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番外編
誰がために筆は舞う 鶴毘編 第四話
しおりを挟むやっと・・・やっとわかった。
なぜここまで紅葉にこだわるのか。
彼女を心底愛していて、伴侶として定めていたからだった。
鶴は伴侶を決めると、互いに鳴き合い、羽を広げて優雅に飛んだり跳ねたりして求愛の舞いを行い、その生涯を共にする。
そして決して伴侶を変えることはしない。
私はとうの昔に鶴の習性を、無くしたと思っていた。
だが、この震えと熱い想いは、生涯の伴侶を失くすことはできないと言う鶴の本能が叫んでいたのだ。
こんなになるまで気づかないとは・・・。
「鶴毘様、私は仙人じゃないから、いつかお別れの時がきます。
でも、せめてその間だけでも好きなままでいさせてくださ・・・。」
紅葉がそんなことを言う。
嫌だ・・・。
失くしたくない。
絶対に!!
例え何をしようとも・・・!!
私は紅葉を昇仙させる決意を固めた。
彼女の人生を変えるが、ずっと同じ刻を生きることができる。
愚か者と言われようと構わない。
紅葉は私と生きていくんだ!
大天君に紅葉の昇仙を願うと、紗空様が怒り狂っていらした。
しかし、私の想いは止められない。
呆然として頬を赤く染める紅葉の手を握り、
「私はそなたのことになると、とことん愚か者だ。
これも、そなたを離したくない私の独善的な決断だ。
それでも・・・生きて隣にいて欲しい。
仙人となり、同じ刻を、私と一緒に生きてくれないか。」
そう言うと、次々と溢れてくる愛情を込めて、手の甲に口づける。
彼女も頷いてくれて、心底ほっとした。
感じていた飢えが癒やされていく。
分神のムゥが私と紅葉の命を繋げるように提案してきた。
それは、私の中に紅葉の命を取り込み、気を循環させて彼女の体を仙人と変わらぬ肉体に作り替えることを意味する。
ただ、これは命を取り込む際に、気の均衡が取れねば難しい技だ。
天仙の気をもってしないと、人間である紅葉の命を吸い上げた時に、紅葉の体に気の循環が起こらず死んでしまう。
私はまだ、天仙ではない。
やはり紅葉自身が昇仙し、地仙にならねば、私との気の均衡が保てない。
神仙の一人が、彼女の絵の才を見込んで、絵画奉納の功績による昇仙はどうかと発言し、試みられることになった。
私は大天君に、不退転の決意で、天仙の昇格の修行の難度を上げてくれと頼んだ。
一刻も早く昇格出来れば、紅葉と共に生きる未来が確実になる。
大天君は片眉を上げて、任せろとおっしゃった。
その後修練場に戻り、修行に精を出した。
これまで以上に修行の難度が上がり、流石に紅葉を思い出す暇がない。
だが、この先に彼女との未来が待つと思うと、次々と力が湧いてきた。
大天君も満足そうに見守っている。
そんな時に、紅葉が窮奇に襲われそうになる事件が起きた。
必死に彼女の元へと辿り着くが、窮奇が抵抗を示して彼女ごと地下の空洞へと落ちていく。
私は無我夢中で紅葉を掴もうとしたが、彼女の姿はあっという間に穴の奥に消えた。
すぐに飛び降りようとする私を周りの天仙たちが止める。
「今日は凶兆がある!
これ以上行ってはダメだ!
諦めろ!」
私は叫びながら、構わず振り切ろうとする。
「鶴毘!」
大天君が私を挑むように見つめる。
「紅葉はもう食われているかもしれない。」
そう言われて、私は全身の血が凍りつくようだった。
その可能性は確かにあるが、認めたくない。
「彼女は生きています。
私と生きると誓ってくれた・・・!」
「お前の損失は、仙界の・・・世界全体の損失だ。
私はお前を失いたくない。」
大天君は静かに迫力ある声で話す。
「私は・・・っ。」
紅葉の笑顔が浮かんで、喉がカラカラに乾いていく。
「私は彼女が・・・紅葉こそ世界なのです。
愚か者で結構!
私は彼女がいい!」
そういうと、全身がカッと熱くなり私を抑えていた天仙たちが思わず手を離す。
「金色の翼・・・!」
大天君がわけのわからぬことを言ったが、構わず穴の底へと飛び降りる。
かなり深い穴で、この高さから落ちて紅葉が無傷であることはないかもしれない。
だが、生きてさえいてくれたら、必ず助ける!
飛び降りた先には、紅葉はいなかった。
死体もない。
かなり大きな穴だったから、違う場所へと降りたのか?
すると、足元から妖蛇たちが、這い出てくる。
仙人の気を好む妖怪で、凶兆の強い日ほど近くに仙人が来れば襲いかかってくる。
「どけ!!」
私は妖蛇たちを剣で斬り伏せながら、強い妖気を感じる方へと走った。
「・・・いた!!」
ようやく窮奇の体が見えてくる。
どうやら気を失っているらしく、動かない。
その窮奇の体をそろりそろりと、降りる紅葉の姿か見えた。
生きていた・・・っ。
分神ムゥと一緒に窮奇から離れようとしている。
「紅葉!」
声をかけようとすると、窮奇が起き上がり、紅葉に向かって口を開いてきた。
「しゃがめ!!」
そう叫ぶと、すぐさま術を発動して、光の槍を窮奇の顔に突き立てる。
紅葉はちゃんとしゃがんだので、窮奇の一撃は届かない。
私はすぐさま紅葉を立たせて後ろに庇うと、剣で切り結ぶ。
私が負ければ紅葉はすぐに食われるだろう。
体中傷だらけになりながらも奮闘し、ようやく首を落とせたが、奴は倒れながら私の肩から胸をザックリと蹴爪で抉った。
油断した私が悪いのだ。
紅葉はすぐさま私に肩を貸すと、横穴に避難させてくれた。
紅葉は私の怪我を見ると、私の上着を脱がせ、すぐに自分の着物を脱いで裂くと、傷口に当てて縛り手当てをしてくれた。
生きていてくれただけでも嬉しい。
私の怪我など、取るに足りない。
互いの体温を抱き合って確かめ合い、改めて生きていることに安心する。
だが、次の瞬間うなじがさっと逆立つほどの、妖力を感じた。
警戒体制に入った分神ムゥの視線の先に現れたのは、饕餮だった。
窮奇より遥かに手強い相手。
一緒に来てくださった格上の皆様が、追いかけるのをやめるはずだ。
饕餮はなんでも貪り、あろうことか術者が放つ技すら食ってしまうため、致命傷を与えることが難しい相手。
分神ムゥが、あの饕餮が大人になったばかりの若い個体であることを教えてくださった。
最初のうちは言葉がわからなかったが、私の気の力が上がったのだろう。
言葉がわかる。
紅葉が羨ましそうにこちらを見る。
こればっかりは、修行しかないんだ、紅葉。
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