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幼なじみはクズヒキニート
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この世に生を受けて二十数年。
俺、入口 晶だって色々あったよ、良いことも悪いことも。
だって仕方ない、それが人生ってもんだ。
特に学生から社会人になって、一日の大半を理不尽とストレスが占める生活になってからは。
いや、楽しいことが皆無だとかは思わない。でもまだまだ駆け出しところか新人に毛が生えたレベルの俺は、会社の中で先輩や上司に頭を下げるばかりの日々だ。
「あー、つかれた」
アパートに帰ってからの独り言も、我ながら泣き言ばかりになってきたよなぁ。
それでもまぁ別に不幸とも特段幸せとも思わない、それなりの生活。
及第点、と思っておかないと余計に疲れる。
「ん?」
ベッドに放り出していたスマホが振動して、ふと目を向ければ『実家』という文字。
……ああ、またお袋か。
そう思って着信履歴だけが残った画面から目を逸らした。
別に大した用事じゃないだろう。いや大したことならまたかかってくるかも。
とりあえずスーツを脱いで着替えてしまいたかった。
「うわ、またかかってきた」
仕方ないからワイシャツのボタンを片手で外しながら通話ボタンを押した。
「――あ、はい。母さん?」
『もしもし! 晶? 晶だよね?』
「俺の他にだれがいるよ」
『そんなこと言ったって最近色々と怖いじゃないの~、オレオレ詐欺とか』
だとしてもいきなり息子の名前連呼すんな、と思うが。
いつも通り、元気で明るい母さんの声が返ってきてまずは安心する。これで要件がそんなに深刻な事でないと確信がもてたからだ。
典型的ともいえるお節介かつ肝っ玉、それでいて多少無神経なフシのある母さんは健在らしい。
地元を出て数年。まだ双子の妹達が実家にいたがそれもこの春、二人とも短大ど専門学校に進学のために家を出た。
さぞ寂しい思いをしてるだろうと、俺にしてはマメに連絡してたけどそうでもないらしい。
多趣味で友人の多い母さんとしては、ようやく子供たちが手を離れてホッと一息というところか。
「で、なんの用」
『そうそう聞いてちょうだいよ。竹美(妹1)と梅美(妹2)がね~』
「はあ?」
それから二人暮らしを始めた妹達の話をし始めた。
半分が愚痴、あとは笑い話とか。やっぱり母さんは寂しいのかもしれない。
『それでね、あの子たちから深夜電話かかってきてねぇ――』
「母さん、その話はまだ長くなる?」
そろそろ中途半端になってる着替えを終えたいし、腹も減っている。とりあえず放っておけば数時間かかりそうな話を、一旦止めてみれば。
『あらあら。つい前置きが長くなっちゃったわね』
「え、これ前置きなの」
『ごめんごめん。これからが本題』
うんざりしてる俺の耳に、母さんのあっけらかんとした声で懐かしい名前が告げられる。
『ねえアンタ、出口 佳史君、覚えてる?』
――入口と出口。
珍妙な苗字というという共通点と、あとは家が近かったというのもあって保育園の頃から仲が良かった友人。
いわゆる幼なじみなんだけど、それも高校卒業を最後にあっちが引っ越してから一気に疎遠になった。
『この前、その奥さんに偶然会ってね。聞けばアンタんとこのアパートに近いとこに家建てたって聞いたのよ』
「へぇ」
『それでね』
懐かしいし、かなり奇遇な話だ。しかしそれだけで終わらなかった。ふと声を落とした母さんに訝しむ暇もなく。
『息子の佳史君、今引きこもりしてるみたいなのよ』
「マジか」
高校時代の彼を脳裏に描く。
穏やかな奴だった。優しくて、身体はデカいけど柔和な顔が印象的な人畜無害系。
頭も良くて、俺みたいなFラン大学じゃなくて誰でも知ってる有名国立大に進学してた。
『今度、一度会いに行ってみたら?』
頼まれたというより、母さんのお節介だろう。でもそんな事情がなくとも、俺は速攻うなずく。
「ああ、うん」
特段に用事がなけりゃなかなか自分から連絡なんてしない。男ってそんなもんだと思うけど違うのか。
とにかく俺は母さんと通話を切った後、早速LINEをひらいた。
「んー……」
少し考えてから、やっぱりここはシンプルに。
【ひさしぶり】
とだけ。そのあとで、なんかスパムみたいで警戒されるかもと思ってもうひとつ。
【入口だけど、覚えてるか?】
と名乗ってみた。
引きこもりって言ってたし、ヘタすれば反応無し。既読すらつかないかと思ってベッドにまたスマホを放り出そうとした時。
「あ」
既読ついた。
ものの数秒もかからず。まるで……。
「マジかよ」
そこには素っ気ない一文。
【今週末、会いに来てほしい】
※※※
てっきりアパートとかそういうのだと思ってた。
一見して高級住宅街だとわかる場所に足を進めて、初めて自分が場違いだって理解。
「……」
変な好奇心とか懐かしさとか。あとは同情心でこんなとこまで来るんじゃなかった。
引きこもりニートになってた幼なじみと久しぶりに連絡してみたら、いきなり住所(ご丁寧にマップまで) と。
【会いに来て】
とLINEがきてビックリした。
それからほとんどやり取りすることなく、というかもれなく既読スルーされて今に至る。
「ほんとにここでいいんだよな……?」
1軒の家の前で立ち止まった。立派な表札には確かにあの珍しい苗字が。
意を決してインターホンに手を伸ばした時だった。
「!」
突然ドアが開き、慌てて飛び退く。幸い俺にぶつかることなかった扉の隙間はなぜかひどく暗かった。
「あ、あぶな……っうわ!?」
間髪入れずそこから伸びてきたのは腕。あっという間の出来事だった。
掴まれ引っ張られて。不意打ちというのもあって、そのままロクな抵抗も出来ないまま中に引きずり込まれる。
「ちょっ!な、なにしやがる!!!」
情けない話だけど完全に油断してた。でも幼なじみの実家に言って、いきなりこんなことされると誰も予想できないだろ。
「このっ……!!」
「あきちゃん、あきちゃんだよね?」
「えっ」
ゴリラみたいな力で握りこまれた左手首が痛い。蹴りつけてでも逃げ出そうとする俺に、聞き覚えのある声と名前が。
「あきちゃん」
もう一回。確かに言った。
ガキの頃そう呼ばれてた、あきちゃんって。
「まさか佳史か?」
「うん。そうだよ、あきちゃん」
薄暗い玄関にようやく目が慣れてきて、俺はそいつの顔を見た。
「久しぶりだね」
ニコニコと柔和に笑う若い男。背が高くガタイが良いのが、またミスマッチなほどにお人好しのツラ――間違いない、こいつは出口 佳史。高校の頃から全然変わっていなかった。
「本当に会いに来てくれたんだ。嬉しいなぁ」
「まあな……っていきなりなんなんだよ。つーか、離せ!!」
「あ、ごめんね。嬉しくてつい」
嬉しいのはそのニコニコ顔みてれば分かるけどさ。だからって訪問客の手掴んで引きずり込むのはどうなんだ。
かなりホラーだったし、思わず反撃しそうになったぞ。
「玄関も暗くてごめんよ。色々と気が回らなくて」
「いいけどさ。あれ、おばさんはいねぇの?」
こいつの母親の姿が見えない。記憶の中では、うちの母さんのはまったく別タイプのおっとりとした優しい奥さんって感じだった。
「うん。今はね」
「へぇ」
なんかその言い方に一瞬だけ引っかかったが、あえてスルーした。どうせ買い物か仕事にでも行ってるとかいう事なんだろう。
俺は佳史にすすめられるがまま、靴を脱いで家に上がる。
「狭いところだけど」
「充分立派な家だろうがよ」
外見からも分かっていたが、かなり綺麗な家だ。中もきちんとしていてモデルルームのような感じ。生活感がイマイチないのがまた気になったが、それも多分気のせいだ。
「座っててね」
「あ、うん」
リビングに通されて、俺は革張りの立派なソファに身体をうずめた。
なんかもう家具とかも高そう。芸能人の自宅ですっていっても通りそうだな。
そろそろリフォームしたいって、母さんが親父に言ってるような実家を思い出して小さくため息をつく。
なにこれ、すごい格差。
「紅茶でもいいかな」
「あー、おかまいなく」
キッチンから顔を出した佳史に向かってうなずく。
紅茶でもコーヒーでも、多分いいやつが出てきそうな気がする。
「ごめんね、ハーブティーしかないけど」
「なんかすごいな」
見るからにわかる高そうなティーポットと揃いのカップ。もうこれでもかってくらいオシャレなのが俺でもわかる。
というか住む世界が違う気も。
「お菓子は頑張って作ってみたよ」
「えっ、お前が!?」
白い皿に並べられたクッキーは買ってきたとしか思えないほどに形がいい。これをこの大男がちまちま焼いたと思うと、なんか少しおかしくなってくる。
「家にいるとヒマだからね」
「あー……」
そうだこいつって引きこもりニートだったんだっけ。
でも見た目もそんな感じじゃないし、それに菓子作りできるなら別にガチの引きこもりってわけじゃないんじゃないのか。
素直にそんな疑問をぶつけると、佳史は困ったように笑った。
「ニートはニートだけど、完全な引きこもりってわけじゃないよ」
「え?」
「買い物も夕方以降だけど行くし、休みの日は散歩にも行くよ」
「そうなのか」
「多分、うちの母が伝え間違えたのかな」
首を少し傾げながらの事情説明によると。
佳史は大学卒業してとある有名企業に就職したものの、三ヶ月も待たず辞職。それからは家からは出ることなく、実家暮らしのニートをしているらしい。
「引きこもりって聞いたからてっきり」
「はは、多くの時間は家に引きこもってるから間違いじゃないかもね。親には申し訳ないけどさ」
「就職活動しないのか?」
「うーん、しないかな。めんどくさいし」
「めんどくさいって……」
「無理してもねぇ。今は親のスネもあるし。かじれるだけかじってから、いよいよになったら生活保護かな」
「は、ハァ!? お前何言ってんだ!」
「それもダメなら潔く〇ぬよ。あ、その前にあきちゃんにもお金貸してもらうかもだけど」
穏やかな顔を、してとんでもないドクズ発言を連発する佳史に俺は絶句。
なんなんだ、こいつ。
スポーツも勉強も優秀で、その性格の良さから女からも男からも好かれる奴だったじゃないか。
すっかり内面が変わってしまった幼なじみを前に、俺は頭を抱えそうになった。
「あきちゃん、紅茶冷めちゃうよ」
「あ、ああ」
とりあえず落ち着こうと目の前のカップに手を伸ばす。いい香りに一瞬、現実のカオスさを忘れる。
すぐにクッキーも、と勧められてそれも口にした。
「美味い……」
「うれしいな。結構練習したんだよ」
「すごいじゃん」
一人暮らししてるけど、ほんといい加減な料理しかできない俺としては素直に尊敬する。
佳史は照れたように笑って頭をかくと。
「僕はこれくらいしかできないから」
そう言って目を伏せた。
「何言ってんだ、お前」
クズすぎる幼なじみに、俺は戸惑いとは別の感情が湧いてくる。
「佳史は自分を過小評価してると思う」
「あきちゃんは……優しいね」
こんなしょぼくれた表情をするやつじゃなかった。
クラスの癒し系で。それでいて尊敬を集めてた、俺の幼なじみ。羨望や嫉妬も無いわけじゃなかったけど、それ以上に誇らしかったんだ。
同級生だけど兄弟みたいって感じかな。
それなのに――我慢出来なかった。
「佳史はこんなとこで腐る奴じゃないだろ!」
紅茶を一気に飲み干してから叫んだ。
「まだ俺たちは若いんだよ。いくらでも。なんでもできるだろッ、なに諦めてんだ腑抜け野郎が!!!」
「あきちゃん……」
辛そうに。そして泣きそうに顔を歪めた彼の手を握りしめてそのままの勢いで言い切る。
「俺に出来ることあるなら、なんでもするからッ!!!」
「言質とった」
「え…………?」
その瞬間、身体の力が抜けた。
「え、え、え」
やばい。ソファに倒れ込んで動けない。なんで?
なにがあった? なに? な、に??
「あきちゃんはほんと優しいよね」
革張りのソファがきしんだ。
穏やかな笑みを浮かべた幼なじみの顔が覗き込む。
「じゃあさ――」
この後にいわれた『出来ること』に俺は目を見開いた。
俺、入口 晶だって色々あったよ、良いことも悪いことも。
だって仕方ない、それが人生ってもんだ。
特に学生から社会人になって、一日の大半を理不尽とストレスが占める生活になってからは。
いや、楽しいことが皆無だとかは思わない。でもまだまだ駆け出しところか新人に毛が生えたレベルの俺は、会社の中で先輩や上司に頭を下げるばかりの日々だ。
「あー、つかれた」
アパートに帰ってからの独り言も、我ながら泣き言ばかりになってきたよなぁ。
それでもまぁ別に不幸とも特段幸せとも思わない、それなりの生活。
及第点、と思っておかないと余計に疲れる。
「ん?」
ベッドに放り出していたスマホが振動して、ふと目を向ければ『実家』という文字。
……ああ、またお袋か。
そう思って着信履歴だけが残った画面から目を逸らした。
別に大した用事じゃないだろう。いや大したことならまたかかってくるかも。
とりあえずスーツを脱いで着替えてしまいたかった。
「うわ、またかかってきた」
仕方ないからワイシャツのボタンを片手で外しながら通話ボタンを押した。
「――あ、はい。母さん?」
『もしもし! 晶? 晶だよね?』
「俺の他にだれがいるよ」
『そんなこと言ったって最近色々と怖いじゃないの~、オレオレ詐欺とか』
だとしてもいきなり息子の名前連呼すんな、と思うが。
いつも通り、元気で明るい母さんの声が返ってきてまずは安心する。これで要件がそんなに深刻な事でないと確信がもてたからだ。
典型的ともいえるお節介かつ肝っ玉、それでいて多少無神経なフシのある母さんは健在らしい。
地元を出て数年。まだ双子の妹達が実家にいたがそれもこの春、二人とも短大ど専門学校に進学のために家を出た。
さぞ寂しい思いをしてるだろうと、俺にしてはマメに連絡してたけどそうでもないらしい。
多趣味で友人の多い母さんとしては、ようやく子供たちが手を離れてホッと一息というところか。
「で、なんの用」
『そうそう聞いてちょうだいよ。竹美(妹1)と梅美(妹2)がね~』
「はあ?」
それから二人暮らしを始めた妹達の話をし始めた。
半分が愚痴、あとは笑い話とか。やっぱり母さんは寂しいのかもしれない。
『それでね、あの子たちから深夜電話かかってきてねぇ――』
「母さん、その話はまだ長くなる?」
そろそろ中途半端になってる着替えを終えたいし、腹も減っている。とりあえず放っておけば数時間かかりそうな話を、一旦止めてみれば。
『あらあら。つい前置きが長くなっちゃったわね』
「え、これ前置きなの」
『ごめんごめん。これからが本題』
うんざりしてる俺の耳に、母さんのあっけらかんとした声で懐かしい名前が告げられる。
『ねえアンタ、出口 佳史君、覚えてる?』
――入口と出口。
珍妙な苗字というという共通点と、あとは家が近かったというのもあって保育園の頃から仲が良かった友人。
いわゆる幼なじみなんだけど、それも高校卒業を最後にあっちが引っ越してから一気に疎遠になった。
『この前、その奥さんに偶然会ってね。聞けばアンタんとこのアパートに近いとこに家建てたって聞いたのよ』
「へぇ」
『それでね』
懐かしいし、かなり奇遇な話だ。しかしそれだけで終わらなかった。ふと声を落とした母さんに訝しむ暇もなく。
『息子の佳史君、今引きこもりしてるみたいなのよ』
「マジか」
高校時代の彼を脳裏に描く。
穏やかな奴だった。優しくて、身体はデカいけど柔和な顔が印象的な人畜無害系。
頭も良くて、俺みたいなFラン大学じゃなくて誰でも知ってる有名国立大に進学してた。
『今度、一度会いに行ってみたら?』
頼まれたというより、母さんのお節介だろう。でもそんな事情がなくとも、俺は速攻うなずく。
「ああ、うん」
特段に用事がなけりゃなかなか自分から連絡なんてしない。男ってそんなもんだと思うけど違うのか。
とにかく俺は母さんと通話を切った後、早速LINEをひらいた。
「んー……」
少し考えてから、やっぱりここはシンプルに。
【ひさしぶり】
とだけ。そのあとで、なんかスパムみたいで警戒されるかもと思ってもうひとつ。
【入口だけど、覚えてるか?】
と名乗ってみた。
引きこもりって言ってたし、ヘタすれば反応無し。既読すらつかないかと思ってベッドにまたスマホを放り出そうとした時。
「あ」
既読ついた。
ものの数秒もかからず。まるで……。
「マジかよ」
そこには素っ気ない一文。
【今週末、会いに来てほしい】
※※※
てっきりアパートとかそういうのだと思ってた。
一見して高級住宅街だとわかる場所に足を進めて、初めて自分が場違いだって理解。
「……」
変な好奇心とか懐かしさとか。あとは同情心でこんなとこまで来るんじゃなかった。
引きこもりニートになってた幼なじみと久しぶりに連絡してみたら、いきなり住所(ご丁寧にマップまで) と。
【会いに来て】
とLINEがきてビックリした。
それからほとんどやり取りすることなく、というかもれなく既読スルーされて今に至る。
「ほんとにここでいいんだよな……?」
1軒の家の前で立ち止まった。立派な表札には確かにあの珍しい苗字が。
意を決してインターホンに手を伸ばした時だった。
「!」
突然ドアが開き、慌てて飛び退く。幸い俺にぶつかることなかった扉の隙間はなぜかひどく暗かった。
「あ、あぶな……っうわ!?」
間髪入れずそこから伸びてきたのは腕。あっという間の出来事だった。
掴まれ引っ張られて。不意打ちというのもあって、そのままロクな抵抗も出来ないまま中に引きずり込まれる。
「ちょっ!な、なにしやがる!!!」
情けない話だけど完全に油断してた。でも幼なじみの実家に言って、いきなりこんなことされると誰も予想できないだろ。
「このっ……!!」
「あきちゃん、あきちゃんだよね?」
「えっ」
ゴリラみたいな力で握りこまれた左手首が痛い。蹴りつけてでも逃げ出そうとする俺に、聞き覚えのある声と名前が。
「あきちゃん」
もう一回。確かに言った。
ガキの頃そう呼ばれてた、あきちゃんって。
「まさか佳史か?」
「うん。そうだよ、あきちゃん」
薄暗い玄関にようやく目が慣れてきて、俺はそいつの顔を見た。
「久しぶりだね」
ニコニコと柔和に笑う若い男。背が高くガタイが良いのが、またミスマッチなほどにお人好しのツラ――間違いない、こいつは出口 佳史。高校の頃から全然変わっていなかった。
「本当に会いに来てくれたんだ。嬉しいなぁ」
「まあな……っていきなりなんなんだよ。つーか、離せ!!」
「あ、ごめんね。嬉しくてつい」
嬉しいのはそのニコニコ顔みてれば分かるけどさ。だからって訪問客の手掴んで引きずり込むのはどうなんだ。
かなりホラーだったし、思わず反撃しそうになったぞ。
「玄関も暗くてごめんよ。色々と気が回らなくて」
「いいけどさ。あれ、おばさんはいねぇの?」
こいつの母親の姿が見えない。記憶の中では、うちの母さんのはまったく別タイプのおっとりとした優しい奥さんって感じだった。
「うん。今はね」
「へぇ」
なんかその言い方に一瞬だけ引っかかったが、あえてスルーした。どうせ買い物か仕事にでも行ってるとかいう事なんだろう。
俺は佳史にすすめられるがまま、靴を脱いで家に上がる。
「狭いところだけど」
「充分立派な家だろうがよ」
外見からも分かっていたが、かなり綺麗な家だ。中もきちんとしていてモデルルームのような感じ。生活感がイマイチないのがまた気になったが、それも多分気のせいだ。
「座っててね」
「あ、うん」
リビングに通されて、俺は革張りの立派なソファに身体をうずめた。
なんかもう家具とかも高そう。芸能人の自宅ですっていっても通りそうだな。
そろそろリフォームしたいって、母さんが親父に言ってるような実家を思い出して小さくため息をつく。
なにこれ、すごい格差。
「紅茶でもいいかな」
「あー、おかまいなく」
キッチンから顔を出した佳史に向かってうなずく。
紅茶でもコーヒーでも、多分いいやつが出てきそうな気がする。
「ごめんね、ハーブティーしかないけど」
「なんかすごいな」
見るからにわかる高そうなティーポットと揃いのカップ。もうこれでもかってくらいオシャレなのが俺でもわかる。
というか住む世界が違う気も。
「お菓子は頑張って作ってみたよ」
「えっ、お前が!?」
白い皿に並べられたクッキーは買ってきたとしか思えないほどに形がいい。これをこの大男がちまちま焼いたと思うと、なんか少しおかしくなってくる。
「家にいるとヒマだからね」
「あー……」
そうだこいつって引きこもりニートだったんだっけ。
でも見た目もそんな感じじゃないし、それに菓子作りできるなら別にガチの引きこもりってわけじゃないんじゃないのか。
素直にそんな疑問をぶつけると、佳史は困ったように笑った。
「ニートはニートだけど、完全な引きこもりってわけじゃないよ」
「え?」
「買い物も夕方以降だけど行くし、休みの日は散歩にも行くよ」
「そうなのか」
「多分、うちの母が伝え間違えたのかな」
首を少し傾げながらの事情説明によると。
佳史は大学卒業してとある有名企業に就職したものの、三ヶ月も待たず辞職。それからは家からは出ることなく、実家暮らしのニートをしているらしい。
「引きこもりって聞いたからてっきり」
「はは、多くの時間は家に引きこもってるから間違いじゃないかもね。親には申し訳ないけどさ」
「就職活動しないのか?」
「うーん、しないかな。めんどくさいし」
「めんどくさいって……」
「無理してもねぇ。今は親のスネもあるし。かじれるだけかじってから、いよいよになったら生活保護かな」
「は、ハァ!? お前何言ってんだ!」
「それもダメなら潔く〇ぬよ。あ、その前にあきちゃんにもお金貸してもらうかもだけど」
穏やかな顔を、してとんでもないドクズ発言を連発する佳史に俺は絶句。
なんなんだ、こいつ。
スポーツも勉強も優秀で、その性格の良さから女からも男からも好かれる奴だったじゃないか。
すっかり内面が変わってしまった幼なじみを前に、俺は頭を抱えそうになった。
「あきちゃん、紅茶冷めちゃうよ」
「あ、ああ」
とりあえず落ち着こうと目の前のカップに手を伸ばす。いい香りに一瞬、現実のカオスさを忘れる。
すぐにクッキーも、と勧められてそれも口にした。
「美味い……」
「うれしいな。結構練習したんだよ」
「すごいじゃん」
一人暮らししてるけど、ほんといい加減な料理しかできない俺としては素直に尊敬する。
佳史は照れたように笑って頭をかくと。
「僕はこれくらいしかできないから」
そう言って目を伏せた。
「何言ってんだ、お前」
クズすぎる幼なじみに、俺は戸惑いとは別の感情が湧いてくる。
「佳史は自分を過小評価してると思う」
「あきちゃんは……優しいね」
こんなしょぼくれた表情をするやつじゃなかった。
クラスの癒し系で。それでいて尊敬を集めてた、俺の幼なじみ。羨望や嫉妬も無いわけじゃなかったけど、それ以上に誇らしかったんだ。
同級生だけど兄弟みたいって感じかな。
それなのに――我慢出来なかった。
「佳史はこんなとこで腐る奴じゃないだろ!」
紅茶を一気に飲み干してから叫んだ。
「まだ俺たちは若いんだよ。いくらでも。なんでもできるだろッ、なに諦めてんだ腑抜け野郎が!!!」
「あきちゃん……」
辛そうに。そして泣きそうに顔を歪めた彼の手を握りしめてそのままの勢いで言い切る。
「俺に出来ることあるなら、なんでもするからッ!!!」
「言質とった」
「え…………?」
その瞬間、身体の力が抜けた。
「え、え、え」
やばい。ソファに倒れ込んで動けない。なんで?
なにがあった? なに? な、に??
「あきちゃんはほんと優しいよね」
革張りのソファがきしんだ。
穏やかな笑みを浮かべた幼なじみの顔が覗き込む。
「じゃあさ――」
この後にいわれた『出来ること』に俺は目を見開いた。
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