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オメガは吊り橋効果に揺れている
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「涼介……さん?」
そう呼ばれた男は一瞬だけ驚いたように目を見開くと、すぐにあっと声をあげた。
「あの時のかわい子ちゃんだ!」
先程、ナンパ男たちから追いかけられてきたせいか容姿を褒める言葉には辟易していた――はずなのに。
「やっぱりそうじゃん。あれから風邪、ひかなかったか?」
「あ、はい」
なぜか彼に言われると嫌じゃない。むしろガラにもなく心が浮き足立つのは何故だろう。
――助けてもらったからかな。
吊り橋効果。
言わば恩人に対する親しみのようなもので、恋愛とはまた別なのだと皇大郎は思い込んだ。
そうでなければこんな風に妙にドキドキするのはおかしい。
そんな彼の想いとは裏腹に、涼介はそれは良かったと言う。
「てか聞いてくれよ。あのあとママに怒られてさ。『あんな可愛い子にダサい服着せるな』って。ママだって似たような私服なんだぜ? ああ、あれ返すのいつでも良かったんだぞ。別に大事な物とかじゃ――」
「ごめんなさい!」
「ん?」
頭を下げれば彼が首を傾げる。
「実は貸してもらった服、なくしてしまったんです」
嘘だ。本当はズタズタに引き裂かれてゴミ箱に捨てられていた。
きっと高貴の仕業だろう。
まるで恨みを込めるかのようにハサミを入れられていた服を見た時、背筋が凍る想いだった。
着ていた服を切り刻まれるなんて、そこまで憎まれていたのかと。
「失くした? 別にかまわねぇよ」
あっけらかんと言う涼介。
「どうせボロいやつだし」
「そんなことないです。ちゃんと弁償しますから」
「いいって。むしろ捨てる手間が省けたって」
そうして項垂れた頭をぽん、と撫でたのだ。
「っていうか、濡らしたのオレだしな。気にすんな」
「~~~ッ!!!」
ぶわっ、と顔に熱が広がる。
心臓が早鐘を打つかのように高鳴り、顔をあげられなくなった。
――え!? なんだこれ。ええっ!?
発情期とも違う未知の感覚に戸惑っていると。
「もしかして服のことを謝りにわざわざ来たのか?」
「は、はぁ」
本当は違う (気づいたらここまで走って逃げ出してきただけ) が説明するのも面倒で大人しくうなずくと、涼介が少し困った顔をした。
「ここは店舗だけで、昼間は店も閉まってるからなァ。ママも多分、自宅の方だし」
「そうですよね……」
まだ三時過ぎ。なんだか申し訳ない気分になった時だった。
「んん? なんかいい匂いがするぞ」
鼻をくんくんと鳴らし、涼介が距離を詰めてくる。
「りょ、涼介さん?」
「なんかさァ。めちゃくちゃいい匂いしねぇか」
「いい匂い……ですか」
「ほら、ここ」
皇大郎の立っている所を、まるで犬のようにうろつく。
「やっぱりここだ。すげぇいい匂いすんだよ。なんだろ、香水? いや違うな。フルーツみてぇ」
「フルーツ?」
「……いや、やっぱり違うか。ちょっとごめん」
そう言うと、なんと涼介が抱きつかんばかりに近づいてきて鼻をこちらの首筋に寄せてきたのだ。
当然、皇大郎は驚いたし普通なら避けるか怒声のひとつでも上げるのだが。
「!」
「んー? なんだろなァ。どっかで嗅いだような……嗅いだことないような?」
――ち、近い近い近いっ!!
涼介は恐らくベータだ。けれども嗅覚がとても鋭いタイプらしい。
彼になんの下心もないのもその表情からも明らかだ。しかしこちらの心臓がもたない。
「りょ、涼介さん。あんまり近寄らないで。僕、さっき汗かいたから!」
慌てて飛び退こうとしたが遅かったらしい。
「いんや、別に汗臭くねーよ。だからむしろ……」
「いやいやいやっ!?」
自分と背丈こそ変わらないが、厚い胸板に逞しい腕にドキリとする。オメガになっても、男の自分が同性に対して憧れこそすれ頬を染めるなんてありえないと思って生きてきたのに。
――つ、吊り橋効果って怖い……。
激しく拒絶することも出来ず、かといって平然ともできず。
皇大郎が大慌てしているのにも関わらず涼介はブツブツと。
「なんかここら辺、匂いが混じってるぞ。なんだろ、これ」
なんて呟きながら犬のようにスンスン匂いを嗅いでいる。
もちろんゼロ距離だが、やはり下心はない。純粋に気になるのだろう。
「も、もう勘弁してください」
「うーん? なんだろなァ。桃?」
「涼介さん!」
そんなこんなでギャイギャイ騒いでいると。
「……なにしてんの、キミたち」
怪訝そうな声に皇大郎は飛び上がった。
「人の店の前で特殊なプレイやめてよ」
心底迷惑そうな、でも好奇心が隠しきれない表情で立っていたのはこの店のママ。もとい店主の大西 健二である。
「お、健二か。いい所へ来たな!」
「名前で呼ばないでっていつも言ってるでしょ。ママって呼びな」
こころなしか嬉しそうな様子の涼介に対し、健二は渋い顔をしている。
「はいはい。健二ママ」
「……ぶん殴るよ?」
「痛っ、もう殴ってるじゃねーか」
横っ腹を軽く殴られていても、きっとお約束のやり取りなのだろう。
そんな二人を見て皇大郎はそっと胸を押さえた。
「あれ? もしかしてこの間のオメガちゃんじゃないか」
ようやく皇大郎のことに気づいたらしい。
「どうしたのこんな所で」
顔を覗き込まれる。
「いや、その……」
家出して気付いたらここに居たんです、なんて言えるわけもなく。借りた服を失くしたことを改めて詫びることにした。
すると。
「ああいいよ、いいよ。あんなダサくて臭いジャージ。ね、涼介?」
健二もまたずいぶんな言い草だ。
「うるせぇなぁ。臭くはねーだろ、むしろ花みたいないい匂いしてたわ」
「ラフレシア?」
「そうそう、あのかぐわしい……ってめちゃくちゃ臭い花じゃねーかっ!」
ノリつっこみまでキメる二人に思わず笑ってしまう。
そこで健二が優しい顔を向けた。
「やっと笑ったね」
「え?」
「可愛いんだし、笑顔が似合うよ」
久しくこんな優しく話かけられたことはなかった気がする。
すっかり日々の生活や状況に疲弊しきった心にそれが驚くほど染み渡って。
「お、おい。泣いたぞ!?」
涼介の慌てたような声で、皇大郎は自分が泣いていることにはじめて気がついたのだった。
そう呼ばれた男は一瞬だけ驚いたように目を見開くと、すぐにあっと声をあげた。
「あの時のかわい子ちゃんだ!」
先程、ナンパ男たちから追いかけられてきたせいか容姿を褒める言葉には辟易していた――はずなのに。
「やっぱりそうじゃん。あれから風邪、ひかなかったか?」
「あ、はい」
なぜか彼に言われると嫌じゃない。むしろガラにもなく心が浮き足立つのは何故だろう。
――助けてもらったからかな。
吊り橋効果。
言わば恩人に対する親しみのようなもので、恋愛とはまた別なのだと皇大郎は思い込んだ。
そうでなければこんな風に妙にドキドキするのはおかしい。
そんな彼の想いとは裏腹に、涼介はそれは良かったと言う。
「てか聞いてくれよ。あのあとママに怒られてさ。『あんな可愛い子にダサい服着せるな』って。ママだって似たような私服なんだぜ? ああ、あれ返すのいつでも良かったんだぞ。別に大事な物とかじゃ――」
「ごめんなさい!」
「ん?」
頭を下げれば彼が首を傾げる。
「実は貸してもらった服、なくしてしまったんです」
嘘だ。本当はズタズタに引き裂かれてゴミ箱に捨てられていた。
きっと高貴の仕業だろう。
まるで恨みを込めるかのようにハサミを入れられていた服を見た時、背筋が凍る想いだった。
着ていた服を切り刻まれるなんて、そこまで憎まれていたのかと。
「失くした? 別にかまわねぇよ」
あっけらかんと言う涼介。
「どうせボロいやつだし」
「そんなことないです。ちゃんと弁償しますから」
「いいって。むしろ捨てる手間が省けたって」
そうして項垂れた頭をぽん、と撫でたのだ。
「っていうか、濡らしたのオレだしな。気にすんな」
「~~~ッ!!!」
ぶわっ、と顔に熱が広がる。
心臓が早鐘を打つかのように高鳴り、顔をあげられなくなった。
――え!? なんだこれ。ええっ!?
発情期とも違う未知の感覚に戸惑っていると。
「もしかして服のことを謝りにわざわざ来たのか?」
「は、はぁ」
本当は違う (気づいたらここまで走って逃げ出してきただけ) が説明するのも面倒で大人しくうなずくと、涼介が少し困った顔をした。
「ここは店舗だけで、昼間は店も閉まってるからなァ。ママも多分、自宅の方だし」
「そうですよね……」
まだ三時過ぎ。なんだか申し訳ない気分になった時だった。
「んん? なんかいい匂いがするぞ」
鼻をくんくんと鳴らし、涼介が距離を詰めてくる。
「りょ、涼介さん?」
「なんかさァ。めちゃくちゃいい匂いしねぇか」
「いい匂い……ですか」
「ほら、ここ」
皇大郎の立っている所を、まるで犬のようにうろつく。
「やっぱりここだ。すげぇいい匂いすんだよ。なんだろ、香水? いや違うな。フルーツみてぇ」
「フルーツ?」
「……いや、やっぱり違うか。ちょっとごめん」
そう言うと、なんと涼介が抱きつかんばかりに近づいてきて鼻をこちらの首筋に寄せてきたのだ。
当然、皇大郎は驚いたし普通なら避けるか怒声のひとつでも上げるのだが。
「!」
「んー? なんだろなァ。どっかで嗅いだような……嗅いだことないような?」
――ち、近い近い近いっ!!
涼介は恐らくベータだ。けれども嗅覚がとても鋭いタイプらしい。
彼になんの下心もないのもその表情からも明らかだ。しかしこちらの心臓がもたない。
「りょ、涼介さん。あんまり近寄らないで。僕、さっき汗かいたから!」
慌てて飛び退こうとしたが遅かったらしい。
「いんや、別に汗臭くねーよ。だからむしろ……」
「いやいやいやっ!?」
自分と背丈こそ変わらないが、厚い胸板に逞しい腕にドキリとする。オメガになっても、男の自分が同性に対して憧れこそすれ頬を染めるなんてありえないと思って生きてきたのに。
――つ、吊り橋効果って怖い……。
激しく拒絶することも出来ず、かといって平然ともできず。
皇大郎が大慌てしているのにも関わらず涼介はブツブツと。
「なんかここら辺、匂いが混じってるぞ。なんだろ、これ」
なんて呟きながら犬のようにスンスン匂いを嗅いでいる。
もちろんゼロ距離だが、やはり下心はない。純粋に気になるのだろう。
「も、もう勘弁してください」
「うーん? なんだろなァ。桃?」
「涼介さん!」
そんなこんなでギャイギャイ騒いでいると。
「……なにしてんの、キミたち」
怪訝そうな声に皇大郎は飛び上がった。
「人の店の前で特殊なプレイやめてよ」
心底迷惑そうな、でも好奇心が隠しきれない表情で立っていたのはこの店のママ。もとい店主の大西 健二である。
「お、健二か。いい所へ来たな!」
「名前で呼ばないでっていつも言ってるでしょ。ママって呼びな」
こころなしか嬉しそうな様子の涼介に対し、健二は渋い顔をしている。
「はいはい。健二ママ」
「……ぶん殴るよ?」
「痛っ、もう殴ってるじゃねーか」
横っ腹を軽く殴られていても、きっとお約束のやり取りなのだろう。
そんな二人を見て皇大郎はそっと胸を押さえた。
「あれ? もしかしてこの間のオメガちゃんじゃないか」
ようやく皇大郎のことに気づいたらしい。
「どうしたのこんな所で」
顔を覗き込まれる。
「いや、その……」
家出して気付いたらここに居たんです、なんて言えるわけもなく。借りた服を失くしたことを改めて詫びることにした。
すると。
「ああいいよ、いいよ。あんなダサくて臭いジャージ。ね、涼介?」
健二もまたずいぶんな言い草だ。
「うるせぇなぁ。臭くはねーだろ、むしろ花みたいないい匂いしてたわ」
「ラフレシア?」
「そうそう、あのかぐわしい……ってめちゃくちゃ臭い花じゃねーかっ!」
ノリつっこみまでキメる二人に思わず笑ってしまう。
そこで健二が優しい顔を向けた。
「やっと笑ったね」
「え?」
「可愛いんだし、笑顔が似合うよ」
久しくこんな優しく話かけられたことはなかった気がする。
すっかり日々の生活や状況に疲弊しきった心にそれが驚くほど染み渡って。
「お、おい。泣いたぞ!?」
涼介の慌てたような声で、皇大郎は自分が泣いていることにはじめて気がついたのだった。
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