マグダレナの姉妹達

田中 乃那加

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10.

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 白い吐息が夜に溶ける。
 は一人、住宅街を彷徨った。
 
 彼は何かを探すように辺りを見渡して歩く。
 古びた作業服の上に大きく黒いコートを引っ掛けて、手には大きなスコップを下げて。

 男はわずかにを引いていた。
 まるで最近痛めたかのような歩き方である。
 しかしその足取りは迷いなく、全て使命を一身に背負ったような。
 そんな覚悟と気迫に溢れていた。

「悔い……改め……て、福音……を、信じ、よ」

 男の唇から零れ落ちる言葉は、聖書の一節だろう。
 しかし何故か、まるで呪詛を呟いているようだ。

 深夜の住宅街。アスファルトをスコップが引っ掻く音と、ぼそぼそとした男の声。
 それはやはり異様な後継である。

 しかし寝静まり、灯りの落ちた家々は男を見守る事すらなかった。
 月すら、覆い被さる分厚い雲にすっかり隠れてしまったのだから。
 ただ等間隔に立てられた街灯だけが、不安げな光をもってそれを照らしているだけである。

 ……公園。
 鬱蒼と木々の茂るその小さな森は、男のであった。
 男にとってははるか昔、まだ森が森でなかった頃。
 幼い娘との約束の地である。

「嗚呼、可哀想な娘……」

 男は呻く。

「罪深い女め……」

 ―――遠くでサイレンの音が響いた。
 
 
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