子連れ冒険者の受難クエスト

田中 乃那加

文字の大きさ
17 / 33

新米冒険者達と奪還の序章

しおりを挟む
 
※※※

 ベッドの上でむくれている少年を、男が優しく抱き寄せた。

「この嘘つきめ」
「なんのことかな」
「とぼけるな――ああっ、ん!?」

 後ろから首元に口付けひとつ。それであっさり、色の混じった声をあげる。
 そんな彼が、愛しくて仕方がない。男は笑みを深めた。

「今日も中に出してくれなかった」
「ほう? それはなかなかの殺し文句だな」
「バカにするな」

 たくさん抱き合い、交わりあったのに。胎内に子種を残さなかった男を恨む可愛い恋人。いや、幼妻というべきか。

「君の子を孕みたいのに」
「これ以上、俺を興奮させるんじゃねぇよ。腹上死しちまう」
「すりゃあいいんだ。君なんて、僕に殺されればいい」

 いつになく思い詰めた声に、男の胸が痛む。
 分かっていた。彼の望むことも、それを与えることは今では無いということも。

「そしたら最期、その目に映すのは僕だけだ」
「やれやれ。たまらねぇな」

 まだ若いというより幼い彼を、自分に縛り付ける罪悪感がないと言えば嘘になる。
 しかしそれ以上に、誰にも渡したくないというドス黒い独占欲。

「そんなことを言うと、本当に孕ましちまうぞ」
「だから僕はそれを望んで――」
「この平らな腹が、膨らんでいくんだぜ? 身体もすっかり作り替えねぇとな」
「……」

 少年は黙り込み、そっと唇を震わせた。
 男はそれを怯えによるものだと思ったが、ふっくらとした頬がわずか赤らんでいた事に気がついていない。

「俺のメスになるんだろう? 
「僕……」

 少しいじめすぎたか、と大きな手で小さな頭を撫でる。
 子供扱いするなと言いながらも、擦り寄せて来るまるで猫のような仕草がまた愛らしい。

「急がなくていい」

 男は優しく言った。

私の、愛しい妻よшу ξΙΓεСтδβ

 異国の愛の言葉は、甘く呪詛を吹き込む。
 


※※※

「――大丈夫ですかっ!」

 身体を揺さぶられる感覚に、ようやく意識が浮上した。

「ルイトさんっ、聞こえますか!? ルイトさん!」
「うぅ」
「よかった。気がついたみたいだ。イゼベル、もっと回復魔法かけてあげて」

 少年たちの声と、バタバタとした雰囲気。ルイトは、薄ら目を開けた。
 柔らかいとはいえないが、ベッドの上に見下ろした三人の少年少女達がジッとこちらをうかがっている。

「き、君たち、は……」

 まだ幼さを残す顔は、どこか見覚えのあるもので。しかし、どうも頭がぼんやりして思い出せない。

「お忘れかもしれませんが。ボク達、以前貴方に助けて頂いたんです」

 それは若い冒険者達だった。
 いでたちから見れば、剣士と魔法使い。あとは聖職者ヒーラーだろうか。彼の足元にひざまずいて、回復魔法を唱える白い服を着た少女。
 そこでようやく思い出した。
 以前、ベテランの武器商人にぼったくられかけていた新米冒険者たちだ。
 あれからたまに姿を見ることがあって、どうやら懲りずにこの町にとどまっているようだと少し安堵した記憶がある。

「ああ、あの時の……」
「おかげでボクたち、少しはマシな仕事ができるようになったんです」

 満面の笑みの少年を前に、未だ状況を整理できないルイトは視線をめぐらせた。

「で、ここはどこなんだろう。あのキメラは――」
「安心してください、そいつは倒しました。あと通報したので、今頃ちゃんと国の研究機関が検体として引き取っているはずです」
「そうなのか」

 なんと全良な冒険者だろう。
 通常、合成魔法キメライドを行うには国の認可が必要だ。
 そうでないと、自然界には存在しないキメラ達が溢れてしまう。それらが生物兵器として使われる可能性も充分にあるのだ。
 国の規制対象になるのは、当たり前だろう。

「なぁ君たち。男は――赤髪の男は見なかったか」
「男、ですか?」

 彼らは顔を見合せた。
 ランスは一体どこへきえてしまったのか。剣を突きつけた瞬間の、怒りと悲しみと狂気にまみれた表情を思い出す。

「ルイトさん、無理しないでください。体力の消耗がすごく激しかったんですから。あ、ここはボクたちが常宿にしてる部屋です。安心して、休んでくださいね」
「ありがとう。君たちのおかげで助かった」

 この若き救世主たちがいなれば。とっくの昔にモンスターの苗床か、その前に首を切り落とされ殺されていただろう。

「イゼベルが『小さな子供の泣き声がする』って言い出したんです。それで辺りを探したら、すごく強い結界がはられた空間があって」

 イゼベル、とは白衣の聖女のことらしい。
 立ち上がりはにかんだ笑みを浮かべて、頭を下げる。大きな瞳は琥珀色で、どこへ出してもよさそうな美少女だった。

「わたし、耳だけはいいんですよ。でも、トマスが結界を壊してくれたから」
「へへへっ、よせやい」

 照れたように頭をかく少年は、魔法使いらしい。つり目で背が低く。一見すれば勝気な美少女にも間違われそうだが、明る勝気な性格なのは見て取れた。

「シモンが、あの怪物ぶった切ってくれてスッとしたぜ。なんせルイトさんを――」
「トマス!」
「あ、わりぃ」

 慌てて声をかけるシモンという少年に、気まずそうな若き魔法使い。
 それだけ発見された状況が凄惨だったのだろう。なんせ魔物の体液まみれで、卵を産み付けられそうになっていたのだ。
 冒険者として、そして男性としての精神的ダメージは計り知れない。

「いいんだ、大丈夫。君たちに助けてもらったのだから――で、娘はどこにいるんだ」
「娘?」

 ふたたび怪訝そうに視線を交わす三人。ルイトの顔色がサッとかわった。

「ち、小さな女の子がいただろう? 僕が抱きしめていたはずだ。赤い髪の可愛い、娘が……なぁっ、ルシアはどこにいるんだッ!?」
「ルイトさんっ、落ち着いてください!」

 心臓が冷たいモノに押しつぶされるように痛む。
 あんなに、腕を離してはならないと頑張っていたのに。愛しい体温がどこにもないことに、気が狂わんばかりの焦燥と絶望。
 彼らはそんな取り乱して泣き叫ぶルイトを、必死で押しとどめる。

「娘が……っ、ルシアがいないんだ。僕の大事な娘……あの子はどこなんだ……探しにいかなきゃ……」
「ルイトさん。大丈夫です、大丈夫だから気を確かに」

 剣士シモンが、ベッドから飛び降りようとする身体を抱く。

「今はまず休んでください。ちゃんと、見つけだしますから!」
「そんな……僕の……待ってる、あの子は待ってるんだ……」

 ハラハラと涙がこぼれる。
 命にかえても守りたかった娘。まさかあのモンスターの腹の中ではないか。それとも――。

(ランスが。あいつが、僕の娘を)

 広がる疑惑はすぐさま、ドス黒い憎しみの感情となって心を染める。
 涙を乱暴にぬぐい、虚空を睨みつけた。

「ルイトさん。わたしたちも、一緒に娘さんを探しますわ!」
「そうだぜ。今こそ、困ってる人を。そして恩義をかえさなくっちゃあな!」
「君たち……」

 溌剌はつらつとした少年少女たちの表情をみて、彼は一筋涙をこぼす。

『ありがとう』

 という言葉は、小さなつぶやきとなって消えた。
 
 
 

 


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

俺の居場所を探して

夜野
BL
 小林響也は炎天下の中辿り着き、自宅のドアを開けた瞬間眩しい光に包まれお約束的に異世界にたどり着いてしまう。 そこには怪しい人達と自分と犬猿の仲の弟の姿があった。 そこで弟は聖女、自分は弟の付き人と決められ、、、 このお話しは響也と弟が対立し、こじれて決別してそれぞれお互い的に幸せを探す話しです。 シリアスで暗めなので読み手を選ぶかもしれません。 遅筆なので不定期に投稿します。 初投稿です。

【完結】この契約に愛なんてないはずだった

なの
BL
劣勢オメガの翔太は、入院中の母を支えるため、昼夜問わず働き詰めの生活を送っていた。 そんなある日、母親の入院費用が払えず、困っていた翔太を救ったのは、冷静沈着で感情を見せない、大企業副社長・鷹城怜司……優勢アルファだった。 数日後、怜司は翔太に「1年間、仮の番になってほしい」と持ちかける。 身体の関係はなし、報酬あり。感情も、未来もいらない。ただの契約。 生活のために翔太はその条件を受け入れるが、理性的で無表情なはずの怜司が、ふとした瞬間に見せる優しさに、次第に心が揺らいでいく。 これはただの契約のはずだった。 愛なんて、最初からあるわけがなかった。 けれど……二人の距離が近づくたびに、仮であるはずの関係は、静かに熱を帯びていく。 ツンデレなオメガと、理性を装うアルファ。 これは、仮のはずだった番契約から始まる、運命以上の恋の物語。

出戻り王子が幸せになるまで

あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
初恋の相手と政略結婚した主人公セフィラだが、相手には愛人ながら本命がいたことを知る。追及した結果、離縁されることになり、母国に出戻ることに。けれど、バツイチになったせいか父王に厄介払いされ、後宮から追い出されてしまう。王都の下町で暮らし始めるが、ふと訪れた先の母校で幼馴染であるフレンシスと再会。事情を話すと、突然求婚される。 一途な幼馴染×強がり出戻り王子のお話です。 ※他サイトにも掲載しております。

過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます

水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。 家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。 絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。 「大丈夫だ。俺がいる」 彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。 これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。 無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!

虐げられた令息の第二の人生はスローライフ

りまり
BL
 僕の生まれたこの世界は魔法があり魔物が出没する。  僕は由緒正しい公爵家に生まれながらも魔法の才能はなく剣術も全くダメで頭も下から数えたほうがいい方だと思う。  だから僕は家族にも公爵家の使用人にも馬鹿にされ食事もまともにもらえない。  救いだったのは僕を不憫に思った王妃様が僕を殿下の従者に指名してくれたことで、少しはまともな食事ができるようになった事だ。  お家に帰る事なくお城にいていいと言うので僕は頑張ってみたいです。        

優秀な婚約者が去った後の世界

月樹《つき》
BL
公爵令嬢パトリシアは婚約者である王太子ラファエル様に会った瞬間、前世の記憶を思い出した。そして、ここが前世の自分が読んでいた小説『光溢れる国であなたと…』の世界で、自分は光の聖女と王太子ラファエルの恋を邪魔する悪役令嬢パトリシアだと…。 パトリシアは前世の知識もフル活用し、幼い頃からいつでも逃げ出せるよう腕を磨き、そして準備が整ったところでこちらから婚約破棄を告げ、母国を捨てた…。 このお話は捨てられた後の王太子ラファエルのお話です。

処理中です...