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ミユキの最後通告
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ミユキは、私の手当てをしていた使用人から冷えた布を受け取り、私の顔に当ててくれる。
「う・・・」
布の冷たさが沁みてきた。
「私を庇うなんて、余計なことを。はめられたとはいえ、私が招いたも同然なんです。お叱りは、私こそ受けねばならないのですよ」
ミユキは、眉を顰めてそう言う。
そんなこと言わないで、ミユキ。
咄嗟に体が動いてしまったのよ。
あなたを守りたかっただけ。
さっきからモヤモヤと身の内で疼く不愉快さを持て余しながら、ミユキに謝った。
「私こそ嫌なことして、ごめんなさい。
やっぱり、これ以上あなたを嫌な目に合わせる前に私は帰るわ」
ミユキはため息をつくと、小声で言った。
「違います。私を守ろうとされたことは、わかっているんです。それは・・・ありがとうございます。余計でしたけど。問題は、あなたの態度です」
ミユキの目に、暗い火が灯る。
諦めと、失望の色。
「あなたは、いつもそう。
悪いことが起きると、自分を悪者にして、思考停止したあげくに謝罪して引きこもる。
いつまで、あなたを苦しませて喜ぶ人たちの言いなりになるつもりなんですか?」
そう言いながら、ぬるくなった布を一振りして魔法で再び冷やし、私の顔に当て直す。
「ミユキ・・・」
「あの人たちの罠にはまったんですよ?
悔しいと思わないんですか?怒りは湧いてこないんですか?」
「悔しい?怒り?」
「そうですよ。ファイ様の婚約者は、スノウティ様ではありません。あなたなのですから。戦うんです」
「た、戦う?」
ベロジュたちと戦うと考えただけで、私は震えた。そんなことできるわけない・・・私がベロジュとスノウティに敵うわけがない。
スノウティは子供の頃から美しくて、だれからも愛される姫だった。習い事も社交も、大人が教えることがないほど出来が良くて。
ベロジュは完璧主義者で、教育係だった時は、私にも完璧さを求めてきた。
でも、私はスノウティみたいに器用じゃない。
子供時代の大半は、ベロジュのため息と叱責ばかり聞いていた気がする。
私はどんどん萎縮して、何をするにも失敗ばかり繰り返すようになった。
やがてベロジュは、そんな私を寝室に閉じ込めるようになる。
出てきてはいけない。今日は悪い日だからと。
『私まで悪い日に巻き込まれるのはごめんです』と。
その後ベロジュは、スノウティの教育係に変わった。
スノウティは、ベロジュの要求するものを全てこなして、ベロジュを喜ばせた。
王宮のみんなは、スノウティばかりを褒めて、私をあまり見なくなった。
初恋の人も、当たり前のようにスノウティを選んだ。
私は教育係が変わり、やっと少しずつ色んなことができるようになっても、
『今更ですか?』
『スノウティ様は、もうすでに他のこともおできになれます』
『舞踏会の華はスノウティ様ですね!あ、申し訳ありません。そこにいらっしゃったんですね、アイスリー様』
こんな声しか耳に届かなくなった。
王と王妃、つまり私の両親も、目に見えて周囲から賛辞を浴びるスノウティに私が勝てないことを悟り、何も期待しないと言った。
私・・・見捨てられたんだ。
そんな出来損ないの私に、怒ったり悔しがる資格はない。
・・・諦めたら楽だもの。
だけどそんな私を、ミユキだけは認めてくれていた。
「あなたは、悪くないんです」
ミユキが語気を強め、私の目を見る。
ミユキは、賢くて強い。そして自信に溢れてる。
「あなたが私ならよかったのにね。周りを一度も失望させることのない、完璧な姫になれたでしょうに」
そう、代われるものなら代わりたい。
ミユキならきっと、なんでも・・・。
あれ?
ミユキの目が、悲しそうに潤んでいる。
「また、そうやって・・・!
悔しいです。ここまで洗脳されてるなんて」
そう言ってミユキは、目を閉じて唇を噛んだ。
「洗脳?」
私が聞き返すと、ミユキは目を開いて、少し遠くでスノウティとヒソヒソ話しているベロジュを見たあと、私を見つめ直す。
洗脳・・・どういうこと?
ミユキ、私はベロジュに洗脳されてるの?
「ファイ様との出会いをきっかけに、あなたを思い込みから自由にしてあげたかったのに」
ミユキはそこまで言うと、声を震わせて小声ではなく普通の声になった。
「では、帰りましょう。
一生そうやって、二人の影に怯えて寝室にこもって暮らしてください。
私は宮廷女官長様に従い、あなたの侍女も今日限りで辞めます」
ミ、ミユキ・・・そんな!
「ありゃりゃ!!
ついにミユキちゃんまで、アイスリー様を見放すのぉ?ひひひ、アイスリー様、やっぱりアタシしかいなくなりますねぇ?さあ、いらっしゃい・・・えぇ!?」
高笑いするフローズリーは、今度はお尻に火がついていた。
慌てて床に尻餅をついて、消している。
さっきから一人で何してるの、この人。
でも・・・。
やっぱり今日は悪い日。
ついにミユキまで失う日。
「あなたまでいなくなるの?
部屋に籠もっても、それは変わらないの?」
ミユキは頷く。
一人ぼっちになっちゃう。
ファイ様もミユキも、スノウティたちに取られる。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
読んでくださってありがとうございました。
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※この物語はフィクションです。表現や人物、団体、学説などは作者の創作によるものです。
「う・・・」
布の冷たさが沁みてきた。
「私を庇うなんて、余計なことを。はめられたとはいえ、私が招いたも同然なんです。お叱りは、私こそ受けねばならないのですよ」
ミユキは、眉を顰めてそう言う。
そんなこと言わないで、ミユキ。
咄嗟に体が動いてしまったのよ。
あなたを守りたかっただけ。
さっきからモヤモヤと身の内で疼く不愉快さを持て余しながら、ミユキに謝った。
「私こそ嫌なことして、ごめんなさい。
やっぱり、これ以上あなたを嫌な目に合わせる前に私は帰るわ」
ミユキはため息をつくと、小声で言った。
「違います。私を守ろうとされたことは、わかっているんです。それは・・・ありがとうございます。余計でしたけど。問題は、あなたの態度です」
ミユキの目に、暗い火が灯る。
諦めと、失望の色。
「あなたは、いつもそう。
悪いことが起きると、自分を悪者にして、思考停止したあげくに謝罪して引きこもる。
いつまで、あなたを苦しませて喜ぶ人たちの言いなりになるつもりなんですか?」
そう言いながら、ぬるくなった布を一振りして魔法で再び冷やし、私の顔に当て直す。
「ミユキ・・・」
「あの人たちの罠にはまったんですよ?
悔しいと思わないんですか?怒りは湧いてこないんですか?」
「悔しい?怒り?」
「そうですよ。ファイ様の婚約者は、スノウティ様ではありません。あなたなのですから。戦うんです」
「た、戦う?」
ベロジュたちと戦うと考えただけで、私は震えた。そんなことできるわけない・・・私がベロジュとスノウティに敵うわけがない。
スノウティは子供の頃から美しくて、だれからも愛される姫だった。習い事も社交も、大人が教えることがないほど出来が良くて。
ベロジュは完璧主義者で、教育係だった時は、私にも完璧さを求めてきた。
でも、私はスノウティみたいに器用じゃない。
子供時代の大半は、ベロジュのため息と叱責ばかり聞いていた気がする。
私はどんどん萎縮して、何をするにも失敗ばかり繰り返すようになった。
やがてベロジュは、そんな私を寝室に閉じ込めるようになる。
出てきてはいけない。今日は悪い日だからと。
『私まで悪い日に巻き込まれるのはごめんです』と。
その後ベロジュは、スノウティの教育係に変わった。
スノウティは、ベロジュの要求するものを全てこなして、ベロジュを喜ばせた。
王宮のみんなは、スノウティばかりを褒めて、私をあまり見なくなった。
初恋の人も、当たり前のようにスノウティを選んだ。
私は教育係が変わり、やっと少しずつ色んなことができるようになっても、
『今更ですか?』
『スノウティ様は、もうすでに他のこともおできになれます』
『舞踏会の華はスノウティ様ですね!あ、申し訳ありません。そこにいらっしゃったんですね、アイスリー様』
こんな声しか耳に届かなくなった。
王と王妃、つまり私の両親も、目に見えて周囲から賛辞を浴びるスノウティに私が勝てないことを悟り、何も期待しないと言った。
私・・・見捨てられたんだ。
そんな出来損ないの私に、怒ったり悔しがる資格はない。
・・・諦めたら楽だもの。
だけどそんな私を、ミユキだけは認めてくれていた。
「あなたは、悪くないんです」
ミユキが語気を強め、私の目を見る。
ミユキは、賢くて強い。そして自信に溢れてる。
「あなたが私ならよかったのにね。周りを一度も失望させることのない、完璧な姫になれたでしょうに」
そう、代われるものなら代わりたい。
ミユキならきっと、なんでも・・・。
あれ?
ミユキの目が、悲しそうに潤んでいる。
「また、そうやって・・・!
悔しいです。ここまで洗脳されてるなんて」
そう言ってミユキは、目を閉じて唇を噛んだ。
「洗脳?」
私が聞き返すと、ミユキは目を開いて、少し遠くでスノウティとヒソヒソ話しているベロジュを見たあと、私を見つめ直す。
洗脳・・・どういうこと?
ミユキ、私はベロジュに洗脳されてるの?
「ファイ様との出会いをきっかけに、あなたを思い込みから自由にしてあげたかったのに」
ミユキはそこまで言うと、声を震わせて小声ではなく普通の声になった。
「では、帰りましょう。
一生そうやって、二人の影に怯えて寝室にこもって暮らしてください。
私は宮廷女官長様に従い、あなたの侍女も今日限りで辞めます」
ミ、ミユキ・・・そんな!
「ありゃりゃ!!
ついにミユキちゃんまで、アイスリー様を見放すのぉ?ひひひ、アイスリー様、やっぱりアタシしかいなくなりますねぇ?さあ、いらっしゃい・・・えぇ!?」
高笑いするフローズリーは、今度はお尻に火がついていた。
慌てて床に尻餅をついて、消している。
さっきから一人で何してるの、この人。
でも・・・。
やっぱり今日は悪い日。
ついにミユキまで失う日。
「あなたまでいなくなるの?
部屋に籠もっても、それは変わらないの?」
ミユキは頷く。
一人ぼっちになっちゃう。
ファイ様もミユキも、スノウティたちに取られる。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
読んでくださってありがとうございました。
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※この物語はフィクションです。表現や人物、団体、学説などは作者の創作によるものです。
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