闇堕ちの魔女は案外人気があるようです

里音ひよす

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「時間より早めに呼び出されるなんて思わなかったけれど、まぁいいわ。私にどんな手助けが必要なのかしら?楽しいことだといいんだけど」
 「ちょっと変な奴に絡まれてしまって困っています」
 「変な奴?」
 「はい。破魔の剣を帯剣してる男なんですが、変な気配がします。その男がエレナ様につきまとうように我々の気配を探そうとしています」
 「だから早めにここへ来たのね」
 「ここはマダム・リリーの御用達の店なので、試着室は人に紛れている魔人でも元の姿に戻っても大丈夫なセーフティエリアになっていると教えられていたのでここに来ました」
 「試着の時くらいはゆっくり元の姿に戻りたいって子達の希望で作ったお店だからね。中に入れば気配を絶つ事は出来るけれど外でその変な男がウロウロしてるんじゃここから出れないわね」
 「エレナ様は人族なので強い魔力の気配は出てませんが、早めに何とかしたくてマダム・リリーにお願いしたいんです」

 「破魔の剣を持っている者だとすれば気を付けたほうがいいわね。私達からすればそんなの迷惑な存在だし、魔王の養い子の周りをウロチョロされたらエレア様の警備に当たるのって魔族だし騒ぎになりかねないわね」

  「元の髪色が淡い金髪だったけれど、髪色が変わると印象がだいぶ違うわね」
 マダム・リリーに指定されている髪色はライラの色でゲームの中ではライラを際立たせるためにピンクブロンドの髪色の者は登場しなかったが、実際にこの世界を見回すとたまにピンクブロンドの髪色の者もいる様子で、特別な髪色というわけではなかった。

 「この色は今リザルドに来ている聖女ライラの髪色なので、この髪色にするのは目立って危険じゃないですか?」
 「ええ知ってるわ。あの子が王都内をウロウロしていたから近くで観察させてもらったけれど全くダメだったわね。もう王宮に戻ってるみたいだし王都に来る気はないみたいよ。王妃が他国の有能な聖女が来るからって取り巻きの貴族達にベラベラ話してたのよね。王太子の側妃にするつもりだって吹聴していたもんだから、そこから貴族の家やその使用人に広まって出入り業者や王都の住人にも救いの聖女がやって来るって期待されてたのに全然でしょ。市民は聖女不足で困ってて期待していたのに何にもしないもんだから少しの間王都の住民の期待に応えてくれてもいいのにね」
 「聖女ライラのフリをするって事ですか?」
 「その名前を名乗る必要はないわ。ただその恰好でほんの少しの間治療院で治療をして欲しいの」
 「治療は出来ますが、少しの間だと治療が必要な人に治療が行き渡らないんじゃないでしょうか?」
 「ええ、そうね。でも治療を必要な人達全てに私が何かをするつもりはないわ。本来は聖女をしっかり管理する神殿が機能不全に陥っているから聖女が居なくなっているのよね。私は別に出来る限りの人を治療して欲しいってわけじゃないの。目的を達成する為だけに、少しの間治療院を開くだけ、あとどうしても治療して欲しいうちの娘がいて私達じゃどうしようもないから貴女にお願いしたいのよ」

 マダム・リリーが従業員を大切にしていることはわかった。
 親身になって世話をしているのか、マダム・リリーの側に仕える女性達も使用人として仕えている以上の信頼の目を向けている。

 「私は本格的に誰かの治療をしたことがないのですが」
 「うちには力は少ないけれど聖魔力を使っての治療が出来る者がいるから、もし貴女が必要だと思うのならうちの娘達の誰かが教える事は出来るわ」

 マダム・リリーのもとには聖女がいるのだろう?
 でもその人達では治療が難しい何かをエレナに頼ろうとしている。
 魔王城の奥底に匿っておく予定のエレナを魔王に頼んで呼び寄せることが出来る魔族ということは目の前の妖艶な女性は相当な実力者なのだろう。
 
 「マダム・リリー!このお店の服って貰っちゃってもいいんですか?」
 呑気そうなレシーの声が店の中に飾ってあるドレスコーナーから聞こえてきた。
 「いいわよ。好きなのを選んで頂戴。その代金分はいろいろ働いてもらうけれどいいかしら?」
 「えっ!それはいいです!だってマダム・リリーは尻の毛まで毟り取るってアレン様が言ってましたヨ」
 「当たり前よ。何で同じ魔族だからって無償だと思うのかしら、私は無償って言葉が大嫌いなのよ。あぁもちろんだけど今回協力してもらうことに対してはお礼ははずむつもりだから仕事として働いて欲しいの」

 仕事としてエレナに依頼する為にライラが滞在している王都に呼び寄せるとは危険なことだろうが、マダム・リリーは特に気にしていない様子だった。
 「魔王が貴女の為に時間をほんの少し操作したって話は聞いているし、それなりに私も貴女を守るつもりだからね」
 「時間を遡らせてしまってご迷惑おかけしています」
 「あら、迷惑だなんて、少しくらいの時間であれば大きな問題にはならないわ。多少は変化があるかもしれないけれど夕飯に食べたいメニューが変わる程度の変化しかないんじゃないかしら?大抵の人にとって毎日って特に変化のないその程度の事でしょ。ただし貴女の命があそこで途絶えていたら魔族達は困っていたから時を遡らせてこういう穏やかな日が続くほうが良かったわねって思うわけなの」
 それに私は毎日楽しく暮らして来るから、また楽しい時間を過ごすことが出来て二倍楽しかったって事ねと朗らかに笑うマダム・リリーは気にしていない様子だった。

 マダム・リリーはライラの能力を実際に近くで見に行き、そこらら能力を読み取っての自信だろうが、聖魔力はアリス姫やエレナに比べてライラのほうが高いはずだ。
 絶対に危険な目にエレアを合わす事がないよう注意していると言われ、エレアはその言葉を信じる事に決めた。
 ライラにエレアかアリスを奪われると魔族にとっては困ることになるという認識は重ねて説明しての事だった。

◇◇◇


 『マダム・リリーの秘密の薬箱』とは様々な薬草を薬師が調合して販売している店で10年程前にマダム・リリーがちょっとした副業として始めた店だった。
 
 「私も社会貢献しなきゃ」
 とオープンした小さな店だったが、店の商品陳列棚の品数はあまりないが風邪薬といったリザルドで一番冬に求められている薬は用意されている。
 冬の厳しいリザルドでは口コミで広がったマダム・リリーの薬は出稼ぎ労働者が故郷の子供の身を思いやって購入する者が徐々に増えていて、マダム・リリーの秘密の薬箱の人気商品の1つである。
 マダム・リリーの風邪薬の成分の大半は滋養に効くもので、冬に栄養失調となり体に不具合がおき風邪をひくリザルドの子供達の状態をよく知っての事だった。

 店は古い雑貨屋だった店をそのまま買い取り、リフォームせずに雑貨が置かれていた棚までもそのまま使用している。
 商品が良ければ店の外側はどうであろうが気にならないとマダム・リリーがそのままにしているのだ。
 店の裏側には1人が通れるがやっとの路地があり、向かい側に従業員寮として使っている建物があるが、そちらのほうが余程立派な建物だった。
 この店にはマダム・リリーが娼館にと買い取った女性が娼婦としては使い物にならない場合には、他店へ転売するよりは自分の所で使い切ることを目的として接客させている。
 なので見目麗しい女性が日替わりで店頭に立っていて、小さい店ながら利用客は思ったよりも多かった。
 洋装店からこの店まではマダム・リリーの専用の馬車で移動するため誰にも見られることなく安全に移動することが出来た。
 建付けの悪いドアを苦心して御者が開けてくれマダム・リリーが先に店内へと入っていった。
 「今戻ったわ」
 マダム・リリーは店員が反応するよりも先に声をかけた。
 「この店の責任者はユリアなんだけど、今は臥せっているのよ。ユリアの分もマリーが頑張って接客してくれているのよマリー売り上げはどうかしら?」
 「お帰りなさいませマダム・リリー。サムル王国からの親善団が来てくれたおかげで歓迎会に参加する貴族も増えて薬のほうも上々の売り上げです」
 「儲けさせてもらえるわね、入口の立てつけは丁度いいわね」
 あの入るのに苦労するドアの事をマダム・リリーは丁度いいと告げた。
 「王都の貴族が増えるって聞いたので急いで立てつけを悪くしました。入るのに苦労してる間に値段表を高い値段の物に変えてますが私の独断でしたのですが良かったですか?」
 「ええ、それでいわ。取れるところからはジャンジャン取っていきましょう。高いなんて値切る奴がいればうちのは高級品ばかりなのでお気に召しませんでしたか?って言っといて」

 なんだか聞いてはいけない会話なのでエレナは少し店内を見るフリをした。
 滋養強壮の薬が数種類置かれている以外には『熱い夜にはこれ!!』と書かれた店のメイン商品がずらりと並び、マダム・リリーのメインの事業が娼館なので娼館に来る客の財布をここから狙っているのだろう。
 娼館街に入る手前にもマダム・リリーの経営する花屋があり、利用する客が花を買って娼婦に贈れるよう財布の中を娼館に入る前から少しずつ狙っているのだ。
 花屋の店員も娼館に見習いで入っている少女を使っていて、まだ客を取る年齢ではない少女達の顔を売り、ゆくゆくはその少女達がデビューした際に客として訪れたくなるような接客をさせているところが抜け目ない。
 
 レイルはこのマダム・リリーの所でいったいどんな仕事を与えられていたのだろうか。
 魔族なのにどっぷりと人間の世界に染まり金儲けに勤しんでいるマダム・リリーは美しいがコロコロと変わる表情を見れば魔族とは到底思えなかった。

 「ユリアはどうしてるかしら?」
 「今はお馴染み様がお見舞いに参られてます」
 「そう、無理はしていない?」
 「はい。久しぶりにお馴染み様の顔を見れて幸せだとおっしゃってました」
 「それは良かったわ。その後にユリアの予定はどうかしら?」
 「次のお馴染み様のお見舞いのご予約が入っています」
 「相変わらず人気者ね」
 「はい。お見舞いだけでもかなりの人数が予約されてますので」
 「ユリアに負担がないように配慮してあげてね」
 「それはもちろん。お1人様10分以内とさせて頂いています」

 裏の扉から高級そうな服装の老紳士が店へと入って来た。
 老紳士はマダム・リリーに気付いた様子で心配そうな表情で話しかけてきた。

 「おお、マダム・リリー今日相変わらずお美しい、今日はこちらにおいでだったのですね」
 「ええ、ユリアの事が心配で毎日様子を見に来てますのよ」
 「ユリアはお見舞いに来てくれるだけで嬉しいというが、これを・・・」
 そう告げながら老紳士は財布から金貨を数枚取り出した。
 「ユリアに必要な物をこれで買ってやって欲しい。私からだとは言わなくていいから」
 「まぁ、ありがとうございます。ユリアの為に使わせていただきますわ」
 「ユリアの優しさで私も嫌されているんだ。このくらいのことは何でもない」
 老紳士はそう話しながら表側の立てつけの悪いドアをガタガタと開けてもらってから帰っていった。
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