誰が為に筆は舞う〜仙人と絵師〜時々猫 〜2

たからかた

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第二部

誰がために筆は舞う 仙界編 第四話

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大天君だいてんぐんは、紗空しゃくうの肩を叩き、
「これこれ。
お前も上仙なれば、嫉妬の感情を制御せよ。
紅葉もみじ、お前は鶴毘かくびには、未来の伴侶がいると知っていてここに来たのか?」

う、鶴毘かくびに婚約者がいることは聞いていた。

「は、はい。
聞いていました。
でも、気持ちを伝えたくて、勢いできてしまいました!」

私が正直にいうと、大天君だいてんぐんは大笑いし、紗空しゃくうは忌々しそうにこちらを見た。

「何という浅はかな女!
鶴毘かくび様!
あなたは思慮深く、控え目で美しい女性が理想だとおっしゃっていましたね!?
この女のどこが思慮深いのです?
どこが控え目なのです?」

うぅ!
そうだったんだ。
鶴毘かくびはいつもニコニコと私の話を聞いてくれるから、そんなこと思っていたなんて知らなかった。

紗空しゃくうは息継ぎをしながら、さらに続ける。
「美しさも私の方が遥かに上ではありませぬか!
いっときの感情の勢いで、こんなことをする女など、底が知れております!
学も教養もないこの女のどこが、私より勝るのです?」

噛み付く勢いで喋る紗空しゃくうに、大天君だいてんぐんは扇で口元を軽く叩く。

「そういうお前も、思慮深く控え目とはかけ離れておるぞ?
紅葉もみじとやら、その真っ直ぐな心根は若さゆえだろうが、我ら長命の仙人には眩しく、少し羨ましくもある。

我らは長い修行の果てに、そういった感情を捨て去らねばならぬのでな。
久方ぶりにこのような熱い想いを見た。
純粋な想いは、やはりいいものだな。」

そう言うと、大天君だいてんぐんはこちらに近寄ってくる。
鶴毘かくびが何かを警戒して、庇うように私を後ろに隠そうとした。

鶴毘かくびよ。
そんなにその女が大事か?」

大天君だいてんぐんは歩みを止めない。

「修行を中断し、念願の天仙へもならず、地仙のままでよいのか?」

私はその声に少し恐ろしさを感じた。

「鶴であるそなたを人間にし、昇仙させて末は天仙まで引き上げようとしたあの方の想いを、そなたは恋情を理由に踏みにじるのか?」

そこまで聞いて、私は驚いた。
えっ、鶴毘かくびは、元々人間じゃないの?
鶴だったの?

「それは、私の娘を悲しませてまで、貫くものなのか?」

鶴毘かくびの表情は見えない。
私はこの空気にたまらなくなり、

「わ、私は自分の想いは伝えました!
もう帰りますから・・・。
どうか、鶴毘かくび様を責めないでください!」

と、叫んだ。

大天君だいてんぐんは、私を見た。

「私は鶴毘かくびに聞いているのだ。
この男が半端にお前に情けをかけ、たらし込んだ結果が今この時に繋がっている。
人界に行くことを許したのは、こんなことをさせるためではなかったのに。」

た、たらしこむって・・・。
そんな言い方。

「全ては私の不徳のいたすところ。
処罰は覚悟しております。」

鶴毘かくびは静かに言った。

大天君だいてんぐんは、
「お前一人処罰して何になる。
お前は仙籍から除名だ。
元の鶴に戻り、住処すみかへ帰るがいい、
そして、紅葉もみじは置いていけ。
許しもなく桃源郷に来た罪は重い。
妖を鎮めるための生贄とする。」
と、言った。

紗空しゃくうはふふっと笑い、鶴毘かくびは声を荒げた。

「私への処罰は甘んじて受けましょう。
どうか、紅葉もみじの命はお助けください!」

さらに、場の空気が緊張する。

その時、
「にゃおん。」
と鳴き声がした。

ムゥが私たちの前に進み出て、大天君だいてんぐんを見上げる。

「これは、三毛猫の雄か?
なんと珍しい。」

大天君だいてんぐんは目を丸くする。

「猫なんぞ、なんだというのです。」

紗空しゃくうは、ため息をついた。

「みゅー、みゅー。」

ムゥはひとしきり鳴くと、空を見上げ、

「にゃおぉぉぉーん。」

と、鳴いた。

途端に桃源郷の天から神仙たちが舞い降りてきた。

ムゥは満足したように私のそばにくると、
「みゅー。ゴロゴロ。」
と、鳴きながら頭を擦り付けてくる。

神仙たちは、私たちを取り囲み、ムゥを見ると次々と跪いていく。

ええええええ?
な、なに?

鶴毘かくび大天君だいてんぐんも、紗空しゃくうも唖然としている。

大天君だいてんぐん、頭を下げよ。
天におわす、尊い方の魂がこの猫に宿っている。」

周りの神仙が大天君に語りかける。

「尊い方?」

「天尊の御髪をおろしたときに、抜け落ちる頭髪の一部が命を宿すことがある。
この猫はそうやって生まれた、いわば分身、いや、分神である。」

そう話しているのが聞こえ、まじまじとムゥを見る。
ムゥはホアーとあくびをして、そんなすごい存在には見えない。

でも、この子あの扉を開けたのよね。

紗空しゃくう大天君だいてんぐんも伏礼する。

「にゃおー。」

もう一度、ムゥが鳴き声を上げた。

「その二人を許せと仰せだ。」

別の神仙が、大天君だいてんぐんに説明する。

ええ?
わ、わかるの?
今の?

「しかし、鶴毘かくびおきてを・・・。」

「にゃうー。」

鶴毘かくびを人間にしたのは天尊のご意志。
大天君だいてんぐんといえど、処遇を勝手に決めてはならぬ、と、仰せだ。」

えええ?
い、今そんなこと言ったの?
ムゥ。

「みゅ。」

「そうだと言っている。」

こわ!
私、頭の中で考えただけなのに!

「納得できませぬ!」
そう言ったのは紗空しゃくうだった。

鶴毘かくび様のご処分のお取り消しは、よろしいかと思いますが、この女まで許されるなどと!!」

そう言うと、嫉妬の目で睨みつけてくる。
こ、怖い。

鶴毘かくび様!
この女はやがて老いて死ぬでしょう!
でも、私ならこの若い体のまま、あなたと何千何万いえ、未来永劫一緒にいることができます!」

・・・、何千何万年なんてすごい。
本当に仙人て人間と時の流れが違うんだ。
そんなに時が経ったら、私なんか白骨化してるし土に還ってなくなってるかもしれない。

鶴毘かくびと永遠を想像してたけど、こうして口に出されると私の永遠の尺度は、とても短い気がした。

「・・・、いずれ紅葉もみじが死ぬ・・・・・?」

鶴毘かくびがボソリとつぶやいた。













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