誰が為に筆は舞う〜仙人と絵師〜時々猫 〜2

たからかた

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番外編

誰がために筆は舞う 鶴毘編 第三話

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仙界に戻って、すぐに修行を始めた。

なるべく彼女のことを考えなくて済むように、率先してなんでもこなしていく。

だが、気が緩むと手ぬぐい越しに彼女の姿が見えてしまう。

このままではいかんと、最初のうちは、必要最低限の会話しかしなかった。

紅葉もみじも、私が答えない時は諦めて話しかけては来ないのだが、彼女を見ない日が続くと、耐えられないのは私の方だった。

彼女が絵の構成に惑う時や、彩の兼ね合いに悩む時、ついつい口を出してしまう。

すると、パッと明るい笑顔を見せて、修正をかける様子にこちらもほっとしていた。

そう、これは扉のお礼の範疇だ。

だが大天君だいてんぐんは私の気の乱れに気付いておられ、苦言を呈してくる。
鶴毘かくびー?
お前、最近気の乱れが多いぞ。
心をどこに飛ばしている?」

私はすかさず、
「すみません。
大天君だいてんぐん、四季の違う花々を一枚の紙に描くとしたら、どの花がいいのでしょうか。」
と、尋ねる。

「・・・、修行となんの関係が?」
大天君だいてんぐんが片眉を上げて、ジロリと睨む。

「悟ったのです。
一年を通して四季の移ろいを感じて、花の美しさと儚さをでるのも、修行だと。」

言い訳がましいことは百も承知だ。
それは紅葉もみじが、女性の依頼主から受けた注文で、花はどれがいいか悩んでいたからだった。

私は花に詳しくはない。
こういう、女性が喜ぶような花に詳しいのは、大天君だいてんぐんだ。

「花と言えば、生存戦略として、様々な色や形や香を備えて存在する植物の一形態だと言っていたお前が、でるだと?」

大天君だいてんぐんは、可笑しそうにこちらを見ている。
「花桃、クチナシ、リンドウ、サザンカ・・・とでも言っておく。」
そう言うと、大天君だいてんぐんは笑いながら去っていった。

私はそれを紅葉もみじに伝え、紅葉もみじはそれを描いて依頼主に気に入ってもらえたと喜んでいた。

そんな日々を一年近く過ごしていると、ついつい紅葉もみじに対しても気を許して、いろんな話をするようになっていく。

何より彼女の笑顔が見られると、辛い修行も耐えられた。

私が描かれた手ぬぐいが、いつか綻びる日も来るだろう。
そうなれば、もう、紅葉に会うこともない。
その日をいつでも迎えられるように、心の準備はしていたつもりだった。

だが、やはり心は乱される。
特に紅葉もみじに気がある豆吉まめきちが、彼女に触ろうとすると、頭に血が上ってしまう。

精神修養がまだ足りないのか。

そんな時、私に婚約者がいることを紅葉もみじに話してしまい、彼女が泣いてしまった。

おまけに、憐れみからの助けは必要ないとまで言われる始末。

それは違うと必死に否定していると、なんと紅葉もみじは仙界に来るという。

来る!?

ただの人間が来れるわけがない。
来れないからこそ、紅葉もみじと過ごす日々を身に刻むように過ごしてきたのに。

それがなんと、以前と同じように名工の絵筆で扉を描いたあと、あの飼い猫ムゥによって扉が開いてしまった。

揚々と扉をくぐる紅葉もみじに、慌てて会いにいく。
運悪く紗空しゃくう様と鉢合わせたようだが、ちゃんと後で釈明しよう。

そう思って紅葉もみじに向き合う。
久しぶりに生身で会う彼女は、紗空しゃくう様を怒らせたことに恐縮して謝っていたが、それは紅葉もみじのせいではない。

紅葉もみじとは会えないと思っていたからこそ、婚約解消をしなかっただけなのだ。

そんな彼女に好きだと告げられて、全身が硬直してしまった。

嬉しさと言うより、最初は困惑だった。
何を言われたのか分からず、ただ彼女が握った手を離そうとした時に、体が勝手に動いて抱きしめていた。

理性は離せと叫んでいるのに、抱きしめる腕の力は増すばかり。

何故かこうしていると前から感じていた飢えが、余計にひどくなる。

どうしてなのか分からないうちに、大天君だいてんぐん紗空しゃくう様と一緒に現れた。

やっと紅葉もみじから腕を離し、伏礼する。

大天君だいてんぐんから、叱責と処分を受け、どうか紅葉もみじだけは助けて欲しいと懇願していると、ムゥが進み出て神仙たちを召喚してしまった。

なんと、ムゥの正体が天尊の分神だとは。

しかし、お陰で我々は処分を免れた。

その時紗空しゃくう様から、紅葉もみじがいつか老いて死ぬことを聞かされ、頭を殴られたような衝撃を受ける。

それは頭のどこかで、いつまでも彼女が生きていると、根拠もなく思い込んでいたからだった。

思わず彼女の顔を両手で包み、温もりと感触を確かめていく。
それが余計に、いつかこの温もりが失われると言う現実を認識させた。

どっと悲しみが押し寄せてくる。
声を上げて叫びそうになるのを堪えるので精一杯だ。
震えが止まらない。
おそらく私の体はわかっていたのだろう。
その恐ろしさに決して自分は耐えられないと。

膝を握りしめて震える私に、紅葉もみじが手を重ねて落ち着かせようとする。

このままさらってしまいたいと、思うくらい大切だ。

なぜなら・・・紅葉もみじのことを愛しているから。



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