マグダレナの姉妹達

田中 乃那加

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17.聖女の墓守

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 黒く長いコート。まさにシスターの黒服か、喪服のようである。
 手には小さな花束を持ち、黒い靴で草の伸び放題の地面を踏みしめて歩く。
 普段きっちりとひっつめで結い上げられている髪が、ゆるく肩の辺りで揺れていた。

「子門先生、イメチェンですか。そっちの方が素敵ですよぉ」

 軽い調子で揶揄する舞子の言葉には何も言わず肩を竦めて、すぐさまそのどこか気だるげな視線を六兎に注ぐ。

「子供たちはもうとっくに寝る時間だわね」
「……いい大人が墓参りする時間でもありませんけどね」

 彼の切り返しに、子門 響子しもん きょうこは小さく舌打ちすると口元で少し笑った。
 そして未だ息荒く唸り声を上げる男を一瞥する。

「彼は確かに兎美 真里亜の父親です。彼女が10年前に亡くなった時から、この男が墓守をしてきました……ここに真里亜さんは眠っているのです」


■□▪▫■□▫▪■□


 ―――最初はほんの小さな違和感だった、と子門は語った。
 
「……女学校ですもの、そんなに珍しい事じゃありません」

 女子生徒同士の淡い恋心から、男女のそれと変わらないくらいの劣情まで。
 彼女達は、女の園であるこの小さな世界で愛と性の時間を生きる。

「思えば二人は……いいえ、真里亜さんの方がいっそう愛情を寄せていたように見えましたが。常に寄り添い手を繋ぎ、時に肩を抱き合う姿も見られました。私達教師は『不純交友』は禁じておりましたが、彼女達の仲睦まじい様子には何も言うことがありませんでした。私達は分かっていたのです。これは一過性のものだと」

 例としてあげるには適切かどうか分からないが、女子刑務所等でも同じ事例が散見できるのだという。
 閉鎖された世界の中で、人が求めるのが肌の触れ合いや心の寄り添い。それがどれだけ瞞しめいたものであっても、その時はそれが真実の愛なのである。
 特に、彼女達は思春期という多感な時期。目の前の性愛が清らかで美しく映るのは仕方のないことだろう。

 しかしそれもあくまで環境が効かせたスパイスによるものだ。
 その大半は男女入り乱れる社会に放り込まれれば、あっさりと覆されてしまう。
 彼女達の多くは夢から覚めるように異性と恋に落ち、過去の麗しい思い出としてひっそりとその愛情を眠らせて蓋をしてしまうのだ。

「しかし真里亜さんはそうではなかった」

 月の見えぬ空を仰ぎ、彼女は言った。

「華村 百合さんは、ある日突然自主退学をしました。理由は……プライベートな事なのでやめておきましょう。とにかく彼女が学校を去った後、真里亜さんはな様子が見られました」

 愛する者を突然失った形の彼女の心情やいかに。
 百合が、退学したのは入学して半年後。その時には既にある種の依存状態にあった。
 
「退学と同時に、百合さんは彼女に別れを告げたようです。……そう。遺書には綴られていました」
「遺書!」

 六兎が声を上げた。
 しかしこの女教師は軽くかぶりを振って。

「もちろん燃やしました。これはと共に隠滅されるべき秘密ですもの」

(ああ、なるほど)

 彼は納得する。
 自殺を禁じる宗教は多いが、その一つがキリスト教だ。
 
「真里亜さんのご家庭は……舞子さんはご存知でしょうけど。熱心なクリスチャンです。尚のこと、彼女の死を明らかにする訳にはいかなかった。そして……」

 子門はゆっくり歩み出すと、公園の隅に手にした花束を置く。
 すると龍之介氏は一際高い呻き声を上げて、その地面に這い蹲った。
 何度も泣き声のような咆哮のような声を上げて、土や草に接吻を繰り返す。
 
 それはまさに愛しい娘を失って、絶望の淵をさ迷う年老いた父親そのものであった。
 それを相変わらず面白そうに眺めるのは舞子で、何かを考え込むように黙る六兎。

「彼は墓守。いつしか妙な噂が出て、人の出入りが増えたこの場所で、不埒な連中から彼女を守っているのです」
「ふふっ」

 こっそり笑う舞子に、六兎は顔を顰めつつ何も言わなかった。
 
(やはりこの女、全てを想定した上であの噂を流してやがったか)

 つまりこうである。
 舞子は自身の叔母が、この公園のどこかへ埋められていることに勘づいた。

 さらに全ての事情を知っていると思われる龍之介氏や子門教頭、そして殺された聖校長も。彼らを炙り出し、あわよくば『墓守の役目』に異様な執着を持った龍之介氏が、噂を聞きつけて面白半分でやってきたカップルを襲撃する様を見たいと言う、目的もあったわけだ。

 その動機が全て、他人の感情を弄ぶ為のモノだというからサイコパスじみている。

「なるほど。これで分かった。聖校長を殺したのは」
「あの、お、女、は。真里亜をどこかへ移そうとしやがった! オレの! 真里亜を! どこかへ! 墓を暴こうと! ……だからっ、だから……」

 男の脳裏にはきっとその時の場面が繰り広げられているのだろう。
 ぶるぶると震えた手で、白髪混じりのボサボサ頭を掻き毟って息を荒らげている。
 その顔色は薄暗闇の中でも判るくらいに青ざめ、むしろ土気色に染まっていた。

「ゆ、ゆるさねぇ。真里亜の、あのの墓を荒らす奴はッ、なんびとたりとも……」

 せむしのように丸めていた背中を、ゆらりと伸ばし男は大きく手に持った鉄のスコップを振り上げる。
 その目は黄疸がかかった中にも充血し、大きく見開かれていた。

「悔い改め……て、福音を……信じ……よ……」

 その濁った視線は、六兎と舞子にまっすぐ突きつけられる。
 子門 響子は軽く首を振ると、3歩程後ろへ下がった。あくまで傍観者、一応聖職者なので自らの手を汚す事は避けたのだろう。

「あらま。これ口封じってヤツですかぁ」

 そして、軽口を叩く響子は、その手には銀色の刃物を持っている。

「なんだい君。バトルロイヤルでもしようって言うのか」
 
 同じく軽い口調で揶揄する六兎に微笑みかけた彼女は。

「まさか……殺し合いじゃなくて。死ぬのはキミだけだよ。素人探偵さん」
「あー、なるほど」

(なにか武器でも持ってくれば良かったなぁ)

 と彼は今更ながら思った。
 目の前の謎が解ける瞬間に夢中になって、護身を忘れがちだと普段から譲治に口うるさく言われているのに、だ。

(これで怪我でもしたら、怒られるなァ)

 死んだら、泣くかな……とも彼は思う。
 ジリジリと距離を詰めていく二人を呑気して眺めながらである。

「安心して。ちゃんと後でキミの指紋付けとくから」
「何を安心しろっていうんだ」

(だいたいこの女教師が目撃者だろう)

 と一瞬思ったが。
 
(ああ、彼女もまた兎美 舞子のというワケか)

 合点がいったと同時に、事態の逼迫感が増しただけだった。
 間合いを定めて一気に仕掛けようとする、獣じみた龍之介氏の動きとニヤニヤとナイフを手袋をした手で弄ぶ舞子と。
 後ろ向きで、ゆっくりと公園を後にしようとする子門と……。

「キャァァァァッ!」

 公園内に悲鳴が響き渡る。
 今しも立ち去ろうとする子門を羽交い締めした長身の人影。

「お。桃ちゃん!」

 嬉しそうに声を上げる舞子に、ギリギリと女教頭を締め上げながら歩み寄っていく鬼神 桃香きしん ももかの姿があった。

「う゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ッ!」

 男が獣の咆哮をあげて六兎めがけてスコップを振り上げる。

「!!」
 
 寸でのところで後ろに飛び退き躱したが、男はさらに虫の羽音のような音をさせて重々しいそれを振り回す。

「っ……痛……」

 どうやら腕や頬を掠ったらしい。チリ、とした痛みとさらに距離を確実に詰めていく男の足取り。
 相変わらず舞子は何を考えているのか分からない笑みを浮かべて見つめている。

(あくまで龍之介氏に僕を殺らせるつもりかよ)

 とことん自分の手を汚さない女である。
 そんな彼女を忌々しく思いながらも、ようやく死の危険を身近に感じ……ほくそ笑む。

(これが恐怖かァ)

 ゾクゾクと身を震わせながらも、今回はあいつ譲治がいないな。とも思った。

「……さよなら、六兎君」

 とどめくらいはさしてあげてもいいよ? とのたまう彼女の言葉を合図にするかのように、男は再び叫びながら六兎の方へまっすぐ走り込んで―――。



 ……譲治は飛び込んだ。そりゃもう全速力で。
 飛び込んで、自らの身が擦りむこうが汚れようが。男の重い鉄のスコップなんかどうでも良い様子で彼に思い切りタックルをかました。

 さながらラグビーかアメフトか。
 男を押し倒すと言うより吹っ飛ばした譲治は、始終無言で今度はマウントを取って殴り始めた。

「譲治!?」

 さすがに狼狽えた六兎の声も無視だ。
 彼はひたすら許さなかったのである。

(俺の、六兎を二度も襲いやがった)

 今夜だって嫌な予感がしたから、彼はこっそりとあの公園に向かったのだ。
 前日に何やら幼馴染の様子がおかしかったのと、単なる長年振り回されていた者の勘である。

(どうしてこいつはっ! 目ぇ離すとすぐに死にそうになっちまうんだよッ、このイカレ野郎め!)

 それでも好きだ。と付け加えながら。夢中で拳を振るい続ける。 

「譲治っ、こら……死んじまうだろ、おいッ!」
「まだだァァッ! こいつ許さんンンンっ!死んでも許さんぞぉぉぉッ」
「テンション上げんなっ、この馬鹿が!」

 必死で引き離そうとする六兎に、怒りで我を忘れた暴走ゴリラ状態の譲治……そしてそれを見て耐えきれず吹き出した後に、笑い転げる舞子。

「やれやれ」

 小さく呟いて、桃香は締め上げ過ぎで意識を失った子門 響子を地面に降ろした。


 
 
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