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覆面冒険者してたら秒で逮捕されたんだが

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 状態で連行された俺が最初に放りこまれたのは、どうやら牢獄だったようで。

「いってぇ」

 いきなり放り出されたことで、硬く冷たい床に強かに尻と腰を打ち付ける。

「そこでしばらく待っていろ、連続レイプ魔」
「だから違うっつーの!!」

 いや余計に罪状酷くなってるし。当然、強く抗議するも。

「ほざいてろ下衆が」

 甲冑兵士は冷たく言い放ち、他の兵士たちを引き連れて牢を出ていく。俺はというと、いきなりのことに思考が追いつかないのが正直なところで。

「いてて、ちっとは優しくしやがれってんだ」

 マジで痛かったんだぞ。
 腰と尻をさすりたいがそれすらできない状態だ。芋虫みたいに無様に床に転がっているしかできない。
 端っこにある粗末なベッドにすら横になれないなんてな。

「あーあ」

 これならスチルの言うこときいて、大人しくしていれば良かったのか。いや、ダメだな。
 俺にはそれができない。だって冒険者だから。

「冒険者、か」

 俺には親がいない。でもだからってめちゃくちゃ不幸だったわけじゃない。 
 幸福かってきかれても首をかしげるが、でも誰だってそうだろ。己が幸か不幸かななんて、ガキの頃には深く考えないもんだ。
 自分の置かれている環境が全てで、それが世界。俯瞰ふかんで見なければ順応さえしていれば幸せだと言い張れる。

 ある意味バカだったんだな、俺は。
 たしかに親がいない捨て子だけど、村の何でも屋のジジイに拾われて育って。幸せとは違うかもしれないが、それなりに悪くない幼少期だったと思う。

 ――だから、このままあの村で大人になって人生終えると漠然と思っていた。

 あの日、と出会わなければ。

「おいお前」

 床に転がっていた俺の頭の上から声が降ってきて、同時に仁王立ちした足が俺の目の前に現れた。

「起きなさい。取り調べだぞぉ」

 今さっきここに放り込まれたばかりなのに。いぶかしく思って顔をあげれば。

「アルワン! ……とスチルまで!?」

 そこには鉄格子の向こうからニコニコとして手を振る優男の姿が。

「あはは、ビックリした?」
「なんでここに」

 こいつらもしょっぴかれたのかと一瞬だけ不安になるが、どうやらそういうことでもないようだ。だって周りには兵士がおらず、かすかな呻き声と息をひそめるような音以外なにも聞こえないからだ。
 そういえば、ここは

 独房が並んでいるはずで、現に気配こそすれ不気味なほどの静寂に包まれていた。

「とにかくこんな所にいるべきじゃあないよ。少なくとも君はね」
「え?」
「さあ行こう。メイト君」

 彼は快活に笑うが、いまいち意味が分からない。
 だってそうだろう。出るにしても、ここは牢だぞ。見張り人でなければ鍵なんて持っていないはず。っていうか、そもそもこいつらどうやってここに――。

「大丈夫大丈夫」

 俺の疑問を見透かしたかのようにアルワンはうなずいた。

「ほらプレゼント」
「おいおいおいっ、なんでお前が持ってんだよ!」

 ジャララッ、と金属音を立てて見せられたそれは鍵束。番号がふってあることから、牢ごとに鍵が違うのか。
 彼は軽くウィンクをした。

「細かいことは気にしない☆」
「気にするっつーの!」

 まさか見張り人を襲撃でもして奪ってきたのか。

「なんでそんな……」

 そんなことをしてまで、俺を助けるんだ? ついさっきまで見ず知らずの仲だっただろう。
 というか、今でも俺は知らない。きっと相手もそうだ。

「んー」

 間の抜けた声のあと、彼は小さく首を傾げて一言。

「だってボクたち、仲間だよね」
「!」
「仲間は助け合うものだろう。少なくともボクはそうだよ」

 胸の奥が苦しくなり、鼻の奥がツンと痛んだ。
 こんなのずるい。仲間だと思ってた奴らに裏切られた俺にとって、最強の殺し文句だ。
 でもここで泣いたら男がすたる。変な意地で結構、だから自分の頭をガシガシとかいて誤魔化した。

「そうか、そうだな。うん、そうだ」
「メイト君はほんと面白いなあ」

 鍵をさしながら、アルワンは目を細める。
 するとその後ろで苛立ったように。

「おしゃべりなんて後にしなよ。こんなとこ、一秒だっていたくない」

 語尾は小さく震えていたように思えて、俺はスチルを見た。
 こころなしか顔色が悪い気がする。やっぱりこの牢獄が怖いのだろうか。無理もない、ガキにはあまりにも良くない環境だ。

「スチル、大丈夫か」
「あんたに心配されるほどじゃない」

 吐き捨てるようにかけられた言葉にも、俺は心配だった。いくら生意気でもなんでも、こいつは子供なんだ。
 まあ、頼りない大人に言われたくないって憎まれ口叩かれるだろうが。

「すまない。俺は……」
「謝るのも先。っていうか、まずは土下座できる体勢と状況になったらね」
「ぐぬぬ」

 たしかに。ぐるぐる巻きにされて文字通り手も足も出ない状態では何を言っても格好がつかないよな。

 そうこうしていると、錠を開ける金属音と共に錆びた扉がゆっくり開く。

「シャバの空気はどう?」
「どうもこうも。まずは縄を解いてくれ」
「あ、そうだったね」

 笑いながらもナイフで縄を切ってもらい、俺はようやく身体をのばすことができた。

「腕が痛ぇ」
「グチグチ言うな。オッサンのくせに」
「オッサン言うな。クソガキ」

 そんな久しぶりの小競り合いをしつつ、俺たちは牢獄を後にしようとするが。

「貴様ら何をしている」

 鋭い声が反響してひとつの人影がひらりと躍り出る。

「脱獄とは大それたことを、犯罪者め」

 そこにはあの甲冑兵士が剣を手に立っていた。

「どうやって鍵を手に入れた。返答次第ではその場で叩ききってやる」

 すでに叩き切る気まんまんといった様子で剣をかまえる兵士に、たじろぎ足を止める。

「まあまあ、そんな怒らないでよ。彼はなにも悪いことしてないんだから」
「あ、アルワン!?」

 彼が軽く微笑みながら肩をすくめてみせた。死ぬかもしれないっていう事態には思えないほどの呑気さだ。思わず止めようとするも。

「つまり早とちりで思い込みだよ。怖いねえ、冤罪ってこうやってつくられるんだから」

 なおも煽っていくスタイルの彼は命知らずの馬鹿野郎なのか、はたまたなにか秘策があるのか。
 だとしても兵士の身体がぷるぷる震え始めたのは勘違いではないだろうし、なんなら大激怒の前触れだと思う。

「……」
「だいたいね、ちゃんと状況把握する前に物ごと決めつけちゃうのは良くないと思うよー? 冷静に判断出来なきゃ。そうじゃなきゃ兵士なんて務まらないっていうか。そもそもこんな仕事辞めて、もっと人生楽しんだ方がいいよ。わざわざ苦労しに行くなんてさあ、ドMかと思ったよ」
「……」
「ってことで彼は無実だから。ね? さっさとここを開けてよ、ヴィオれ――」
「話はそれだけですか、

 静かに兵士は言い、右手に握っていた剣をそっと腰に戻す。

 え、まさかあの説得が通じた? と驚愕するも次の瞬間。

「おのれには言われたくないわーッ!!!」
「ぶへっ!」

 左手でどこから出てきたのか。超巨大な扇子を引っ掴んで、叫びながらアルワンの脳天目掛けて勢いよく振り下ろした。
 
 空気をきる音と同時にズバンッと音を立てて強かに打ったらしい。衝撃と痛みに声にならぬ声をあげてしゃがみこむ。

「い、痛……ヴィオレッタ……ひど……」
「首をはねなかっただけ感謝して欲しいものだな。兄上」

 甲冑兵士は冷たく言い放つと、ヘルメットをゆっくり脱ぎ始めた。
 
「!」

 こぼれ落ちるように揺れる豊かな髪。少し紅潮しているが元は白い肌に、勝ち気そうなアーモンド型の目は怒りに燃えているんだろう。
 牢の壁に掛けられた粗末なランプの灯りで、その瞳は海のような青色に輝いている。

「女、だったのか……」

 正直少し驚いた。まあたしかに声は高かったが、兵士というのは男の仕事というのが世間一般の常識だ。
 女性冒険者は多くいるけど、兵士や軍人のそれはきいたこともない。
 
「女であったらなにか問題でもあるか」

 怒りの矛先がこっちに向かったらしい。キッとした視線に首をすくめる。

「とにかく勝手なことをされては困る」
「またまた、固いこと言わないでよ。ボクが無実だって言ってるんだよ?」

 相変わらずヘラヘラとしている彼に、彼女の目つきはさらに鋭くなる。

「勘違いしているようだが、私は国王に仕える兵士としての任務を遂行しているだけだ」
「つまりボクの可愛い妹ちゃんとしてここにいる訳じゃないってことかぁ。はは、厳しいな」
「気色悪い言い方をしないで頂きたい」

 始終、彼女は冷たく切り捨てるがアルワンは困ったような笑みを絶やさない。

「ねえ、ヴィオレッタ。お互い腹違いだけど、同じ父親をもつ異母兄妹きょうだいじゃあないか。そのもっと優しくだね」
「その父上である国王陛下のための任務ですが」
「えー?」

 ちょっと待て。この二人の関係は腹違いの兄妹で、さらにその父親ってのが――。

「アルワンっ、お前王子だったのかよ!?」

 驚愕の事実。
 なんとこの優男は国王の血を引いた王子様ってことか。
 
「あーあ、バレちゃった。残念」

 全然残念そうでない様子でうなずいた。

「とは言っても沢山いる妾の子だよ? ヴィオレッタもボクもね。別にそんなに偉いってわけでもないし、むしろ複雑な家庭環境で辟易へきえきしてたんだよねえ」
「兄上、口が過ぎるぞ」
「ヴィオレッタがおかしいんだよ。女兵士なんかになっちゃってさ。子供の頃からほんとカタブツで頑固者だったもんねぇ」
「……もう一度ぶっ叩かれたいか」
「へーへー、めんごめんご」

 また兄妹喧嘩に発展しそうになった時。

「無駄話していて良いのかよ。あんたはこの男に用事があったんだろ」

 ずっと黙っていたスチルの言葉に彼女はハッと顔をあげた。

「馬面男、とその脱獄幇助ほうじょの二人。取り調べだ、連行する」

 そして再び剣をとりだして。

『抵抗したら遠慮なく斬るぞ』

 と脅すように俺の喉元に突きつけた。





 
 
 
 
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