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田中 乃那加

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4.恋の魔法

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 ―――僕は走った。
 家の方向とは別の方向へ。

 こんな顔、母や姉貴に見せられる訳がないから。

「っ、ぐ……ひ、っく……ぅうっ」

 情けない位、涙が止まらない。
 なんで泣いてるのか分からないのに、止まらないんだ。
 あの二人が一緒にいるのを見ちゃったら、なんだか色んなモノが弾けたみたいだ。
 
 なんで、なんでって駄々をこねるようなバカな僕と。
 当たり前だろ、と嘲笑する意地悪な僕。
 そのふたつが取っ組みあって大喧嘩しているみたいに、心の中がバタバタなんだ。

 息も切れて、ようやく立ち止まったのは隣町だった。
 よくここまで走ったなって位の距離。

「……一郎っ!」

 僕を呼ぶ声。振り返れば。

「ね、姉さん」

 そこには汗をかいているものの、全く息切れをしている様子のない姉貴が立っていた。
 運動神経抜群の彼女は、長距離も得意だったな。

 姉貴は大きく息をついて大きめな声で言った。
 
「一郎、帰ろ」

 そして差し出された手を、僕は少し考えてからとった。
 すると姉貴はにこりと綺麗に笑って、歩き出す。

 ―――夕暮れを二人で歩く。
 姉と弟、大学生と高校生が。
 昔もこうやって連れて帰ってもらったっけ。

 ……昔から、優しくて強くて賢くて
 自慢の姉ちゃんだった。

 でもいつからだろう。
 姉貴が褒められると、まるで自分が責められているような気分になったのは。
 決して周りは僕を貶めたりしなかった。むしろ両親は心を砕いてくれていたと思う。

 きっと貶めたり責めたのは自分だ。
 僕が僕自身を、許せなかった。
 なんでも出来て美人の姉貴の隣にいる、平凡な自身の存在を。

「ねぇ。一郎」
「……」
「露核君のこと、好き?」
「……」

 突然問われて、答えに窮する。

 好き、なのかな。
 僕にはよく分からない。でも彼が向けてくれる視線が優しいと、すごく嬉しい。
 嫌われたくないし、呆れられたくない。他の女の子といると少し悲しくて寂しい。
 
 ……姉貴と親しげにしてたら、さらに胸が痛くて泣き出してしまう。
 でもそれって。

「迷うなら、あたしが与えてあげる。その感情に名前を」

 そう言って姉貴は僕の頭を優しく3度撫でて、声を潜めて『恋、よ』と囁いた。

「恋……?」

 ―――まるで魔法にかけられたみたい。

 ストン、その言葉が胸の真ん中に収まった。
 途端、全ての色が今まで以上にサッと鮮やかになる。
 雨上がりの景色のようだ。

「僕、先輩の事が……好き」

 途端、また涙が溢れた。
 何故なら、とてつもなく怖くなったから。

「でも先輩は男だよ、おかしいよ……僕だって、男なのに」
「そうかしら……怖い?」
「……」

 姉貴はいつでも僕のこと、お見通しだ。
 つまらない嘘も、隠し事も昔からこうやって直ぐにバレた。

「一郎」

 とびきり優しい声。
 ほんの少し、握った手に込められた力。
 ……僕を安心させてくれる。

 シスコンだと我ながら思う。
 でも仕方ないじゃないか。彼女はいつでも完璧で、非凡なんだから。

「私、思うのよ」

 くるくるくる、と自らの長い髪の先を弄びながら姉貴は言った。

「一郎は彼が
「……」

 小さく頷く。
 確かに僕はゲイとかじゃないし、本来女の子の方が好きだと思うし、今でも彼氏より彼女が欲しい。
 ……じゃあなんで、先輩を好きになったんだろう。
 あの綺麗な容姿? 大きな体? 低くてかっこいい声? どこか不器用そうな所?

「僕……わかんない」
「そうね。でもそれが正解だわ」
「え?」
「分からなくていいのよ。人は何にでもラベルを貼って、それを分かった気になりたがる。それって、とても楽なことだから……でもね」

 姉貴は、ふっと花が綻んだような綺麗な笑みを浮かべた。
 
「自ら貼ったラベルに振り回されちゃ、良くないわ。ね? 私も、一郎も」

 ……そうなんだろうか。
 でもそう簡単に割り切れない。
 
 深々とため息をついた僕に、姉貴は。
『諦め悪いわねぇ』と声を上げて笑った―――。
 

 ■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□

 次の日、僕は馬鹿みたいに早起きした。そしていつもより早く家を出る。

 町内の外れにある、あの公園の前。
 僕は待った。

「あっ」

 向こうからやはり見慣れた姿が歩いてくる。心做しか覇気がないようだ。

「先輩っ、露核先輩! 」

 僕は少し大きな声で呼ぶ。
 彼は少し間を置いてから、小さく手を挙げた。

「話が、あるんです……この公園、で」

 先輩が小さく頷く。
 大きな体がほんの少し小さく見えた。
 最初に見た、しょぼくれた犬みたい。

 ―――公園はやっぱり薄暗い。長い草が足をチクチクと刺して制服の上からでも痒いくらいだ。
 僕達はベンチに並んで座る。

「あ、あの。先輩。僕、もう先輩と一緒に帰ったり出来ない……かも」
「何故だ」
「何故って……」

『貴方を好きになっちゃったから』って言ったら、この人はどんな顔するだろう。
 美人な女子大生にラブレター渡したら、その弟に告白されたなんて……僕なら困ってしまうだろうな。
 今からそんな想いを、彼にさせてしまう。

 ……ごめんね。露核先輩。

 そう心で呟く。
 でも、伝えたい。
 一晩嫌ってほど考えたんだ。ほんと、寝れなかった。

 僕の恋は自覚した時にはもう終わってたんだ。最初から。
 だから、せめてちゃんと終わらせて欲しい。
 ワガママかな。

「僕……その、気持ち悪くてごめんなさい。先輩の事が……」
「俺の事がなんだって?」

 隣に座った綺麗な顔が、ズイッとこちらに近付いてきた。まるでガンつけるように睨みつけてくる瞳の色は、灰色がかっている。

「ちゃんと言えよ。なぁ俺の事が、なんだよ」

 責めるような口調に、僕の心も悲鳴をあげる。
 もうこれ以上傷付けないで、と。

 ただ非凡な彼に恋をしてしまっただけなんだ。分不相応だと分かってる。だからせめて綺麗に終わらせて。

「先輩、の、こと……す、好き、です」

 ……言ってしまった。
 さぁ断ってくれ。罵ってくれても我慢する。でも嗤うことだけはしないでくれ。
 そう願って目を閉じる。

「!?」

 突然、僕の唇に何か柔らかいモノが押し当てられた。
 慌てて目を開ければ、もうそこには何も無くて。
 目の前には真っ赤な顔をしたイケメンが顔を背けていた。

「せ、先輩?」
「太郎って呼べ」
「えっ」

 ……わけが分からない。でもわずかに伺い知れる反応には、怒りや嫌悪感らしきはない。

「た、太郎?」
「ン……一郎」

 彼は照れたように笑った。そしてもう一度僕の唇に触れるだけのキスを落とした。それから。

「俺も、好きだぜ」

 そう言って、僕の顔を両手で包み込んだ―――。
 

 
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