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偽恋人、演じます!
偽恋人、演じます!③
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「ばあばっ!」
突然入ってきたのは小さな男の子だ。
お母様が座る席へ駆けつけると、ごく自然に膝の上に抱き上げられた。
「一真! どうしたの?」
「おじちゃんにあいにきた」
「お邪魔しますー」
「兄貴……」
男の子から遅れて入ってきたのは、汐宮先生のお兄さんと、おそらく奥様と思われる方。
「たまたまこっちまで出てきていて、京香と気になったものだから寄ってみたんだ」
「京香……」
「永真、ちっとも帰ってこないんだもの。
それに……気になるじゃない?」
「……」
にこにこと話しかける兄夫婦だが、汐宮先生の様子が少しおかしい。
突然黙ってしまって、まとう空気がスッと冷めた気がした。
「もう、驚かせるんだからー。
叶恋ちゃん、永真の兄夫婦なの」
「あ、伊原叶恋です!」
私は慌てて立ち上がり、挨拶をした。
「永真の兄の汐宮硏真です。こっちは妻の京香」
「京香です。私は永真の大学時代の同級生なの。
よろしくね」
「よろしくお願いします」
「じゃあ、一真もご挨拶しましょうか」
「しおみやいっしんです! 4さいです!」
おばあちゃんに促された一真くんが可愛らしく挨拶をしてくれた。とっても元気で可愛い子だ。
「伊原叶恋です。一真くんよろしくね」
「食事の邪魔してごめんね」
「いえ! とんでもない」
「私たちはご挨拶したかっただけなの。すぐに失礼するわ、ね?」
お兄さん夫婦はお互いに目を合わせ、すぐに退散しようとされた。
とても仲が良さそうな夫婦だ。
お兄さんと汐宮先生は背格好がよく似ているが、お兄さんの方が少し優し気な顔の印象だった。
そして京香さんは私より少し小柄で、肩より長い髪をアップにし、前髪をポンパドールにして小さな顔に形のいいおでこを出している。パッチリした二重に、上向きウェーブのまつ毛がお人形さんのような人だ。
同期というからには私より5歳以上年上なのだろうけれど、とても30歳を超しているようには見えない可愛らしさ。
なによりも気になったのは服装だ。
京香さんが着ているのは、白いひざ丈のワンピースに明るいピンクのカーディガン。おそらく今私が来ているブランドのものだ。
私たちの服は合わせてきたのかと思われるくらい似ていた。
そのことに違和感と少しの居心地の悪さを感じる。
この部屋に最初からいるのは私なのに、なぜか私が真似をしているかのような……。
それは私が今、お母様に会うためだけの、偽りの姿をしているからなのだろう。
汐宮先生に目を向けると、やはり雰囲気がおかしい。先ほどから一度も喋っていないのだ。
さっきまで親子喧嘩をするほど、お母様と楽しく喋っていたのに、今は壁を感じる。
「永真、おまえもうちょっと実家に帰ってきたらどうだ。正月も当直だって言って帰ってこなかったし」
「……脳外は忙しいんだ」
「まあ、緊急手術が多いのはわかるが、それにしても」
「ねぇ、永真。今度は叶恋さんも一緒に帰ってきなさいよ。叶恋さん、汐宮の家にも遊びにいらしてくださいね。あ、犬は大丈夫かな?」
「犬、ですか?」
「お父様が一真の誕生日にゴールデンレトリバーの赤ちゃんをくださったの。お庭で飼うつもりなんだけど、今はまだ小さいから家の中を転がっているのよ」
「わぁー! それは可愛いでしょうね」
子犬かー。いいなぁ……うちは庭がないから飼えるとしても室内犬。汐宮家は大きな庭があるってことよね。
そんな話を聞いたら双子が羨ましがるだろうな。
「いちまっていうの。いっしんのいぬ」
一真くんが話しかけてくれた。
「いちまくん? 男の子なのね。 かっこいい名前!」
「一真、お前の名前をつけたのか?」
ここでやっと汐宮先生が喋った。
「うん。いっしんのあいぼうだから!
じいじがつけてくれたの」
「……いい名前をつけてもらったな」
汐宮先生が目を細めてそう言うと、一真くんはニコッと笑いながら「うんっ!」と言った。
愛されている子供の笑顔は共通している。
その笑顔が双子と重なって、私まで笑顔になる。
「じゃあ今度、叶恋と見に行くよ」
「うんっ! おじちゃんやくそくだよー」
◇ ◇ ◇
突然入ってきたのは小さな男の子だ。
お母様が座る席へ駆けつけると、ごく自然に膝の上に抱き上げられた。
「一真! どうしたの?」
「おじちゃんにあいにきた」
「お邪魔しますー」
「兄貴……」
男の子から遅れて入ってきたのは、汐宮先生のお兄さんと、おそらく奥様と思われる方。
「たまたまこっちまで出てきていて、京香と気になったものだから寄ってみたんだ」
「京香……」
「永真、ちっとも帰ってこないんだもの。
それに……気になるじゃない?」
「……」
にこにこと話しかける兄夫婦だが、汐宮先生の様子が少しおかしい。
突然黙ってしまって、まとう空気がスッと冷めた気がした。
「もう、驚かせるんだからー。
叶恋ちゃん、永真の兄夫婦なの」
「あ、伊原叶恋です!」
私は慌てて立ち上がり、挨拶をした。
「永真の兄の汐宮硏真です。こっちは妻の京香」
「京香です。私は永真の大学時代の同級生なの。
よろしくね」
「よろしくお願いします」
「じゃあ、一真もご挨拶しましょうか」
「しおみやいっしんです! 4さいです!」
おばあちゃんに促された一真くんが可愛らしく挨拶をしてくれた。とっても元気で可愛い子だ。
「伊原叶恋です。一真くんよろしくね」
「食事の邪魔してごめんね」
「いえ! とんでもない」
「私たちはご挨拶したかっただけなの。すぐに失礼するわ、ね?」
お兄さん夫婦はお互いに目を合わせ、すぐに退散しようとされた。
とても仲が良さそうな夫婦だ。
お兄さんと汐宮先生は背格好がよく似ているが、お兄さんの方が少し優し気な顔の印象だった。
そして京香さんは私より少し小柄で、肩より長い髪をアップにし、前髪をポンパドールにして小さな顔に形のいいおでこを出している。パッチリした二重に、上向きウェーブのまつ毛がお人形さんのような人だ。
同期というからには私より5歳以上年上なのだろうけれど、とても30歳を超しているようには見えない可愛らしさ。
なによりも気になったのは服装だ。
京香さんが着ているのは、白いひざ丈のワンピースに明るいピンクのカーディガン。おそらく今私が来ているブランドのものだ。
私たちの服は合わせてきたのかと思われるくらい似ていた。
そのことに違和感と少しの居心地の悪さを感じる。
この部屋に最初からいるのは私なのに、なぜか私が真似をしているかのような……。
それは私が今、お母様に会うためだけの、偽りの姿をしているからなのだろう。
汐宮先生に目を向けると、やはり雰囲気がおかしい。先ほどから一度も喋っていないのだ。
さっきまで親子喧嘩をするほど、お母様と楽しく喋っていたのに、今は壁を感じる。
「永真、おまえもうちょっと実家に帰ってきたらどうだ。正月も当直だって言って帰ってこなかったし」
「……脳外は忙しいんだ」
「まあ、緊急手術が多いのはわかるが、それにしても」
「ねぇ、永真。今度は叶恋さんも一緒に帰ってきなさいよ。叶恋さん、汐宮の家にも遊びにいらしてくださいね。あ、犬は大丈夫かな?」
「犬、ですか?」
「お父様が一真の誕生日にゴールデンレトリバーの赤ちゃんをくださったの。お庭で飼うつもりなんだけど、今はまだ小さいから家の中を転がっているのよ」
「わぁー! それは可愛いでしょうね」
子犬かー。いいなぁ……うちは庭がないから飼えるとしても室内犬。汐宮家は大きな庭があるってことよね。
そんな話を聞いたら双子が羨ましがるだろうな。
「いちまっていうの。いっしんのいぬ」
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「……いい名前をつけてもらったな」
汐宮先生が目を細めてそう言うと、一真くんはニコッと笑いながら「うんっ!」と言った。
愛されている子供の笑顔は共通している。
その笑顔が双子と重なって、私まで笑顔になる。
「じゃあ今度、叶恋と見に行くよ」
「うんっ! おじちゃんやくそくだよー」
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