子連れ冒険者の受難クエスト

田中 乃那加

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赤き流浪の冒険者

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「……本っ当に、すまなかった!!!」
「別に気にしてねぇよ」

 勢いよく頭を下げたルイトに、男は小さくうなずいた。
 ここは酒場――とはいっても行きつけのところではない。
 彼は娘を血なまこになって探していたルイトの、恩人となったのだ。
 酒の一杯でも奢らなければ気がすまないだろう。

「君のおかげで娘が助かった」

 しみじみとため息をついて、酒を飲み干す。

「俺は何にもしてねぇ。むしろあのガキが……失礼。アンタの娘が、ふところに飛び込んできたんだぜ」

 男が言うには。同じくクエストに挑んでいると、突然ある者たちが現れたらしく。
 
「ありゃあ妖精だ」
「妖精? まさか!」

 この世界において、妖精という存在はまさに不確定なおとぎ話となっている。
 人々が神や悪魔をいるとかいないとか言うように。
 もちろん蝙蝠や鳥のような羽を持った有翼種族はいるが、神や悪魔のつかいであるのは間違いだ。
 あくまでいくつもの進化の結果であり。神も悪魔も、いるかいないか貴方次第の架空の存在。
 妖精もそのひとつで、いにしえにはいたとされる自然に宿る魂だ。
 火や水、木にいたるまで。
 様々な形をとった彼らは、我々を見守っているといわれている。

「透き通っていて綺麗な少女たちがな、赤ん坊を俺に投げてよこすんだ。それが、アンタ娘だった」
「そんな……夢みたいなこと」
「信じるか信じないかは知らんが、とにかく俺はそれを受け取って親を探してただけだ」

 にわかには信じ難い話だが、この男が幼児誘拐の犯人ではなさそうだ。
 すっかりご機嫌で与えられた魔物の骨で遊ぶルシアをひざに抱き、ルイトはため息をついた。

「とにかく礼は言う。娘を送りとどけてくれてありがとう」
「こちとら仕事中に、ガキの相手はしてられねぇからな」
「君も冒険者か」

 見た目から察しはついていたが、いかつい姿とそれなりの装備から。割と上位ランクだと見て取れる。
 しかし。

(僕が知らないとは)

 広いようでいて狭い業界。
 下位ランクであればいざ知らず、ひとにぎりの者たちの顔は知れ渡っているはずなのに。
 するとそんな彼の思考を、読みとったかのように。

「俺はフリーランスでな。この前まで、隣国にいた」
「ああ、なるほど」

 この国のギルド登録してない者。多くが旅人だったりワケありだったり。
 男は、自らの一抱えもある大剣に視線を移すと。

「極東の国にもいた事があってな、コイツはその時に手に入れた相棒でよ」
「ふぅん、なかなかのモノだな」
「わかるか」
「……わかるさ」

 前まで持っていたのも、背中に背負うタイプの剣であった。
 当分使わないから、と宿の部屋の片隅に立ててあるそれを一瞬だけ恋しく思う。

(おんぶ紐してたら使えないからなぁ)

「アンタのもなかなか重いだろう。立ち回りが大変じゃないのか」
「僕はあまり、動き回るのが好きでなくてね」

 嘘だ。本来なら相手の隙をついた、軽快な動きで翻弄するのが得意。
 そこに魔法攻撃を織りまぜていくのが、本来の彼のスタイルだったのだが。

「こんな細腕で、頑張ってるのだな」
「!!!」

 いきなり腕をつかまれて手首にキスを落とされた。
 とっさの事で拒絶おろか、反応すら出来ずポカンとしてしまったが。

「っ、な、なにすんだ!」

 あわてて手をふり払い、声をあげる。すごく自然な仕草であるのと、男の容姿に一瞬心臓が跳ね上がったのだ。

(こ、こいつ)

 ありたいていに言えば、絶世の美男子か。美丈夫、とも言うべきか。
 とにかく整った顔。濃く雄々しい眉毛の下のまつ毛は、女たちが羨むほどに長い。
 すっ、ととおった微量は高く。高貴さすら感じた。
 どこか涼し気な雰囲気の目鼻立ちに比べて、唇はふっくら厚く色っぽい。
 いかつい身体に反して、その、容姿はなかなか甘かったのだ。

「ン? 顔が赤いな。熱でもあるのか」
「その返しっ、ワザとにしてもあざとすぎるぞ!!」

 グイグイ距離をつめていく男に、思わず熱くなった顔色を必死で隠しながら叫んだ。
 
「俺にはよく分からんが?」

 よく分からないのはルイトも同じだった。馴れ馴れしく触ってこられるのは、もうすでに慣れてるはずだった。
 そりゃイヤだし不愉快だが、肘鉄の一つや二つで黙らせることも可能のハズなのに。

(なんか、変だ)

 男のその瞳。少し琥珀色がかった深いみどり。エメラルドグリーンといえばいいのか。
 ジッとそそがれる視線にまるで炙られたような、熱がこもる。

「おい。どうした」
「っな、なんでも、ない」

 男前なら今までいくらだって見てきた。よくちょっかい出してくるランスだって、顔だけみれば相当のものだ。だが、この男のはレベルが違う。
 ガチガチの肉体ともあいまって、まるで神がつくりたもうた芸術品にさえ見えるのだ。
 
「ママぁ~。おなか、しゅいた~」
「えっ……あ、ああ。そうか。腹、減ったのか」

 ――娘の声で我に返る。
 気がつけば心配そうに見下ろす男と、口をとがらせてグズる娘。
 自分はなにをしていたのか。かなり長い時間、ボーッとしていた気がしていたが周りの客や店員は特になんの反応も示していない。
 ほんの数秒の事だったらしい。

「本当に大丈夫か、アンタ」
「だ、大丈夫だ。すまない、少し考えごとをしていた」
「ならいいが……」

 男は眉間にしわをよせ、少し考え込む顔をする。
 
「ママぁぁぁっ、おなか、しゅいたぁぁぁ」
「はいはい。なんかたのもうか。って言っても、ここは酒場だもんなぁ」
「肉料理ならあるぜ。好きだろ」

 そして彼は返事を聞く前に、店の者に肉料理をいくつか注文した。

「おい、アンタもなんか食え」
「いや僕は……」
「ちゃんと食わねぇと、この仕事やってられねぇだろ。ここは俺の奢りだ、遠慮するんじゃねぇぜ」
「で、でも」
「うわぁぁいっ! にくっ、肉ぅ~♡」

 大喜びの娘と男の少々強引な申し出により、ルイトはうなずいた。

「すまない、あとでちゃんと支払いは――」
「……するなら身体で払ってもらう」
「!!!」

 小さな声で聞き捨てならないことを言われた気がしたが、聞き返すも心底不思議そうな表情で『どうした』なんて言われるものだから。

(き、聞き間違い、だよな?)

 念の為、剣は手放さないでおこうと思った。



※※※

 結局、支払いは折半した。
 なんせ娘の食べっぷりである。さすがの男も。

『こりゃあ手料理振舞った方がよかったかもな』

 と苦笑いするほどの。

「しかし本当にすまなかった」

 娘の恩人に、食事代まで半額出させたのだ。眉を下げるルイトに、彼は軽く首をふった。

「いやいい。誰かとメシ食うなんて、久しぶりでな。楽しかったぜ」
「そうか……?」
「ああ。お嬢ちゃんも可愛いしな」

 優しく微笑んで、満腹でご機嫌のルシアをなでる。
 
「るしあ!」
「えっ」

 小さな身体をグッとふんぞりかえらせて、小さなレディは言った。

「るーしーあっ! 」

 名前で呼べ、ということだろうか。男は一瞬驚いた顔をするがすぐにうれしそうに。

「ルシア、だな。これからはそう呼ぶ」
「あいっ!」

 完全に仲良しになったらしい。ルイトはなんとも複雑な気分だった。

(なんだこれ)

 今日あったばかりの男なのに、まるで何年も共にいた家族のような。
 それでいて愛娘を取られるような寂しさもあったり、なんとも言い難い気持ち。

「ルイト」
「!」

 娘を抱く力をほんの少しだけ強めた彼に、男は再び優しい眼差しを向ける。

「これも何かの縁だ。俺の名前、覚えているよな」
「あ、ああ」

 ――リュウガ・ロウ、と男は名乗った。
 聞きなれぬ発音を不思議に思ったが、彼いわく東にある異国が故郷とのこと。
 とりあえずリュウガ、と呼ぶことにした。

俺の手料理を楽しみにしてな」
「今度って、そんなわけには――」

 これ以上、同業者の男に借りをつくるなんてよろしくない。当然、丁重に断ろうと口を開けば。

「な? ルシア」
「にくー! にくー!! るしあ、にく、すきー!!!」
「よしよし。色んな種類の肉、焼いやるぞ」
「うっひょぉぉぉっ! にくっ! にくぅぅぅっ!!!」

(ちょっ……えぇぇぇ)

 すっかり肉と、この美形に夢中になった愛娘を前に顔をひきつらせて絶句するルイトであった。
 

 
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