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泣く女を追いかけて
泣く女を追いかけて①
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レイトショーなのにすごい混み具合だ。ハリウッドの巨匠、スティルバーグ監督の最新作なのだから仕方ないな。
公開初日の今日が、当直でもオンコールでもないなんて奇跡的なことだった。
だが直前まで患者の容体が落ち着くかわからず、チケットの予約はできなかったのだ。
席が空いていればと、ネットで調べることもなく映画館まで来てみたのだが、最後の一席に滑り込めたのはラッキーだった。
広告が流れているシアター内を、足元に注意しながら入っていく。
シアターの右サイドの通路を前方に進み、たどり着いた席は、最前列の一番右から二番目の席だ。見づらいが、空いていたこと自体奇跡なのだからよしとしよう。
グスッ グスッ……
座るなり聞こえてきた鼻をすする音? なんだ……?
チラッと右横を見ると、女性がハンカチを手にしている。
風邪……ではなさそうだ。まだ広告の段階だというのに、隣の女はもう泣いているらしい。意味がわからない。
とんでもない席に座ってしまった。
本編が始まっても、隣が気になって仕方がない。
映画の内容は進み、思わずくすっと笑ってしまうような、主人公と相棒のやり取りが続いている。決して泣くような場面ではない。
にもかかわらず、隣の女は泣き続けている。
「あ」と言う小さな声がしたので、また右隣を見てみると、目の下を押さえ、続けて着ていた服をポンポンと叩いていた。
なんだ? どうしたんだ?
様子から察するに、泣きすぎてコンタクトレンズが取れてしまったのだろう。
度数はわからないがコンタクトレンズをするくらいなのだから、最前列とはいえ、ここからスクリーンまでの距離でもおそらく見えなくなっているはずだ。
いや、そもそも広告から泣き続けているのだから、映画の内容なんて全く関係ないのかもしれない。
そういう俺も、隣の女のことが気になりすぎて、映画の内容が全く頭に入ってこなかった。
くそっ! せっかく楽しみにしていたのに。
二時間半あった映画は、前評判通り感動的なものだった。が……。
いつもならこみ上げてくる感動や陶酔感はないに等しかった。
エンドロールが終わる頃には、シアター内のほとんどの客が退場していた。遅い時間だから、電車の時間もあるのだろう。
今日の営業はこれで終わりだ。まだ観客が残っている状態のまま、シアター内の清掃が始まっていた。
俺もそろそろ退散だ。
隣の女は、泣き止みこそしたが、一向に立つ気配がない。
よく考えてみれば、泣きはらした顔で出ていくのが嫌だったのだろう。
まあ、俺には関係のないことだ。二時間以上も隣の席で泣き続けるところを見たとはいえ、全くの赤の他人なのだから。
そうは思ったが、やはりどうしてもその女が気になった。
俺は先にシアターを出て、その女が出てくるのを待った。
案の定、最後に出てきた彼女の後を、こっそり追う。
女は映画館の隣のビルにあるワインバーの置き看板を穴が開くほど覗き込み、中へと入っていった。
待ち合わせか? それとも一人で?
俺は同じようにその看板の前でしばらく立ち止まった。入ったことはないが、なかなか良さそうな店だ。
看板に描かれているチョークアートや、おすすめワインのセレクトを見ただけで、店の雰囲気が伝わってくる。
どうする? 入る?
いや、俺には何の関係もない女だ、としばし逡巡する。
しかし……仕事を終えて何も口にすることなく映画館へ滑り込み、この時間になった。腹が減っているし、喉も乾いている。
そうだ、腹を満たすだけだ。元々俺は女性に興味がない。もちろん男に興味があるわけではないが、恋愛とは距離を置いていた。だからあの女に興味があるわけでもない。ただ腹が減っているだけ。
……そう自分に言い聞かせ、俺はワインバーへと入っていった。
公開初日の今日が、当直でもオンコールでもないなんて奇跡的なことだった。
だが直前まで患者の容体が落ち着くかわからず、チケットの予約はできなかったのだ。
席が空いていればと、ネットで調べることもなく映画館まで来てみたのだが、最後の一席に滑り込めたのはラッキーだった。
広告が流れているシアター内を、足元に注意しながら入っていく。
シアターの右サイドの通路を前方に進み、たどり着いた席は、最前列の一番右から二番目の席だ。見づらいが、空いていたこと自体奇跡なのだからよしとしよう。
グスッ グスッ……
座るなり聞こえてきた鼻をすする音? なんだ……?
チラッと右横を見ると、女性がハンカチを手にしている。
風邪……ではなさそうだ。まだ広告の段階だというのに、隣の女はもう泣いているらしい。意味がわからない。
とんでもない席に座ってしまった。
本編が始まっても、隣が気になって仕方がない。
映画の内容は進み、思わずくすっと笑ってしまうような、主人公と相棒のやり取りが続いている。決して泣くような場面ではない。
にもかかわらず、隣の女は泣き続けている。
「あ」と言う小さな声がしたので、また右隣を見てみると、目の下を押さえ、続けて着ていた服をポンポンと叩いていた。
なんだ? どうしたんだ?
様子から察するに、泣きすぎてコンタクトレンズが取れてしまったのだろう。
度数はわからないがコンタクトレンズをするくらいなのだから、最前列とはいえ、ここからスクリーンまでの距離でもおそらく見えなくなっているはずだ。
いや、そもそも広告から泣き続けているのだから、映画の内容なんて全く関係ないのかもしれない。
そういう俺も、隣の女のことが気になりすぎて、映画の内容が全く頭に入ってこなかった。
くそっ! せっかく楽しみにしていたのに。
二時間半あった映画は、前評判通り感動的なものだった。が……。
いつもならこみ上げてくる感動や陶酔感はないに等しかった。
エンドロールが終わる頃には、シアター内のほとんどの客が退場していた。遅い時間だから、電車の時間もあるのだろう。
今日の営業はこれで終わりだ。まだ観客が残っている状態のまま、シアター内の清掃が始まっていた。
俺もそろそろ退散だ。
隣の女は、泣き止みこそしたが、一向に立つ気配がない。
よく考えてみれば、泣きはらした顔で出ていくのが嫌だったのだろう。
まあ、俺には関係のないことだ。二時間以上も隣の席で泣き続けるところを見たとはいえ、全くの赤の他人なのだから。
そうは思ったが、やはりどうしてもその女が気になった。
俺は先にシアターを出て、その女が出てくるのを待った。
案の定、最後に出てきた彼女の後を、こっそり追う。
女は映画館の隣のビルにあるワインバーの置き看板を穴が開くほど覗き込み、中へと入っていった。
待ち合わせか? それとも一人で?
俺は同じようにその看板の前でしばらく立ち止まった。入ったことはないが、なかなか良さそうな店だ。
看板に描かれているチョークアートや、おすすめワインのセレクトを見ただけで、店の雰囲気が伝わってくる。
どうする? 入る?
いや、俺には何の関係もない女だ、としばし逡巡する。
しかし……仕事を終えて何も口にすることなく映画館へ滑り込み、この時間になった。腹が減っているし、喉も乾いている。
そうだ、腹を満たすだけだ。元々俺は女性に興味がない。もちろん男に興味があるわけではないが、恋愛とは距離を置いていた。だからあの女に興味があるわけでもない。ただ腹が減っているだけ。
……そう自分に言い聞かせ、俺はワインバーへと入っていった。
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