婚約破棄寸前なので開き直ったら溺愛されました

迷井花

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24.月明りの婚約指輪②

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 屋敷に戻ると、フェイトはグレースを庭へ誘った。
 
「突然の婚約の申し出だったから驚いただろう?」

 淡い弓月を見上げながら、フェイトが静かな声で問う。
 その背中を見ていると、彼の大きな上着の熱と香りを思い出される。
 遠い昔の出来事のような気がするのに、今でもグレースの胸はトクトクと高鳴る。
 
「このような素晴らしいご縁に感謝しております」
 
 声を抑えながら、最適であろう言葉を選んだ。
 けれど、婚約の知らせを受けた時の驚きと甘やかな感動は、このような簡単な言葉で言い表せるものではなかった。
 
 衣擦れの音に顔を上げると、フェイトがこちらを振り返っていた。
 
「感想はそれだけか」

 月が逆光になっていて、その表情はよく読めない。
 けれどビロードのような張りのある声は、どこか夜の海のように沈んでいて。

 どうして私だったんだろう。

 それを聞くタイミングは今しかないような気がしたが、彼をまとう空気がこれ以上冷えていくのが恐ろしかった
  
 グレースはぎゅっとドレスの裾を握り締め、二人の影を写した石畳に視線を向け、答えた。
 
「フェイト様のお相手に選ばれるなんて、これ以上ない幸せです」
 
 いくつも覚えてきた社交辞令の中から、せめてグレースの想いと一番近いものにした。

 私、幸せだもの。

 自分に言い聞かせるように、グレースは心の中でつぶやいた。
 
「そうか。これを渡しておこう」
 
 深いため息とともにフェイトが大きな手のひらを差し出してきた。
 そこに乗せられているものにグレースは瞳を大きくした。

「婚約指輪だ。つけていてくれ」

 何度も瞬きをしては、彼の手のひらの中で輝く大きなダイヤを食い入るように見つめる。
 
「私に……?」 
「君が婚約者なんだから当たり前だろう。それとも気に入らなかったか」 
「いえ、まさか」 
 
 もちろん、婚約しているのだから当前のことだ。
 けれど、グレースにとっては奇跡のような婚約。その奇跡がダイヤという形で今もたらされたのだ。
 
 いつまでも動かないグレースの左手の薬指に、フェイトがそれを通す。
 空にかざしてみると、銀色の月明りの下で一層輝いて見えた。

「ありがとうございます」

 思わずはしゃぐような声を止められなかった。
 
 すると、不意にその手がフェイトの熱い手のひらに包まれていた。
 
「フェイト様……?」

 包み込まれるように顎を掬われる。
 グレースは彼の瞳を見つめ返そうとし、ハッと身を固くした。
 深く刻まれた眉間のシワ。青白い炎のような瞳。
 
 グレースが瞼を伏せると、フェイトは近づけた顔を止め、彼女の額に義務的に口づけた。
 一瞬触れたフェイトの熱がじんわりと額に残る。

「今日はこれを渡すために戻ってきた。明日また戻ることになる」
「私なら平気ですわ。お気になさらないでください」
 
 グレースを部屋まで送り届けると、フェイトはグレースの視線を断ち切るように身をひるがえし、足早に去っていった。
 
 一度も振り返ることのない後ろ姿を、グレースは名残惜しそうに見送った。

 
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