ブラック企業社畜は転生したら残虐非道な領主様

田中 乃那加

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恋人設定二日目 (うしろ)

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 そしてほどなくして二人の姿は多くの人が行き交う街にあった。

「いつみても栄えてるな、ここは」
「そりゃもう世界有数の港町だからね」

 感心した様子のクラウスに対して微笑み返すガルム。
 二人がしているのはいわゆる『お出かけデート』というものらしい。

 互いにほんの少しだけお洒落をして、互いに肩を並べて歩く。立ち並ぶ露店を見ながらあれやこれやと話をしながらの穏やかな時間。

「いい天気で良かった」
「確かにな。気候もいいし、最高の外出日和だ」

 たしかに人は溢れている。しかし様々な人種、身なりの者たちがいるのでかえってこの男二人で仲睦まじくいるのが気にならないくらいだろう。

 ――ある意味多様性というべきか。

 だから何かの拍子で互いの手が触れ合った瞬間もクラウスは特に気にしなかったのだが。

「っ、ご、ごめん!」
「?」

 弾かれたように慌てて距離をとるガルムに首をかしげた。

「別に気にしなくてもいいぞ。男同士なんだし」
「クラウスは本当に分かってない!」

 見れば彼の顔は真っ赤だ。

「僕の初恋をナメてもらっちゃ困るよ」
「お前さ。前世からこういうキャラだっけ」
「それはかっこつけてたの。それとまぁコミュ障というか」

 そのあとボソリと小声で。

「……好き避けしてた」
「は?」

 どうやら好きすぎてどうすればいいかわからず、思わず素っ気ない態度やかえって挙動不審気味となってしまっていたと。

 なんとも青臭いというか初々しいというか。
 これにはクラウスの方まで顔が熱くなってしまう。

「いや最近の若い子ってそういうもんかなぁってオジサンは思ってた」
「ほんと貴方は鈍すぎるよ」
「はは、それは自覚はある」

 なんだかんだ言ってもやはり知り合い。姿形こそ違えど前世の自分を知っている相手となると心許すのも時間がかからないようだ。

 二人はまるで旧友のような様子でぶらぶらと繁華街を探索していた。しかし。

「あっ!」

 やおら通りすがりに長身の女性と肩がぶつかった。
 
「すみません」

 咄嗟に会釈すると頭からスカーフのような布で頭髪をおおった女はニッコリ笑う。そうしてすぐさま颯爽と立ち去っていく。

 ――やれやれ人混みもいっそうひどくなってきたぞ。

 そろそろ少し休憩しないか、とガルムを振り返った時だった。

「クラウス」

 明らかに苛立ちを含んだ声と表情に心臓が跳ねる。
 そしてなにか言う前に、彼は猛然と元きた道を歩き始めたのだ。

 クラウスの手をひいて。

「お、おい!?」
「……」
「どうしたんだよ、いきなり」
「……」
「おいってば!」

 ただ無言で小走りする彼について行くのもやっとだ。
 そうしてまるで人の流れに逆らうように走ること数十秒。

 煌めく大理石で作られた噴水が印象的な街の広場に出ていた。
 そこでようやく立ち止まったガルムはとある後ろ姿に対して声をあげた。

「おいそこの頭巾女!」

 その剣幕に周囲の者たちは振り返ってざわめく。
 クラウスも例外ではなく、彼を止めようとするも。

「君、さっき財布をスっただろう」
「え?」

 そんな彼の言葉に驚き思わず戸惑いの声をあげる。なにか冗談かそれとも誤解かと思ったがどうやらそうではないようで。

「ああ、クラウスは気づかなかったかな。この女、さっき貴方にぶつかった瞬間に財布を抜き盗ったんだよ」
「え? ええ??」

 まったく気づかなかった。しかしこれは窃盗犯、つまりスリの常套手段。
 
 金目のものなんて持っていなかったクラウスは出かける前にガルムから。

『これをどうぞ、絶対に受け取って欲しい』
 
 と手渡された財布は見るからに上質で高価そうなもので、もちろんすぐ辞退したものの彼は肩をすくめた。

『恋人同士の割り勘デートを体験させて』

 なんて言われたらもう突っ返せなかったのだ。

 貴族というのは基本的にあまり現金そのものを触らない。そもそも割り勘という概念があるのかどうか。
 しかしやはりこの二人、前世の記憶持ちの日本人である。

 学生同士のような対等で甘酸っぱいデートがいいと言われたら『まぁそんなものか』と受け入れてしまったのだ。

 そんな財布が盗まれていたなんて。
 たしかに服の中を探るとすっかり消え失せていた。

「あっ!?」
「やっぱりクラウスは気づいてなかったよね。僕はこの女が財布を盗ったのを見たんだ」
「うそだろ……」

 クラウスは彼に言われるまで本当に気付けなかった。
 世間知らずといえばそれまでだが、完全に油断してたのである。

「ふん。出会い頭に盗人呼ばわりなんて。これはこれは失礼な殿方ですわね」

 取り乱すこともなく。むしろ薄ら笑みを浮かべた女の声は低く、しかしゾッとするほど冷たかった。

 しかし対するガルムも動じることはない。

「ちゃんと根拠はあるますよ、マダム――いや君はれっきとした男性だったね。君」
「…………は?」

 ここで思いもかけぬ名前が飛び出してきてクラウスの思考が止まりかける。
 そんなはずはない。彼は今頃あの屋敷で父の代わりに領主の仕事を引き継いでいるはずだ。
 
 しかしそんな彼の考えを打ち砕いたのはスリ女、いや男の不敵な笑みだった。

「この変装には自信があったんだけどなぁ。でもまあいいや」

 するりと脱ぎ捨てたストール。そこには美しい金髪。
 メイクはすぐには落とせないが、しかし表情とその声でクラウスはすぐに理解したのだ。

「よ、ヨハン……?」
「会いたかったですよ。愛しのお父様」

 懐かしさと罪悪感。そして心臓にへばりつくような恐怖を感じながら、彼はゆっくり後ずさった。

 ――うそだ、どうして、なんで。

 こんな形で再会するなんてという困惑も当の本人には関係ない様子で。

「だいたいこんなダサいデザインの財布をお父様に持たせるなんて。冒涜に等しいな」

 そう言ってあっさり取り出した財布を目の前で握り潰してみせた。

 


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