婚約破棄寸前なので開き直ったら溺愛されました

迷井花

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10.デートの終わり①

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 フェイトがサコッシュを買いに走ったわずかな時間は随分と長く感じられたのに、帰りの馬車は瞬く間にサマーリーの屋敷に到着した。

 サマーリーの森は静かな夜の闇にすっかり紛れ、時々鳥の羽音が木々をゆすっている。
 
 馬車を降り、踏みなれた地面に足を下ろすと、いよいよ別れの時間だ。
 
 さりげなく礼を伝えたかったが、一日の間にいろいろなことがあり過ぎて、グレースはフェイトを見つめたまま言葉を詰まらせた。
 
 グレースより先に、フェイトの端正な唇がためらいがちに開かれた。

「君はシーフォード家に興味はないのだろうか」

 予期せぬ言葉にグレースは一瞬瞳を揺らしたが、「正直なところ、このような場には気後れしていましたけど、短い間で、シーフォードの深い歴史を感じることができました」率直にそう答えた。

 この婚約者選びも、決して市場で売られる花を品定めするようなものではなく、連綿と続く歴史を刻むために必要なことだとわかった。

「とても有意義な一日でしたわ」
「グレース嬢……」
 
 彼は薄く唇を開き、グレースとの距離を一歩縮めた。
 まっすぐに瞳を見つめられるのも緊張するが、その視線がグレースの頬や唇に注がれると、もうどうしたらいいか、息が詰まりそうだった。

「フェイト様……私はあなたが」
 
 あちこち視線をさまよわせ、意を決して見上げると、フェイトの指先がグレースの耳で揺れるイヤリングに伸ばされた。

 その時だった。

「グレース! 遅かったな」
「アラン!?」

 グレースはフェイトに向けるはずだった瞳を声の主に向け、大きく見開いた。

「どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないよ。心配して待ってたんだ。寒いからこっちにおいで」

 アランは呆れたようにいって、いつものたれ目がちな瞳をグレースに向け、グレースの肩を抱き寄せた。そして「グレイシー、今日は楽しかったか? 僕はしばらくサマーリーに滞在するから、近々どこかに遠出しよう」と、明るい笑顔を見せてくる。

「アランたら、肩が痛いわ」
「グレース嬢、彼は?」
 
 初めて聞く、冬の湖のように冷たい声に、グレースはハッとしておびえた目をフェイトに向けた。
 
 その肩を強く掴んだまま、アランは己の赤毛のごとく燃えさかるようなまなざしをフェイトに向け、陽気な声を響き渡らせた。

「これはこれはシーフォード閣下。あなたの数々のご武勇は遠い我々の地まで聞き及んでおりますよ。私はアラン・グッドマン伯爵と申します。以後お見知りおきを」
 
「フェイト・シーフォード騎士団長だ。そなたの名を覚えておこう。ところでグレース嬢とはどういう関係だろうか。手荒な真似をしていい関係などないはずだが」
 
「フェイト様、私は平気ですわ。アランは幼馴染なんです。昔の癖でこうやってじゃれてくるだけで。お見苦しいところをお見せしましたわ」

 グレースが割って入っても火に油を注ぐだけで、フェイトは噂に聞いていた通りの氷のような眼光を湛え、アランをにらみつけている。

 アランは、すっとグレースの肩から手を外し、その手を上に揚げた。

「わかりましたよ。グレース、もう中へお入り。みんなで心配して待ってたんだ。閣下の見送りなら僕に任せてくれ」
「でも……」
「グレース嬢、そうしてくれ。私ももう帰ろう」
「フェイト様……わかりましたわ」

 何度もフェイトの方を振り向きながら、グレースは玄関の扉へ向かった。
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