻尾が細かく振られているのを視界の隅で見た。
「ありがとう、シン。俺には無いものを教えてくれた。滋が言ってたんだ、お前に無いものを与えてくれる人がいつか現れるってな。シン、お前が……」
顔を上げた彼の長いまつ毛の向こう側に輝く瞳に魅せられ、胸が熱く鼓動が早まる。
その時、地面がぐわんと縦に持ち上げられたかと思うと、強い横揺れが襲ってきたのだ!
悲鳴も上げられない私は、思わずケインローズに抱きつきやっとの思いで立っていた。彼は私を拒むことなく強く抱きしめて私を守っている。まるで大地に怒りを込めているかのような彼の息遣いに、私はまだ気付いていなかった。
どれだけ長く続いただろうか。揺れが収まるまで体感で一分はかかったと思う。
「大きな地震だったね……。ありがとう、ケインローズ」
「気にするな。シンはとりあえず暁たちに合流するべきだ」
私は、気遣いを見せるケインローズに促され事務室へ向かおうとふと顔を上げた。彼の腰から下、臀部の辺りから細いパイプが左後脚を貫いているではないか!血やオイルは流れていないが、見るからに苦しんでいる彼を放ってはおけなかった。
「ケインローズ、ケインローズ‼︎」
ぐったりと床に倒れ込み動けなくなっている彼の胸元に耳を当てる。心臓の代わりに動いているらしいポンプが音を立てている。
「俺は大丈夫だ。だから、帰るんだ」
「帰れる訳ないでしょ、私はあなたの特別技師なんだから!」
怒鳴られたって構わない。私は、ケインローズを助けたいという一心で直径五センチほどのパイプを引き抜こうとしていた。しかし、一人の力ではびくともしない。暁さんたちを呼ぶべきだろうが、離れることもできないのだ。
「シン、暁たちも心配しているはずだ。さあ、早く」
ケインローズは尻尾で私を跳ね除け、事務室の方向を指差す。迷っていた私は、ついに決断を下した。
「応援を呼んでくるから!絶対戻る!」
パイプから手を離し、急いで事務室へ向かう。緊急時の合流場所もそこだ。後ろは振り向けなかった。振り向いたら、私の心が崩れてしまいそうだ!
(とにかく今は応援を呼ぶんだ……!)と、床に落ちた天板や照明を避け、目的地へと駆け込んだ。
「樹論さん!良かった、無事だった」「ケインローズはどうした?」「樹論さん、事情知っとるんやな?」と、口々に技術部に言われる。私はただ一言、「工具箱持ってついてきてください!」と言い放った。彼らは事情を察し、ありとあらゆる工具を手にして私にヘルメットを被らせた。
現場に着いた直後、暁さんが声を上げた。「五センチ管専用工具があったはずだ。そいつを使って抜いてやれ。その後の反応を見て対応を変える」と。
一人がアルファベットのAのような専用工具を取り出し、パイプにはめた。私は、顔を歪めるケインローズの手を握る。彼の手には力が入り強張っていた。二人がかりでゆっくりと持ち上げるとパイプが完全に抜けたらしい。一メートル以上のパイプは床に捨てられた。
患部を見てみるが、オイル漏れは無いようだ。代わりに「フシュウ」と空気の抜ける音が聞こえる。これはまずい、と暁さんは判断したらしく、私たちに声をかけた。
「一同、朝八時までに応急処置を終わらせるぞ!」
「凄いものなんて人それぞれだよ。私は、あなたと一緒に眺めるこの景色が今までで一番の贈り物だと思う。嘘じゃないよ。不思議と懐かしい気持ちで胸が温かくなるんだ」
ケインローズは、「そうか」と嬉しそうな声色で私に微笑んで見せた。
「胸が温かい、というのはどんな感じなんだ?」
何かに興味を持つ彼は、時々無垢な少年の一面を映し出す。そんな彼の質問に答えるのは難しいが楽しいのだ。
「そうだね……。胸の真ん中があの天井の灯りみたいに輝いて熱を発している、みたいな感じかな」
「なんで胸の真ん中なんだろうな?」
私は返答に困った。十秒ほど考え、「心臓があるから、かな」と答える。そして、返ってきた言葉に私は驚いた。
「心臓ってなんだ?」
「心臓は、動物にある血を送るためのポンプで……」
言葉で説明するのは難しい。模型があれば、ハイこれが心臓ですと見せられるのだが……。私は、こちらを見つめるケインローズの艶やかな瞳に、絡めていた腕を解き、ゆっくりと胸を開いた。
「耳をここに当ててみて」
ケインローズは私を優しく抱き寄せるように耳を胸元に押し当てた。彼の顔を近くで見るのは一日目以来だ。
「音がするな。……穏やかで、不思議な音だ」
一日目では恐怖の対象でしかなかったのに、今ではこんなにも柔らかに見える。奇跡の命が今、私の胸元にあるのだ。短く跳ねた紺色の髪を、思わず撫でる。彼の尻尾が細かく振られているのを視界の隅で見た。
「ありがとう、シン。俺には無いものを教えてくれた。滋が言ってたんだ、お前に無いものを与えてくれる人がいつか現れるってな。シン、お前が……」
顔を上げた彼の長いまつ毛の向こう側に輝く瞳に魅せられ、胸が熱く鼓動が早まる。
その時、地面がぐわんと縦に持ち上げられたかと思うと、強い横揺れが襲ってきたのだ!
悲鳴も上げられない私は、思わずケインローズに抱きつきやっとの思いで立っていた。彼は私を拒むことなく強く抱きしめて私を守っている。まるで大地に怒りを込めているかのような彼の息遣いに、私はまだ気付いていなかった。
どれだけ長く続いただろうか。揺れが収まるまで体感で一分はかかったと思う。
「大きな地震だったね……。ありがとう、ケインローズ」
「気にするな。シンはとりあえず暁たちに合流するべきだ」
私は、気遣いを見せるケインローズに促され事務室へ向かおうとふと顔を上げた。彼の腰から下、臀部の辺りから細いパイプが左後脚を貫いているではないか!血やオイルは流れていないが、見るからに苦しんでいる彼を放ってはおけなかった。
「ケインローズ、ケインローズ‼︎」
ぐったりと床に倒れ込み動けなくなっている彼の胸元に耳を当てる。心臓の代わりに動いているらしいポンプが音を立てている。
「俺は大丈夫だ。だから、帰るんだ」
「帰れる訳ないでしょ、私はあなたの特別技師なんだから!」
怒鳴られたって構わない。私は、ケインローズを助けたいという一心で直径五センチほどのパイプを引き抜こうとしていた。しかし、一人の力ではびくともしない。暁さんたちを呼ぶべきだろうが、離れることもできないのだ。
「シン、暁たちも心配しているはずだ。さあ、早く」
ケインローズは尻尾で私を跳ね除け、事務室の方向を指差す。迷っていた私は、ついに決断を下した。
「応援を呼んでくるから!絶対戻る!」
パイプから手を離し、急いで事務室へ向かう。緊急時の合流場所もそこだ。後ろは振り向けなかった。振り向いたら、私の心が崩れてしまいそうだ!
(とにかく今は応援を呼ぶんだ……!)と、床に落ちた天板や照明を避け、目的地へと駆け込んだ。
「樹論さん!良かった、無事だった」「ケインローズはどうした?」「樹論さん、事情知っとるんやな?」と、口々に技術部に言われる。私はただ一言、「工具箱持ってついてきてください!」と言い放った。彼らは事情を察し、ありとあらゆる工具を手にして私にヘルメットを被らせた。
現場に着いた直後、暁さんが声を上げた。「五センチ管専用工具があったはずだ。そいつを使って抜いてやれ。その後の反応を見て対応を変える」と。
一人がアルファベットのAのような専用工具を取り出し、パイプにはめた。私は、顔を歪めるケインローズの手を握る。彼の手には力が入り強張っていた。二人がかりでゆっくりと持ち上げるとパイプが完全に抜けたらしい。一メートル以上のパイプは床に捨てられた。
患部を見てみるが、オイル漏れは無いようだ。代わりに「フシュウ」と空気の抜ける音が聞こえる。これはまずい、と暁さんは判断したらしく、私たちに声をかけた。
「一同、朝八時までに応急処置を終わらせるぞ!」
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