1333

干支ピリカ

文字の大きさ
45 / 49
中先代の乱

第十一章 星辰の岐路 2.

しおりを挟む
2.

 直義は束の間、落ちた鍵に気を取られた。
 その隙をついた淵辺は、素早く牢へ向かった。
 直義は後を追いながら、叫んだ。

「淵辺、止まれ! 殿下、逃げろ!」

 幽閉中の護良親王は、当然刀などは持っていない。
 淵辺が牢へ入れば、逃げ場がなかった。
 直義の声に反応した親王は、素早く牢の外へ出た。
 そこへ大上段から振りかぶった、淵辺の刀が降ろされる。

「殿下!」

 親王はとっさに身を低くして、危うく刃から逃れた。
 だが、長の牢暮らしでなまった足はもつれ、親王はその場に膝をついていた。

「淵辺、いいかげんにしろ!」

 幸いなことに、次の一撃が振り下ろされる前に、直義が追いついた。
 手を止める気配のない淵辺の背中に、直義は勢いよく体当たりした。
 淵辺の身体は吹き飛び、牢の岩盤にぶつかって倒れた。

「……何だというんだ、一体」

 肩で息をしながら、直義は体勢を整える。
 用心深く淵辺に近づき、確かに気絶しているのを確かめたが、ほっと息をつく間もなかった。
 立ち上がった護良親王が、飛ばされた淵辺の刀を拾っているのが目に入ったのだ。
 直義は、苦い思いで口を開いた。

「殿下……それはこちらへ寄越して下さい」

 親王は無言で刀を見つめていた。
 直義は、先程よりももっと慎重に、親王へ向かって一歩足を踏み出した。

「来るでない」

 ぴしゃりとつぶやいて、親王は直義へ向けて刀を構えた。
 直義は、ごくりと唾を飲み込んだ。

「どの道助からぬ命じゃ。最後に一花咲かせても良いのだぞ」

 思いつめた暗い眼差しに、親王の決意が窺える。
 岩牢暮らしの鈍った身体で、親王が直義に敵うはずもない。
 だが、親王が斬りかかれば、直義も斬らざるをえない。

(斬るしかないのか――)

 直義のこめかみから汗が流れ落ちた。
 親王の決意と、直義の迷いをあざ笑うように、木々が一斉にざざっと鳴いた。
 ふと直義は、周囲の何がおかしいのかに気づいた。

「鳥の声がしない……」

 いつもは絶え間なく囀っている、様々な鳥達の声が、今日は一切聞こえなかった。
 思わずつぶやいた直義の、場の緊張にそぐわない言葉に、親王が顔を顰めた。
 その時、ざわざわ、がしゃらがしゃらと、りんりんと、耳が痛くなるような木と葉、それに何か金属のこすれ合う音が、周囲に響き渡った。
 音が収まってくると、代わりにくぐもった男の声が響き渡った。

「お助けしてもよろしいぞ、帝の皇子みこ殿」

 裏山の木々の間から現れた、異形の人影に、親王は息を呑んだ。

「天狗……!?」

 直義は、異形の面を見ても今更驚かなかった。
 ただ、天狗の片腕に抱えられたわらべの姿に気づき、ぎりりと奥歯を噛み締めた。
 気を失っているのか、天狗の左腕の中にある千寿王の身体は、ぴくりとも動かなかった。

「お久しぶりですな、足利の副将軍」
「千寿を離して、とっとと山に帰れ」

 うんざりとした気分を隠さない直義に対し、天狗の面の中からくっくっくとした笑い声がもれる。

「相変わらずつれない。我らはこんなにお慕いしておりますのに」
「薄気味悪い」

 直義が吐き捨てると、笑い声はますます高くなった。

「本気ですよ。足利のお方々は真に面白い! 見ていて退屈しません」

 例えばその男――、と天狗は牢の前で倒れている淵辺を指した。

「牢の鍵を、壊して差し上げたのは我らです」

 !と、天狗は一音一音を区切り、わざとらしく声を張り上げた。

「見張りを遠ざけたのはその男で、男を操っていたのは、京におられるお兄君ですよ」

 そんなこともあるだろうと思っていたので、直義は表情を崩さずすんだ。
 護良親王が捕縛されたという知らせを受け取った時、直義は兄が廉子と取引をしたのだろうと推測した。

 兄は、家の内外で必要となった、征夷大将軍の地位。
 廉子は、自らの子を帝にする上で邪魔な、親王の命。

 この図式が正しいなら、遠からず処刑の命が、京から直義に下るだろうと思った。

(それに、逆らう気はなかった)

 だが西から来たのは、親王暗殺の密命を帯びた部下だけだった。

「驚いておられませんな。いかな仲が良いご兄弟とはいえ、所詮、主と部下。親王殺害の汚名を着せられ、蔑ろにされるは、当たり前だとお考えか?」

 それにこのわらべ――、天狗は腕の中の千寿王を持ち上げた。

御歳おんとし三つで、鎌倉攻略の手柄を、新田から奪うという大仕事を立派に成し遂げた。未だ鎌倉においでなのは、血を分けた叔父上にも手柄を渡さぬおつもりか……」
「黙れ」

 直義は、天狗の長舌を遮った。

「何をぬけぬけと、千寿が鎌倉を出られぬのは、お主らが脅したからであろうが!」
「我らが? ほう? 面白い」

 直義はどこか不審を覚えたが、考える間もなく、天狗は直義のそばに跳び降りて来た。
 めくらましかもしれないが、人離れした体術だった。
 身構えた直義の隙をつき、天狗は再び跳躍すると、今度は護良親王の前に降りた。

(しまった!)

 身を翻した直義の目に、天狗が手の中の千寿王を、親王に放ったのが見えた。
 親王は、思わずというように刀を離し、両手で千寿王を受け取った。

「さあ、どうなさいます親王殿下」

 天狗は存分に愉悦を含んだ声で、親王に問うた。

「この童は、足利の嫡男。憎い憎い、尊氏の息子ですぞ。一ひねりになさいますか? それとも人質にして鎌倉を逃れますか?」

 お好きにされるが良い!――天狗が高らかに謡う。

「ご舎弟の言葉通り、これでこの童を鎌倉に留めた意味があるというものです!」

 親王は血走った眼で、手にした千寿を見つめていた。






―――――――――――――――――



※天狗絶好調。調子こいてますがさて…。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

無用庵隠居清左衛門

蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。 第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。 松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。 幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。 この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。 そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。 清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。 俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。 清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。 ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。 清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、 無視したのであった。 そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。 「おぬし、本当にそれで良いのだな」 「拙者、一向に構いません」 「分かった。好きにするがよい」 こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。

【戦国時代小説】 甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助

蔵屋
歴史・時代
 わたしは、以前、甲斐国を観光旅行したことがある。  何故、甲斐国なのか?  それは、日本を象徴する富士山があるからだ。     さて、今回のわたしが小説の題材にした『甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助』はこの甲斐国で殆どの戦国乱世の時代を生き抜いた。そして越後の雄•上杉謙信との死闘は武田信玄、山本勘助にとっては人生そのものであったことだろう。  そんな彼らにわたしはスポットライトを当て読者の皆さんに彼らの素顔を知って頂く為に物語として執筆したものである。  なお、この小説の執筆に当たり『甲陽軍鑑』を参考にしていることを申し述べておく。  それでは、わたしが執筆した小説を最後までお楽しみ下さい。  読者の皆さんの人生において、お役に立てれば幸いです。  

 【最新版】  日月神示

蔵屋
歴史・時代
 最近日月神示の予言本に不安を抱いている方もあると思うがまったく心配いらない。  何故なら日月神示では「取り越し苦労や過ぎ越し苦労はするな!」 「今に生きよ!」  「善一筋で生きよ!」  「身魂磨きをせよ!」  「人間の正しい生き方」  「人間の正しい食生活」  「人間の正しい夫婦のあり方」  「身も心も神さまからお借りしているのじゃから夜になって寝る前に神さまに一旦お返しするのじゃ。そうしたら身と心をどのようにしたらよいか、分かるじゃろ!」  たったのこれだけを守れば良いということだ。  根拠のない書籍や情報源等に惑わされてはダメだ。  日月神示も出口王仁三郎もそのようなことは一切言っていない。  これらの書籍や情報源は「日月神示」が警告する「臣民を惑わすものが出てくるから気をつけよ!」 という言葉に注目して欲しい。  今回、私は読者の皆さんに間違った解釈をされている日月神示を分かりやすく解説していくことにしました。  どうか、最後までお読み下さい。  日月神示の予言については、私が執筆中の「神典日月神示の真実」をお読み下さい。    

処理中です...