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人は成長するといいますが2
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「笑い事じゃないよ、まったく」
目の前で腹抱えてる親友を軽く睨めつける。
駅近くのチェーンの居酒屋は週末ってこともあって適度に混んでる。
「あははっ! でもその場を想像するだけで地獄だわ」
「そりゃもうね」
ほんとやめて欲しい。いや、好いてくれるのは嬉しいよ? でもあの場はまずいってば。
「それにしても最近の子はマセてるねー。男の子でしょ? 将来が楽しみじゃん」
「早熟な子は確かにいるけど」
大きなため息をつきながらソフトドリンクのグラスをもつ。
明日休みってことで、久しぶりに香乃を食事に誘った。お互い近況やら仕事の愚痴やら、話は弾むわけだけど。
「そういえばエリカさん元気してる?」
香乃が卒業と同時に二人は同棲を始めたんだよね。
聞けば聞くほど惚気しか出てこないこのカップル。実は少し羨ましい反面、微笑ましいのも確かで。
「元気だよ。相変わらずだらしなくてアタシに怒られてるけどね」
エリカさんは誰でも知ってる有名企業に就職して、日々忙しくしてるみたい。それでも二人で楽しくやってるんだから順調なんだろうな。
意外なことにエリカさんの生活力が半端なく低くて、一人暮らし時代は香乃も引くほどの汚部屋だったらしい。
「使ったコップをあっちこっちに置くんだよね。あと脱ぎ散らかしたストッキングがしょっちゅうソファの隙間から出てくるんだもん」
「へぇ」
人は見かけに寄らないな。スーツ姿のエリカさんも見たことあるけど格好良い出来る人って感じだった。それを言うと。
「あれだってちゃんとワイシャツにアイロンかけてるのアタシだからね。うっかりするとスーツも放置してシワだらけにするんだから」
なんて。口では怒ってるけど、その表情は嬉しそうでもあったりする。
「暁歩はないの」
「なにが」
「もちろん恋愛の話」
「恋愛ねぇ」
縁と余裕がないというのが正直なところで、それに悩んでる訳でもないからなあ。
「僕はしばらくいいかな」
「またそんな事言って」
「仕事が恋人です、なんてね」
仕事柄、出会いがないのも確かだし。先輩方は合コンだったり街コンだったり、マッチングアプリってのも勧められたけどΩにはハードル高すぎる。
「暁歩」
「ん?」
僕はお酒は飲めないからジンジャエールを飲みながら、軟骨の唐揚げを箸でつまむ。
「もしかしてまだ、凪由斗君のこと好きなんでしょ」
「な、なんでそうなるんだよ」
危ない危ない。グラスに唐揚げ落とすところだった。
久しぶりに聞いた名前。一瞬テーブルの上のスマホに視線を走らせる。
「カバンにつけてるキーホルダー」
「あ……」
ダイオウグソクムシのやつ。何となくいつも使ってるカバンにつけて持ち歩いてた。
ちなみに前にゲーセンで取ってもらった91ちゃんのぬいぐるみも自室のベッドで微笑んでいたりする。
「べ、別に未練ありとか。そういうんじゃないから」
「ふーん」
ていうかダイオウグソクムシのこと話したことあったっけ。
そんな頭の隅にあった疑問を押しのけつつ、無駄な弁解を試みる。
「だいたい付き合ってたわけじゃないし、向こうだって僕のこともう忘れちゃったかも」
「そんなわけ――」
「え?」
「いやなんでもない。少なくとも暁歩は忘れてないし、今でも引きずってるんだよね」
「だからそういうんじゃないってば」
これじゃあまるで僕がいつまでも過去の恋愛 (と呼べるのかすら分からないけど)をいつまでも想い続ける女々しい奴みたいじゃないか。
せっかく夢が叶ったんだ。色んなことあったけど周囲に助けられて今の僕がある。
後ろなんて気にしていられないよ。
「暁歩のそういうとこ好きよ、でもね」
香乃はビールジョッキを持ち上げ、グイッと飲み干して大きく息をつく。
僕と違って酒好きで、たくさん飲んでも顔色ひとつ変わらないのがすごい。
「意地っ張りなのは可愛いけど損するよ」
意地、なのかなぁ。単純に覚悟決めただけなんだけど。
「結婚願望とかないの。ほら保育士って出会いないから婚活とか」
「婚活ねぇ」
瑠衣さんから昔、マッチングアプリで婚活してたって聞いたけど。その話を彼が旦那さんの前ですると、すこぶる機嫌が悪くなる。
「くれぐれも変なのに引っかからないようにしなさいよ。アンタ、男見る目ないから」
「え、ひど」
これも瑠衣さんから言われたっけ。今思えば思い切り当たってたんだけど。
まさかあんなことになるとは。
「Ωだって一人で生きていけるからさ」
「またそんな事……」
香乃が少し悲しそうな顔をするけど、実際に思ってることだから仕方ない。
「でも暁歩らしくて好き」
「そりゃどうも」
僕らしい、か。
Ωだからなんだって反発して生きるのは正直、すごく疲れる。女性だらけの世界に生きてるからまだ良い方で、これが一般企業とか男性社会とかだともっと辛い事多いんだろうな。
抑制剤飲んでもヒートは三ヶ月に一度はやってくる。
かなり症状は抑えられたけど、それでも休暇をもらわなきゃいけない。今の職場ではそれを迷惑だと表だって言われないけど、内心じゃ分からないし気にしていられない。
「ま、お互い頑張ろ」
僕の表情を見てか、香乃がニッコリ笑う。
「可愛い暁歩ちゃんには、すぐにいい男紹介してあげよう」
「いいよそんなの」
だから恋愛はもういいんだって。そりゃ生涯独身を決めたわけじゃないけど、それでも今はまだ無理だ。
「大丈夫」
珍しく食い下がってくる。
「暁歩なら気に入るよ、絶対にね」
なんだその自信満々な顔。少し違和感だけど、香乃も酔ってきたのかもしれない。
「あー、はいはい」
期待はしないけどね。
紹介されたとしてもどう断ろうか、なんて考えながら彼女の前にソフトドリンクのメニュー表を突き出した。
目の前で腹抱えてる親友を軽く睨めつける。
駅近くのチェーンの居酒屋は週末ってこともあって適度に混んでる。
「あははっ! でもその場を想像するだけで地獄だわ」
「そりゃもうね」
ほんとやめて欲しい。いや、好いてくれるのは嬉しいよ? でもあの場はまずいってば。
「それにしても最近の子はマセてるねー。男の子でしょ? 将来が楽しみじゃん」
「早熟な子は確かにいるけど」
大きなため息をつきながらソフトドリンクのグラスをもつ。
明日休みってことで、久しぶりに香乃を食事に誘った。お互い近況やら仕事の愚痴やら、話は弾むわけだけど。
「そういえばエリカさん元気してる?」
香乃が卒業と同時に二人は同棲を始めたんだよね。
聞けば聞くほど惚気しか出てこないこのカップル。実は少し羨ましい反面、微笑ましいのも確かで。
「元気だよ。相変わらずだらしなくてアタシに怒られてるけどね」
エリカさんは誰でも知ってる有名企業に就職して、日々忙しくしてるみたい。それでも二人で楽しくやってるんだから順調なんだろうな。
意外なことにエリカさんの生活力が半端なく低くて、一人暮らし時代は香乃も引くほどの汚部屋だったらしい。
「使ったコップをあっちこっちに置くんだよね。あと脱ぎ散らかしたストッキングがしょっちゅうソファの隙間から出てくるんだもん」
「へぇ」
人は見かけに寄らないな。スーツ姿のエリカさんも見たことあるけど格好良い出来る人って感じだった。それを言うと。
「あれだってちゃんとワイシャツにアイロンかけてるのアタシだからね。うっかりするとスーツも放置してシワだらけにするんだから」
なんて。口では怒ってるけど、その表情は嬉しそうでもあったりする。
「暁歩はないの」
「なにが」
「もちろん恋愛の話」
「恋愛ねぇ」
縁と余裕がないというのが正直なところで、それに悩んでる訳でもないからなあ。
「僕はしばらくいいかな」
「またそんな事言って」
「仕事が恋人です、なんてね」
仕事柄、出会いがないのも確かだし。先輩方は合コンだったり街コンだったり、マッチングアプリってのも勧められたけどΩにはハードル高すぎる。
「暁歩」
「ん?」
僕はお酒は飲めないからジンジャエールを飲みながら、軟骨の唐揚げを箸でつまむ。
「もしかしてまだ、凪由斗君のこと好きなんでしょ」
「な、なんでそうなるんだよ」
危ない危ない。グラスに唐揚げ落とすところだった。
久しぶりに聞いた名前。一瞬テーブルの上のスマホに視線を走らせる。
「カバンにつけてるキーホルダー」
「あ……」
ダイオウグソクムシのやつ。何となくいつも使ってるカバンにつけて持ち歩いてた。
ちなみに前にゲーセンで取ってもらった91ちゃんのぬいぐるみも自室のベッドで微笑んでいたりする。
「べ、別に未練ありとか。そういうんじゃないから」
「ふーん」
ていうかダイオウグソクムシのこと話したことあったっけ。
そんな頭の隅にあった疑問を押しのけつつ、無駄な弁解を試みる。
「だいたい付き合ってたわけじゃないし、向こうだって僕のこともう忘れちゃったかも」
「そんなわけ――」
「え?」
「いやなんでもない。少なくとも暁歩は忘れてないし、今でも引きずってるんだよね」
「だからそういうんじゃないってば」
これじゃあまるで僕がいつまでも過去の恋愛 (と呼べるのかすら分からないけど)をいつまでも想い続ける女々しい奴みたいじゃないか。
せっかく夢が叶ったんだ。色んなことあったけど周囲に助けられて今の僕がある。
後ろなんて気にしていられないよ。
「暁歩のそういうとこ好きよ、でもね」
香乃はビールジョッキを持ち上げ、グイッと飲み干して大きく息をつく。
僕と違って酒好きで、たくさん飲んでも顔色ひとつ変わらないのがすごい。
「意地っ張りなのは可愛いけど損するよ」
意地、なのかなぁ。単純に覚悟決めただけなんだけど。
「結婚願望とかないの。ほら保育士って出会いないから婚活とか」
「婚活ねぇ」
瑠衣さんから昔、マッチングアプリで婚活してたって聞いたけど。その話を彼が旦那さんの前ですると、すこぶる機嫌が悪くなる。
「くれぐれも変なのに引っかからないようにしなさいよ。アンタ、男見る目ないから」
「え、ひど」
これも瑠衣さんから言われたっけ。今思えば思い切り当たってたんだけど。
まさかあんなことになるとは。
「Ωだって一人で生きていけるからさ」
「またそんな事……」
香乃が少し悲しそうな顔をするけど、実際に思ってることだから仕方ない。
「でも暁歩らしくて好き」
「そりゃどうも」
僕らしい、か。
Ωだからなんだって反発して生きるのは正直、すごく疲れる。女性だらけの世界に生きてるからまだ良い方で、これが一般企業とか男性社会とかだともっと辛い事多いんだろうな。
抑制剤飲んでもヒートは三ヶ月に一度はやってくる。
かなり症状は抑えられたけど、それでも休暇をもらわなきゃいけない。今の職場ではそれを迷惑だと表だって言われないけど、内心じゃ分からないし気にしていられない。
「ま、お互い頑張ろ」
僕の表情を見てか、香乃がニッコリ笑う。
「可愛い暁歩ちゃんには、すぐにいい男紹介してあげよう」
「いいよそんなの」
だから恋愛はもういいんだって。そりゃ生涯独身を決めたわけじゃないけど、それでも今はまだ無理だ。
「大丈夫」
珍しく食い下がってくる。
「暁歩なら気に入るよ、絶対にね」
なんだその自信満々な顔。少し違和感だけど、香乃も酔ってきたのかもしれない。
「あー、はいはい」
期待はしないけどね。
紹介されたとしてもどう断ろうか、なんて考えながら彼女の前にソフトドリンクのメニュー表を突き出した。
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