マグダレナの姉妹達

田中 乃那加

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18.マグダレナの妹

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 女がカプチーノを飲むのは、皆が一度は耳にした事のある有名な曲のジャズアレンジが流れる喫茶店だ。
 雰囲気も良く、どこかクラシカルな店構えが彼女のお気に入りだった。

「通り魔、捕まえてくれたのね」

 カップを置いてからの言葉に、六兎は頷く。
 
 そして彼女に事件のあらましを聞かせ、華村 華はなむら はなも時折カップを口に付けながらそれに聞き入っている。

「そう。兎美 真里亜さんが姉の言う『マリア』、だったのね」
「その事なんですが。あの男が言うには『華村 百合も彼女の墓を暴こうとしたから襲った』と。しかし少しだけ腑に落ちない」
「……何が?」

 カチャ、と微かな音を立てて彼女の持ったカップがソーサーに置かれた。
 六兎はその所作の美しさに目を奪われることなく、ほんの少し細められた瞳を見つめ口を開く。

「あの学校の教頭先生がね、10年前のことを全て覚えていました。もちろん。あの公園に真里亜さんを遺棄するよう、父親に提案したのも。そしてその理由も」

 六兎はふと思い出していた。
 男が涙ながらに語った言葉を。

『ここは、昔はとても綺麗な公園だった。小さかった真里亜はよくここで遊びたがって。自転車の練習だってしたんだ。本当に小さくて可愛い、優しい子だった』

 濁りきった瞳に唯一、光を帯びた瞬間であった。
 六兎は共感はできなかったが、つまらなさそうにその話を聞く舞子の表情がやけに印象的で覚えている。
 彼は小さく息を吐いて、言葉を紡いだ。

「父親は百合さんを憎んではいなかった、むしろ二人で真里亜さんの墓参りをしていたらしいとその教頭先生は言ってました」
 「……」
「ねぇ華さん。本当の事を教えてくれませんか。お姉さんを手にかけようとしたのは……貴女ですね? 断っておきますが、僕は真実を知ることしか興味はない。貴女を告発するつもりもないし、実際その証拠と言える確たるものはないんですよ」

 六兎の真剣な眼差しに、華は少し目を伏せる。
 膝に置かれた、綺麗に手入れされた指を見つめて数秒。

「……いいわ、告白する。少しだけ昔話も交えて」

 彼女の言葉に六兎は頷き、目の前のとうに冷めた珈琲を口に含んで飲み下した。



 華村 華はなむら はなの初恋は、とても歪んだものだった。
 なぜならそれが血を分けた姉に向けられていたからだ。
 どうして歪んだのか。歪んだからそうなったのか。卵が先か鶏が先かの論争のように曖昧である。

 しかし確かなのは10年前、当時小学生だった彼女は有名私立である聖女女学校へ入学した姉を誇らしく思っていたこと。
 そして夏になる前には、姉がある女性を『親友』と呼び家に連れてきたこと。
 そして彼女は見て知ってしまった。それが

 ―――小さく開いたドアの隙間。
 白く華奢な腕が二組。蛇のように絡み合い、紅く色付いた唇同士が重なり合う。 
 小さな水音はしたかしなかったか。それを聞く前に、少女はその場を走り去った。
 
『嘘だ、嘘だ』と呟き、頬に涙を幾筋も流しながら。

 少女の愛情はさらに歪み、捻れ。嫉妬の情へと転がり落ちていく。
 母親に姉と秘密の恋人について告げ口をし、学校をも巻き込んで事は大きくなってしまう。
 特に、敬虔なクリスチャンの家の娘であった兎美家では大騒動になったとか。
 結局、百合の方が自主退学する事と二人の関係を断ち切ることでこの修羅場に決着がついたのである。

「でも姉とは完全に終わってはいなかったわ」

 夜毎、秘密裏に手紙をやり取りしてその秘められた愛を深めていく少女達。
 手引きをしのは真里亜の父親であろう。

「あの日ね。姉に届いた手紙を破り捨てたの。姉が読む前に」

 感情の籠らない声で華が言った。

「そこには『一緒に死のう』って。心中するつもりだったのよ、あの女」

 まるで天気の話をするかのような顔である。
 しかしテーブルの下で握りこまれた拳は固く、ぶるぶると小刻みに震えていた。

「姉さんは、二度もあたしを裏切ったの。でもあたしは何も言わなかったわ……そう、

 手紙の返事も来ず。百合が書いた手紙すら妹である彼女が処分して、当時連絡手段の乏しい少女達の繋がりはあっさりと途絶えてしまったのだ。

「とどめに、あたしが手紙を書いたのよ。お姉ちゃんの字を真似するのは得意だったから……そう。ちゃんとお別れの手紙を書いてあげたわ。これで全て終わらせたかった」

 そう言うと彼女はカップを持ち上げる。
 そこに何も入って居ないのを見て、黙ってそれを置き傍らのお冷を飲んだ。

「きっと真里亜さんが亡くなったのは、あたしのせいね……でも後悔も反省もしてないわ。分かるでしょう?」

 六兎はその問いかけには黙っていた。
 今ここで共感しようが否定しようが、何も変わらないのは分かっていたからである。

「でもね。。あの時、身体中の毛が逆立つ想いだったわ」

 ある夜。初老の男と共に歩く姉を尾行する。
 そんな彼女の目の前で広がった光景―――。

「惨めにも地面に這いつくばって、花束を投げ出し泣きながらキスをしたのよ? の墓に!」

 運命とは悲しくも奇妙なものである。
 百合の務める病院で偶然再会したのが、かつて愛した人の父親だった。
 最初は激昂し口汚く罵った彼だったが。彼女と話をするにつれて和解し、一緒に亡き少女の墓参りをする事を約束したのである。

「お姉ちゃんはまだ、あの女を忘れていなかった。あたし達家族に約束したのに。これが裏切りでないと誰が言えて? 今度は身体中の血液が沸騰したかと思ったわ」

 静かな語り口調は、店内のBGMに消える。
 六兎は彼女の愛憎まみれの独白を、ただひたすら静かに聞き入っていた。
 彼の頭の中にはひとつの事しかなかったのだ。

(これで終わり)

 彼はおもむろに立ち上がる。

「分かりました。ありがとう、もう結構」
「あたしを……責めないの?」

 穏やかであった瞳に暗い光を宿した彼女に、彼はゆっくりと視線を合わせて言った。

「僕にはその権利はないよ。それに言ったでしょう。。これで答え合わせも終わったことだし。貴女も用は済んだでしょう」
「……」

 華村 華は姉を手にかけたにも関わらず、六兎にをもちかけた。
 それは果たしてどんな心理だったのか。

(おおよそ、あの真里亜の父親を捕まえて欲しいだとか。墓を暴いて欲しいとか、あとは……自らの罪をも暴いて欲しいとか。ま、ここら辺の『感情』は正直興味薄いけど)

 兎美 舞子ならヨダレものだろうな、と一瞬頭を過ぎって密かに苦笑いする。

 そしてできるだけ優しく微笑み、肩を竦めえ伝票を掴んだ。

「じゃあ、さようなら」
「あたしが……」
「良いんです。ほら僕、でしょ?」

 そう言って彼はさっさと支払いを済ませて、店を出ていった。
 残された華が小さく。

「六道、先生……」

 という呟きも控えめなBGMに溶けた。

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