変異型Ωは鉄壁の貞操

田中 乃那加

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Ωとの生活2

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「あ、奏汰君おはよう」
「おはよ」

 この生活になってから数ヶ月経つが、思った以上に馴染んだものである。
 今朝も眠気をこらえつつ自室からリビングに行くと、朝食の良い匂いと優しい笑顔に迎えられる。

「今日は朝から講義?」
「んー」
「奏汰君ちゃんと早起きできてえらいね、夏菜子さんはまだかな」

 朝が苦手なのは実は母息子共々で。そこに明良がきてからは朝ごはんどころか、家事全般を頼むようになっていた。
 そこへ奏汰と同じく、欠伸を噛み殺しながら今度は夏菜子がやってくる。
 
「明良君おはよー。うぅ眠い……あ、今日は和食?」
「そうだよ。夏菜子さんのお弁当、今日はサンドイッチにしたから」
「えっ、ほんと!? やったー、明良君大好き!」
「あはは。喜んでもらえてよかった」

 ずっと女手一つで子育てしてきた彼女は仕事も忙しかった。
 元々あまり料理は好きでなかったのもあって、自分のために弁当を作ることなどない。
 彼はそんな夏菜子に毎朝朝食だけでなく、弁当をつくる。
 それが彼女にはたまらなく嬉しいらしい。

「ねえ今日の晩御飯なに?」
「うーん。昨日大根が安くて買ったから、おでんにしようかなと」
「それいいじゃない! やっぱり日本酒かなぁ」
「じゃあ熱燗用意しなきゃですね」
「うふふ、楽しみだわ」

 もうすっかり彼の手料理の虜になっている。
 しかも掃除洗濯の家事能力も高く、たまにデザートのお菓子まで手作りできるスキルも。
 この一ヶ月で金城家の生活はかなり質が上がったのではないか、と奏汰は思っていた。

「よしっ、今日も仕事頑張れそう。行ってくるわね」
「行ってらっしゃい、夏菜子さん」

 彼女も年齢より若々しいのもあり、なんだか新婚夫婦に見えてくるのが心境複雑である。

「ほら奏汰君も遅刻しないようにね」
「あ、うん」

 そう促されて食卓についた。味噌汁、だし巻き玉子にほうれん草の胡麻和え。それと小さめなおにぎりがテーブルにならんでいる。

「これくらいなら食べられる?」

 奏汰は朝食をあまり食べられない。だがきちんとった方がいいということで、少量をある程度の種類作ってくれているのだ。

 こういうことも考えてくれるのが、もはや女子力の塊のような青年である。

「つくづく思うけど」

 しっかり出汁のきいた味噌汁を一口すすってから口を開く。

「明良さんがうちに嫁に来てほしいくらい」
「へ?」

 料理上手すぎて手放したくない、ということだ。
 彼自身は居候だからと申し訳なさそうにするがとんでもない。むしろ頼むからずっといて欲しいと夏菜子も常々口にしていたくらいだ。

「もう明良さんのいない日常に、僕も母さんも戻れないかもしれない」
「そんな大袈裟な」
「いやいや、ほんとに」
「じゃあ料理から教えてあげようか」

 少し照れくさそうに笑う彼を見て、奏汰は内心ホッとしていた。
 体調もどんどん良くなってきている。しかし妊娠中ということもあって、なるべく負担はかけまいと努めていたが。

『むしろ動いた方が楽なんだよ』

 とやんわり断られることが多かった。

 事実、どうやら悪阻の方も早めに落ち着いたらしい。この生活がストレス発散に一役買ったということか。

「明良さん体調は大丈夫?」

 彼が元々細身なこともあり、まだまだ腹は目立たない。そして夏菜子は彼が妊娠中であることは知らない。

「うん、おかげさまでね。悪阻もおさまってきてから実感がないなあ」

 そうは言うが、まだ痩せている手首を奏汰はこっそり盗み見た。

「そろそろ母さんに言おうか」

 その言葉でハッとしたように明良は数秒黙り込む。

「まだ……はやいかもしれない」
「そっか」

 奏汰は軽くうなずいた。否定するつもりもない、それが彼の心の重荷になるのならばなおさら。

「無理だけはしないで」

 そう言って、そっと手を伸ばし触れた。

「母さんは絶対に非難したりしないと思う」
「奏汰君」
「そりゃあ驚くし、心配はするだろうけどさ。でもああいう人だから」
「分かってるよ。夏菜子さんも君も優しい。身寄りのないぼくに、こんなに良くしてくれて」
「んー、まあそれは明良さんの女子力と家事スキルが僕らを凌駕してたっていうか?」
「そんな大層なことじゃないって。僕はやりたいことをしてるだけ。むしろ二人が喜んでくれるのが嬉しくて仕方ないよ」

 彼は可憐な花が咲いたように笑う、これがΩなのだろうか。妊娠中だからフェロモンも発しないはずだが良い香りがするのも、男性でありながらどこか女性的な愛らしさがあるのも。

 ふと奏汰の中で今さらながら打算的な考えが頭をもたげる。

「明良さん」
「うん?」
「いっそのこと僕と――」

 結婚したらどうか、と言いかけた時だった。

「あっ!」

 玄関チャイムが鳴って二人は振り返る。
 
「誰だろう。ちょっとごめんね?」

 明良はそう一言断ってから。

「はーい」

 と玄関にパタパタとかけていき、一人取り残された奏汰は小さく息をつく。

「……なに言いおうとしてたんだ、僕は」

 プロポーズしようとしていた。子どもを身ごもったΩに。
 それはとてもずるい考えだ。
 明良と夫婦になれば自分は子持ちのβとして家庭を築くことが出来る。もう貞操を必死になって守る必要もなくなるのだ。

 それに今の状況のまま幸せな家族になることも出来そうだし、なにより彼を守ることも出来るのではないだろうか。

「奏汰君?」
「えっ」

 考え事をしていたら怪訝そうな明良に声をかけられて驚く。
 さらに顔をあげれば。

「って、お前がなんでここにいるんだ!」
「なんでって来たからだし。あ、おはよ奏汰」

 ニッと子供のような笑顔で部屋の入口で立っていたのはまさかの龍也だった。

「いや何しに来たんだよ」

 驚きのあまり思わず立ち上がるが、彼は飄々としたもので。

「別に。ヒマだから」
「ヒマなわけあるか、高校生のくせに!」

 奏汰は声を上げた。

「さっさと学校行け!!」
「ヤダ」
「やだとはなんだ、このクソガキ!」

 いくら怒鳴りつけられてもノーダメージとばかりに、龍也は肩をすくめる。

「奏汰となら行ってやってもいいけど」
「なんで僕が幼稚園の送迎よろしく、連れて行ってやらにゃならんのだ」
「え、手もつないでくれるって?」
「ンなわけあるかっ!!」

 せっかくの優雅な朝も台無しである。
 しかもこの日の朝がはじめてではない。むしろ週に何度も、朝からの訪問があるのだ。
 そのたびに彼らはこのようなケンカ (主に奏汰が怒っているだけだが)になるのである。

「まあまあ。あ、龍也君もカフェオレ飲む?」

 優しく微笑みながらの明良の仲裁に、龍也はパッと天真爛漫に喜ぶ。

「おっ、いいんですか。いただきまーす」
「おいコラ! 図々しいにもほどがあるだろ」
「奏汰もそろそろ慣れろよ」
「お前が言うな、バカ!」
「はいはい」

 まるで猫が毛を逆立てるごとく怒るが、それこそ慣れたように軽くいなされる。

「奏汰、デートしよ」
「うるさい、遅刻するぞアホガキ」

 なぜかとなりの椅子に座ってくるのも、普通にベタベタと肩や背中を触ってくるのもいつもの光景だ。

「龍也君は本当に彼が好きなんだね」
「あ、わかる? 俺の愛の深さ」

 湯気の立つカップをテーブルに置いた明良の言葉に、龍也がドヤ顔でこたえる。

「なにが愛だストーカー野郎」

 この高校生、なかなかしつこい。朝の訪問に加えて、暇さえあれば待ち伏せするように目の前にあらわれる。
 本人いわく。

『偶然。むしろ運命』

 らしいが、そうだとしたら恐ろしいことだ。
 しかしただ嬉々としてついてくるだけで、特に悪さをするわけでもない。
 強いて言えば距離感がバグっているくらいか。
 少しづつ、慣らすように物理的距離を詰められているのを奏汰は気付いていない。

「今度の週末デートしようぜ」
「はぁ? お前、来週テストじゃないのか」

 龍也の誘いにも渋い顔である。しかし相手はへこたれない。

「もしかして俺の学校生活まで心配してくれてんの。なにそれ、もう愛じゃん。俺の事もう愛してくれてるよな」
「あんまりバカなこというと、へし折るぞ」
「怖っ! ナニをへし折られる!?」
「ひとの言葉を下ネタで解釈すんのやめろ」

 彼の顔には鬱陶しい、とかいてあるようだ。
 
「とにかく週末の夜はバイトで忙しいんだ。そして色ボケせず勉強でもしてろ」
「いや俺、別に夜って言ってないし。昼間の清く正しいデートでもって思っただけ。てか色っぽい想像してんの奏汰の方だったりする?」
「~~~っ!」

 図星をつかれた形となり、一瞬で顔が熱くなる。

「ま、普通に夜にイチャイチャしたいんだけどな」
「間違ってないじゃないかっ、エロガキ!」

 奏汰は目の前のニヤニヤする顔を睨みつけ、頬をつねりあげた。

「い、いてててっ!?」
「人をおちょくりやがって、もう知らん!」

 そして勢いよく立ち上がりカバンを引っ掴んだ。

「明良さん行ってきます!!」
「はい、行ってらっしゃい」

 猛然と、でも挨拶だけは忘れずに部屋を出る。

「なあ待ってよ」

 少し慌てて追いかけてくる彼を無視し、さっさと靴をはく。

「待てってば」
「うるさい!」
「一緒に行ってくれねぇの?」
「行くかボケ!」

 こうやってまるで懐いた犬のようについてくる。
 それを最近では突き放せないでいるのが腹立たしかった。

「奏汰」
「……」
「奏汰」
「……」
「なぁ」
「……」

 しゅんとした声。ふりかえるな、と自分に言い聞かせる。
 これこそ常套手段。
 年下であることに全力でつけこんでくるのだから。

「そっか……俺の事がそんなに嫌いなんだ」
「っ、ああもう! ンだよ馬鹿野郎!!」

 年上としての罪悪感にどうしようもなく振り返るのもいつもの事で。

「やっぱり俺、あんたのこと好きだわ」

 α特有の容姿端麗さで微笑む龍也に、彼は。

「僕は大っ嫌いだ、クソッタレめ!!」

 と大声でわめくのである。

 



 

 

 

 

 

 


 


 



 
 
 

 
 

 

 

 
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