マグダレナの姉妹達

田中 乃那加

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16.対峙

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 欝然たる草木をわけたその広場に、2つの影が向かい合って佇んでいた。
 それは少年と少女。共に不敵な笑みを浮かべている。

「今日はじゃないんだねぇ」

 最初に口を開いたのは小柄な少女。
 口角を片方上げての揶揄するような口調に、少年は不快そうに顔を顰めた。

「だからそれ言うなって。黒歴史だから」
「あははっ、照れなくていいのに」

 二人の距離はほんの2メートルもない。
 睨み合うというより見つめ合うような視線の交わし方で舞子が一歩、六兎に近づいた。

「ねぇ六兎君。アタシをこんな所に呼び出したのはなんで? まさか愛の告白しようってんじゃあないよね」
「ふん、それは分かんないぜ。億が一、僕は君に惚れているかもしれない」
「ははっ、それは光栄だ。でもアタシは男の子には興味ないからなぁ……あ。女装姿ならかも」

 ニヤニヤと笑って発する下ネタに、思い切り嫌な顔をする彼。
 さらに笑みを深めた舞子はまた一歩近づく。

「おにーさん、初心すぎでしょ。まさか処女?」
「……当たり前だろ」
「へぇ! てっきり」
「なんだよ」

 今度は本当に意外そうに大きな目を少し見開いた。でもすぐに表情を変えて。

「ま、いいや。……キミさ。全て分かったって顔してるね」
「そうかい? まぁ大筋は理解したさ。君の叔母さんである兎美 真里亜うさみ まりあさんについて……そして君自身の事も少し調べてみたんだよ」
「ふーん。聞こうか」

 微笑む彼女に、今度は六兎が歩み寄った。
 
「真里亜さんの両親、つまり君の祖父母は彼女が生まれる少し前に離婚しているね。原因は……表向きにされてないが、祖父である龍之介りゅうのすけ氏が傷害罪で逮捕された事によるものだ。そして驚くべきことに、彼はまだ生きていて……この釣姫町にいる」
「……」

 スッと舞子の顔から表情が消える。能面のような顔になり、何故か後ろに組んだ腕をわずかに動かす。

「聖女女学校の用務員……あれが君のお祖父さんで真里亜さんの父親だ。それを君は知っていたんじゃあないか?」

 六兎の問いかけに、彼女は小首を傾げ肩を竦めた。小さく鼻で笑うと『それで?』と返す。

「……話を少し変えようか。君がこの町に引越してきたのは一年ほど前だ。それから程なくしてから、この町の犯罪件数が異様に伸びているのは知ってるかい?」
「まぁ。物騒な世の中だもんねぇ」

 ジャリ。と六兎の靴裏が音を立てて、また歩み寄った。

「とぼけるなよ。君がいた前の町で起こった事件。あれもかなり興味深いよなァ」

 目の前の少女について。それが目下、六兎の興味を掻き立てる事柄であった。

 兎美 舞子。一見すれば、多少を持ちつつもごく平凡な女子中学生に見えなくもない。
 しかしその小さな頭の中には、とても高い知能を有していた。
 読んだ本の知識は瞬く間に自身のモノにし、その記憶の蓄積は実に赤ん坊の頃から詳細にあるのだから驚くべきだ。

 そして加えて彼女が持ち合わせたである。
 これによって、彼女は幼いうちから『人生の狡猾な楽しみ方』を模索し、『感情』そのものを弄ぶ遊びを思いついたのだ。
 
 ―――さながら六兎とは逆である。
 犯罪を解く方と、人を唆し犯罪を。しかもそのやり口は巧妙で、人の無意識を操るものだから。ほとんどの人間はその事件の裏に一人の女子中学生が関わっているなどど夢にも思わないであろう。

「……何が言いたいのかな? 素人探偵さん」
「ふん。さながら犯罪界のナポレオン、または悪のコンサルタントでも目指しているのかな? ……この町で起こった事件の多くに君の影がチラついているんだよ」

 六兎の滔々と紡がれる言葉と、縮む二人の距離。
 足に絡みつくような長い雑草を踏みにじる音が小さく響く。
 それは一体どちらのものであっただろう。時刻は既に深夜と呼べるものである。
 月の光さえ届かぬこの地は、彼らの影すら作ることが出来ない。
 
「こりゃ参ったねぇ。なかなか評判通り。本当にキミが男で良かった。そうでなけりゃ」

 大きく足を踏み出した舞子は、一瞬で肉体が触れ合う程の距離詰めた。
 そして大きな目をほんの少し細めて言う。

「……とっくに殺してたよ」
「ついに本性見せたな」

 動揺しない六兎に彼女は少し鼻白んだ視線を向けたが、微かに息を吐くだけにとどめた。

「人を殺人鬼みたいに言わないでよぉ。アタシはあくまで『感情』を研究しているだけだから。キミだって
「……」
「そうだ。キミとアタシ、お友達になろう。アタシ達なら、もっとたくさんの出来ると思うよ」

 彼女の指先が六兎の胸を軽く突く。そこから僅かな力で滑るようになぞり上げて唇へ。
 見上げたその大きな瞳には、中学生とは思えぬゾッとするような冷たさが人好きする笑顔の中に混在していた。

「勘違いしないでくれ。僕はあくまで好奇心を満たす為にこんな事しているだけだ。正義感もなければ、君のように肥大した自己顕示欲や他人を弄ぶ事そのものを目的にしているわけじゃない……ただ君に感謝している。僕の好奇心を満たすを作ってくれていたわけだしね」

 自らの身体に触れる彼女の華奢な手を払って、彼は表情を歪ませる。

「でも同時に癪にも触るんだよなァ……僕は君が嫌いみたいだから」
「ほら。結局『感情』なんだよねぇ」

 舞子は思案するように呟くと、半歩だけ下がった。

「アタシ、ますます君のこと気に入っちゃったなぁ」
「やめろよな。そういう事はあのゴリラにでも言ってやれよ……まぁ」

(譲治は渡さないけど)

 彼は無意識で独りごちて、ふと自分があの幼馴染に対して強い執着心を抱いていた事を知って驚いた。

「そうだ、その顔だよ。今度はキミの『お友達』を取り上げてみようかな」
「……」

 一瞬で表情を変えて、唇を噛む六兎を面白そうに眺める舞子。
 そんな彼に分からぬよう、さりげなく後ろ手で何かを探る。

「いい表情かおだ」

 そしてをしっかりと握り直した瞬間―――。

「!?」

 突然、獣が叫ぶような声と共に何かが勢いよくこちらに走ってくる足音がする。
 わずかに歪んだ足音をさせたそれは、転がり出るような足取りで公園内に飛び込んできた一人の男であった。

(あれは、屋島 龍之介)

 紛れもない。この初老の男こそが兎美 真里亜の父親であり、舞子の祖父である。
 彼は婿養子として結婚した為、離婚した後は苗字が変わったようだ。

「あらあら」
 
 野獣のような低い唸り声を上げる、黒ずくめの男。
 背中を丸め、手には重く赤錆びたのスコップを振り上げていた。

「ま、ま、まりあ、の、の、の、そば、から、はな、れろ」

 掠れどもった声は間違いなく人語を話しており、黄色く濁った瞳は焦点が定まっていない。

「真里亜の傍から……なるほど」
「面白い」

 六兎と舞子、二人は同時に頷いた。

「お爺様。って言っても覚えてないだろうけど。真里亜さんは10年前に亡くなっていてここ、だったんですねぇ。アタシ、ずっと探してたんですよ」

 そうボロ雑巾のような身なりの男に語りかける彼女の目は爛々と輝いていた。
 今まさに、男の表情が秘密を知られたという絶望と警戒心に燃え上がったのを目の当たりにしたからである。
 
「でも、どうしてこんな公園に」

 ……死体を埋めたのか、とは口にしなかった。
 そしてその回答を口にしたのは、このくたびれた男ではなかったのである。

「それは私が答えましょう。この

 草を踏む靴の音と、スラリと伸びた人影。
 その人物は言葉と裏腹に、どこか悲しげに息をついた。

 
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