食いつなぎ探索者〜隠れてた【捕食】スキルが悪さして気付いたらエロスキルを獲得していたけど、純愛主義主の俺は抗います。

四季 訪

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34.ダンジョンに生まれる異空間

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 馬鹿な真似をした。

 異常な程に興奮した豚鬼オークに追い詰められた知人達を庇い、囮を演じてしまった。

 なんとかその知人達を逃がすことに成功し、自分も囲まれた状態から どうにか逃げ出すことができた。

 使えるものは全部使い、命からがらに。

 「これじゃ、赤字じゃない。なんのために危険を冒したと思ってんのよ」

 身体強化薬ブースター閃光玉フラッシュバン、魔物からの追跡を躱す特殊な匂い消し。

 それらはこの階層に来るまでの道中と、豚鬼との戦闘で殆どを使い切ってしまった。

 ここ数日の間、頭の悪い新人に付き合って浅い階層での活動をしていた彼女の懐事情はこれらの出費ですかんぴんだ。

 なんとしてもこの階層の異常化の原因を突き止めなければ、彼女の慎ましやかな願いは叶えられない。

 できる事ならその原因の解決まで行ければ、彼女はもうしばらく安心して探索者としての活動を行うことが出来るだろう。

 時間を稼ぎ、力を付けることができれば、彼女にとって上級探索者も夢ではないのだから。

 彼女の考える未来は明るい。

 そうなれば彼女はようやく平穏な日常を送れるようになるし、あの子達に窮屈な生活を送らせずに済むのだ。

 しかしそこまで考える彼女の顔に笑顔はない。、

 豚鬼から逃げ切った彼女は随分と奥までやってきていた。

 そこは次の階層へと繋がる階段からは遠く離れた位置、この階層の端までやってきていた。

 「これって」

 目の前に広がるのは緑化した大地。

 レンガ造りの無機質なダンジョンのはずの第六階層。

 しかし、廊下の途中の煉瓦は半ばからすっぽりと消えて、広さも高さもそれらをまるで無視したかのように木々が多い茂り、どこかから暖かい陽が入り込む異常な空間へと変貌していた。

 「異空化……?」

 ここよりずっと深い階層では当たり前に見られる光景。

 地下空間であるダンジョンの常識を覆す説明不可能な怪奇現象がこの浅い階層で局所的に発生していた。

 元はここも他と同じレンガ造りのマップだった筈だ。

 それがどういうわけか、端の一部分だけが深い階層のように異空化していた。

 レンガと大地の堺を跨ぐ。

 そこには天井が存在していなかった。

 木々の隙間から零れる陽だまりがじんわりと肌を暖める。

 地下ダンジョンにも関わらず、長い髪が靡くほどの風が吹いた。

 どうしてこんなことになっているのか、どうしてこんな浅い階層で異空化が起きているのか。

 どう考えてもすぐにギルドへと報告を入れなければならない案件だった。

 「そんな暇はない」

 この報告を入れたところで、原因が究明されたわけではなく、目当てにしている報酬の支払いの目途はないだろう。

 この報告は重大ではあるが、ただ発見しただけだ。

 報酬の支払いは渋られるだろうし、支払われたとしても雀の涙程度だろう。

 確実に大金を得る得るためにはこの先を探索しなければならない。

 地図には記されていない、未知のエリア。

 瀬分杏は危険を知りながら、木々が生い茂る森へと足を踏み入れた。

 敵の気配はない。

 豚鬼がいることは予想できるが、影は見られない。

 森へと入ってそれなりに進んだところで彼女の警戒心が反応を見せた。

 何か音が聞こえる。

 低く野太い下卑た声と、か細い女の声。

 (まさか……)
 
 あの時、幸隆が言っていた言葉が思い出された。

 さらに進みその声は次第に明瞭になっていく。

 樹の後ろに隠れてその声のする方を覗き込む。

 (!?……あり得ないっ)

 それはあの馬鹿が言っていた通りの状態だった。

 豚鬼の背中越しに女性が抱えられながら揺れているのが分かる。

 その動きを連動するように女性は甘い声を上げ続けている。

 杏はその光景に、胸が締め付けられるような感覚を覚えて、歯を食い縛った。

 女性が魔物の慰み者にされている現実に、同じ女としての怒りが湧いてくる。

 冷静に考えれば、ここは無視をして先に進み、原因究明のためにこの辺りの探索を続けるのが賢明だ。

 どうにか怒りを抑えようと息を深く吸い込んだ。

 ここから離れようとした時、オークのひと際大きな鳴き声と、女性の嬌声が耳を劈いた。

 風が吹いた。

 豚鬼のほうから吹いてくる風は、濁ったような臭いを乗せていた。

 後ろに広がるであろう、見ずとも分かる光景と、鼻の奥にこびりついてしまいそうな嫌な臭いに、彼女の我慢は限界を迎える。

 即座に振り返る彼女の目は射殺すように鋭い。

 その目を豚鬼に向けた時には既に弓を構え終えていた。

 きりきりと弦が鳴る。

 歯を食い縛るその二つの音は幸いにも行為後の脱力した豚の耳には届かなかった。

 (死ね)

 怒りを乗せた強襲。

 中級探索者の矢は、新人を卒業して間もない探索者のそれとは一線を画し、豚鬼の後頭部へと深々と突き刺さった。

 「ぶもぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおっっ!!」

 脳天を貫かれてなお、豚鬼は息絶えない。

 「硬すぎる!」

 その手ごたえの無さは思わず驚きとなって声に出して知った。

 豚鬼は当然、彼女の方へと、鼻息を荒くして怒りに満ちた形相を向ける。

 振り返る途中、その奥で、俯きに倒れる女性の姿が見えた。

 全身を豚鬼のそれで汚した彼女の顔は、涙に濡れていた。

 杏の胸中に灯る怒りの炎が一層強くなった。

 先手は取った。

 致命傷も与えた。

 戦況は杏に大きく傾いている。

 彼女は小剣を抜いて豚鬼へと駆けた。

 怒りに任せた豚鬼の大ぶりの腕を掻い潜り、剣で豚鬼の喉を撫でる、

 通常の豚鬼よりも確実に硬い表皮に浅い傷をつけるのみに終わる。

 その程度の傷を物ともしない豚鬼は続けて腕を振り下ろす。

 攻撃の威力も敏捷性も普通の豚鬼とそう大差はない。

 しかしその生命力は異常だった。

 明らかに六階層の範囲のレベルを超えている。

 彼らが苦戦をしていた理由が分かる。

 数に加えて、この頑丈さではいつまで経っても数の暴力を覆すことは出来なかっただろう。

 時間稼ぎと逃げることに注力して正解だった。

 しかし一対一ならば、中級探索者たる彼女に分があった。

 矢が刺さったまま傷が塞がっていく豚鬼。

 回復能力まで向上しているときた。

 しかし失った血は戻らないのか、動きは明らかに鈍重となっている。

 息を荒げて肩を上下させる豚鬼の様子は見るからに苦しそうだ。

 隙は大きい。

 豚鬼の背後に回ることに成功した杏は、豚鬼の腰に足を掛け、跳躍。

 首を目掛けて小剣を突き刺した。

 「ぶっ、もおおおぉぉぉ……」

 ずしん、とその巨体が地に崩れ落ちた。

 いつもなら、最初の首への一振りで勝負は決していた。

 この先は組織だった豚鬼の群れに出くわすことは間違いない。

 戦闘は厳禁だと、彼女は己に言い聞かせた。

 杏は倒れる女性の元へと駆け寄った。

 倒れる彼女を抱き起こす。

 手袋に、その汚い白濁液が付くが気にしない。

 それよりも彼女の体と精神の状態が心配だった。

 「もう大丈夫だから、貴女を傷つける悪漢はもういないから」

 杏は彼女が安心できるように優しく声をかける。

 その声に反応するように、視線が杏のものと重なった。

 重い口が開かれる。

 「どう……して」

 彼女の言葉に耳を傾ける。

 「どう、して助けたの」

 「それは……貴女が襲われていたから」

 彼女の恨みが籠ったかのような言葉に杏は困惑した。

 まさか助けてこんな目を向けられるとは思っていなかったからだ。

 「うぅ……ごほっっ、ごほっっ」

 女性の大きな咳には血が混ざりこんでいる。

 内臓を損傷している証拠だ。

 (使うしかない……!)

 ゆっくりと彼女を寝かせた杏は痣の酷い腹部へと手を翳す。

 「【中回復ミドルヒーリング】」

 一日に使用回数制限を決められた、職業を無視したスキル。

 それは彼女が誰にも話していない、かつての仲間だけが知る彼女だけの力。

 彼らが遺してくれた彼女への呪いだった。

 しかし、手応えは感じられない。

 この女性はもう、手遅れだった。

 「忘れられてたのに……、あいつに抱かれている間だけは……この痛みも、惨めさも……忘れることができたのに」

 静かな声で、虚ろな瞳で。

 しかし、その内にある、どろりとしたような憎悪。

 それが今、彼女へと向けられている。

 その顔に、過去が過る。

 「助けるから!絶対助けるから!」

 ───【中回復ミドルヒーリング
 
 続け様に枚数の限られるカードを切る。

 これが焼石に水だとは杏にだって理解できていた。

 無駄に切り札を切る愚行だということも。

 しかしそんな冷静な思考など、女性から向けられる濁った言葉と、過去の記憶によって脳の端っこにまで追いやられてしまっていた。

 無駄だとは頭の隅で理解しながらも彼女は救命を諦められない。

 例え、理不尽な憎しみを向けられようと、彼女はそれを見過ごせない。

 歯を食いしばり、必死に治療にかかる杏に、女性の瞳がゆっくりと和らいでいく。

 「あと……っ一回……【ミドル───」

 最後のスキルを使おうとした杏の手を女性の手が掴む。

 女性の顔を見る杏。

 そこには先ほどよりも穏やかな顔をした女性が、ゆっくりと頭を振る姿があった。

 「ごめんなさい……ありが、と……」

 その言葉を最期にその女性の瞳から光が消えた。

 俯き、感傷を堪える杏。

 徐に女性の顔に手を当てて、ゆっくりと撫でるようにして下ろしていく。

 眠るように静かになった彼女を杏は樹の陰に隠し、匂い消しを振りかける。

 「必ず連れて帰るから」

 彼女はそう言って奥へと進んでいった。
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