1333

干支ピリカ

文字の大きさ
47 / 49
中先代の乱

第十一章 星辰の岐路 4.

しおりを挟む
 4.

「また助けられたな」

 直義は礼を告げながらも、顔をしかめて正季をにらんだ。

「だが何故、お前がこんな場所にいる?」

 正季は、大仰に眉を上げてみせた。

「お言葉だな。京じゃ、足利殿は鎌倉と弟君を見捨てるのかと、町中で賭けをしているぞ」

 直義は、ふんっと鼻で笑った。

「わざわざ京から、兄に見捨てられた弟の顔を見に来たのか?」

 正季も軽々と尋ね返した。

「見捨てられたとは、思ってないんだろう?」

 直義は口の端を歪ませたが、やがて息を吐き、空を仰いだ。

「……弟を見捨てられる兄なら、俺も安心して死ねるのだがな」

 尊氏にとって己が唯一無二の存在だという自覚は、直義にもあった。

(例え本心を語れぬ弟であっても、だ)

 正季は当然だというように頷いた。

「俺の兄者も信じていたよ。『足利殿は弟御を見捨てず京を出る』と。だが、時間がかかるとも言っていた」

 だから来た、と正季は笑う。

「恩を返す前に、死なれるのも困るからな」
「恩なんぞ売っておらん」

 正季は口元に笑みを浮かべたまま、千寿王を直義に手渡した。
 身柄を移されても、千寿王は目を閉じたままぴくりとも動かなかった。
 千寿王の首筋に指を当て脈があることにほっとしたものの、直義は苦い口調でつぶやいた。

「まるで人形のようだな」
「薬を使われたんだろう」

 直義の顔が強張る。
 正季は千寿王の頭を軽く撫ぜた。

「大丈夫だ、明日には何事もなかったように目が覚める」

 安心させるように告げた正季は、静かな目で千寿王を見ていた。
 その様子に、なぜか胸騒ぎを感じる。
 直義は、この子にもなにか、重い『定め』があるのかを聞きたくなった。
 だが……

(たった三つで初陣を果たすような源氏の嫡子に、この先何もないはずがない)

 ましてや、今回の天下騒乱はそう簡単に収まるものではない。

(この先、どんな波瀾が起こってもおかしくない身上では……)

 星の取り決めなど、今更聞くまでもなかった。



「連中も一枚岩じゃないが、自ら手を汚すことは滅多にない」

 直義が黙っていると、正季が口を開いた。

「おもに言葉で煽動したり、動揺を誘ったりするのが手だ」

 直義は天狗が、千寿王を親王に『殺させよう』としたのを思い出す。

「ましてや童だ。何らかの取引に利用しようとした奴らから、さっきの奴がさらったんだろう」

(あっちにもこっちにも、天狗か……)

 あぁいうモノはどこにでもいる、と夢窓も言っていた。
 もしかしたら、千寿王に鎌倉へいるように吹き込んだのは、また別の天狗だったのかもしれない。

「ややこしいな。そいつらの目的はなんだ?」
「分からん」

 正季は、お手上げだと云う風に両手を上げた。

「ただのひまつぶしである場合も多い」

 直義は頭が痛くなってきた。

「隙を見せないことと、あまり気にしないことだな」
「……はた迷惑な」
「それは連中には褒め言葉だ。口にせぬがよい」

 直義が口をひん曲げると、正季がけらけら笑った。
 そちらを睨みながら、ふと直義は、先刻の天狗から夢窓の名が出たのを思い出す。

「夢窓殿は、どんな位置なんだ?」

 そして、お前はなんなんだ?――と、直義は胸中で尋ねる。

(天狗ではない。だが、近すぎる)

 その思いを、知ってか知らでか、正季は曖昧な笑みを口元に浮かべる。

「その先は、身内にしか話せんな」

 思わせぶりな言葉のあと、正季は「それとも……」と続け、右手を胸にあてた。

「こちらに来るか? 直義殿」

 口調は軽く、口元には笑みがあった。
 だが真っ直ぐに、直義に向けられた正季の目には、真摯な光があった。





しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

【戦国時代小説】 甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助

蔵屋
歴史・時代
 わたしは、以前、甲斐国を観光旅行したことがある。  何故、甲斐国なのか?  それは、日本を象徴する富士山があるからだ。     さて、今回のわたしが小説の題材にした『甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助』はこの甲斐国で殆どの戦国乱世の時代を生き抜いた。そして越後の雄•上杉謙信との死闘は武田信玄、山本勘助にとっては人生そのものであったことだろう。  そんな彼らにわたしはスポットライトを当て読者の皆さんに彼らの素顔を知って頂く為に物語として執筆したものである。  なお、この小説の執筆に当たり『甲陽軍鑑』を参考にしていることを申し述べておく。  それでは、わたしが執筆した小説を最後までお楽しみ下さい。  読者の皆さんの人生において、お役に立てれば幸いです。  

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

無用庵隠居清左衛門

蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。 第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。 松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。 幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。 この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。 そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。 清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。 俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。 清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。 ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。 清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、 無視したのであった。 そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。 「おぬし、本当にそれで良いのだな」 「拙者、一向に構いません」 「分かった。好きにするがよい」 こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

処理中です...