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ゾルドン王子利き腕を失う

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 テスラムさんの予想通り、残念ながら、本当に残念ながら徐々に魔族が押され始めた。



「おい、魔族!!何やってんだ。気合入れろ!!お前の仲間の仇だろうが!」



 ヘイロンは魔族を必死で応援している。



 魔族は攻撃の主体を斬撃から魔法主体に変えたようだ。

 今のままでは確実にやられると判断したのだろう。



 一方、クズ兄も満身創痍ではある。

 至る所に魔族の斬撃を受け、特に左足には深い傷を負っている。



 そこに魔族の攻撃方法の変更だ。

 魔族はこの狭い洞窟の中ではあるが、距離をとって攻撃をしている。



 足を傷つけられているクズ兄は、機動力を十分に生かせていないようだ。

 ドロップによってある程度魔法も使えるようになっているはずだが、魔法に関しての基礎的な鍛錬は実施していなかったのか、剣術に比べて技が粗い。



「よしよし、良いぞ魔族。良い感じになってきたじゃねーか。やればできる」



 魔族が有利になってきた状況を見て、ヘイロンの機嫌は頗すこぶる良くなっている。

 だが、魔族も相当なダメージを受けているので、このまま放置していてもその内力尽きるだろう。

 魔族としても、最後の力を振り絞って攻撃しているのだ。



 やがて、自分の命を削り切る程の力を込めた魔法が炸裂し、クズ兄を襲った。

 当然クズ兄は避けられるわけもなく直撃して、右腕が吹きとんだ。



「ぐぁ~、俺の、俺の腕が」



 その場でのたうち回っており、すでにあの豪華な剣は手放してしまっている。



「魔族!もう一声だ。おい!!どうした根性見せろや!」



 魔族も命を削って放った魔法だったため、既に倒れて虫の息。

 最早立ち上がることはできない。このまま命が消えるのを待っている状態になっている。



 俺としては、ここまでクズ兄を苦しめてくれた魔族に対して攻撃をしたくはないので、このまま消滅するのを見届けることにした。



「クッ。まあ良いだろう。あれだけあいつを苦しめる事ができたんだ。魔族!良くやった」



 ヘイロンも俺と同じ結論に達したようで、何故か魔族を褒めている。



「く、おい、望通り魔族討伐の英雄の力を見せたんだ。魔族と互角以上の戦いをした俺を助けろ!」



「なんだこいつ、急に強気な発言が出るじゃねーか。あっという間に魔族討伐の英雄として復活したのか?さっきは嘘でしたーなんて泣き喚いていたくせにな」

「事実、今目の前で倒しただろうが。早く助けろ!」



 未だ魔族は生きているが、クズ兄の言う通り間もなくこの魔族は消滅するだろう。



「ハン、お前が勝てたのはお前の努力じゃねー。傲慢な態度で誰かから強引に奪ったドロップアイテムのおかげだろうが。自分の力で手に入れたアイテムならお前の力と認めなくもなかったがな」



 クズ兄は一瞬息をのむ。

 俺もそうじゃないかと思っていたが、ヘイロンの当てずっぽうのセリフは事実のようだ。



 実際にあの国の上層部は腐りきっている。大した力もないくせに、権力だけは持っているんだ。

 そんな奴らが、あれだけの力を与える事ができるレアドロップを自らの力で取ってこられるわけがない。



 やはり無理やり奪ったか何かしたのだろう。



「煩い。これは俺の力の一端だ。お前らの目の前で実際に魔族を討伐しただろうが!!」



 本当にやかましい奴だ。



「ロイド様、如何しましょうか。私としては一旦止血のみして王城に送り届けるのも一興かと思いますが」

「おいおい、テスラムさん!何を言い出すんだ?こいつを助けるのか?」



 俺が答える前に、母さんの仇であるクズ兄を俺と同じかそれ以上に憎んでいると言えるヘイロンが口を挟んできた。

 クズ兄を助ける事は決して容認できないという明らかな意思表示だ。



「ヘイロン殿。もちろんこの王子を救うわけではありませんよ。私を見くびってもらっては困りますな。こやつは右手を失っています。あの動きから察するに利き腕でしょう。その状態で、魔獣に完全に囲われたあの王国内に送り届けるのです。食料や水を碌に摂取することもできず、他国と連絡をすることができない状態のあの国に。他の王族や貴族達がどの様な行動を起すか楽しみではありませんか?」

「・・・わかった。すまんなテスラムさん。熱くなった」



 テスラムさんも決してこのクズ兄を許していない事を理解して、ヘイロンは引き下がる。



「うん、良い案じゃないか。こいつの面白い顔を楽しむことができたので、この場ではここで一旦終わりにしても良いだろう。スミカとアルフォナを呼んでくれるか?」

「承知しました」



 そんな会話の最中でも、クズ兄は苦しんでいる。



「おい、お前の出血だけは止めて死なないようにはしてやる。それと、俺達の最大の温情でフロキル王国までは送り届けてやろう。ありがたく思うんだな」



 痛みでまともに聞いているかはわからないが、一応伝えておく。

 但し、ここからフロキル王国の道中、きっちりと魔獣が溢れている事を認識させる必要があるので、その際には痛みも取り除いてやるつもりだ。



 移動は、こいつのレベルに合わせると時間がかかってしょうがないので、アルフォナの<土魔法>での運搬を行う。

 <土魔法>の入れ物の隙間から状況を確認させるのだ。



 本来は、ヨナの<闇魔法>の運搬の方が乗り手にとっては快適だが、こいつに快適さは一切必要ない。



 こちらに到着したアルフォナとスミカにその旨を伝える。



「スミカ、こいつにとりあえず最低限の<回復>を懸けてくれ。止血レベルで良い。この後こいつをフロキル王国まで届けるが、道中の状態をわからせる必要があるので、その間だけは痛みも取ってくれ。移動はアルフォナの<土魔法>だ。しっかりした物である必要は一切ないからな」

「わかりました。早速止血だけしておきます」

「承知した」



 スミカは俺と話しつつも<回復>を懸けたようで、クズ兄の出血は即座に止まった。

 但し、今現在は痛みまでは止めていないので苦しんでいる状態は変わらずだ。むしろ、止血されたことにより意識を飛ばすことができないので、よりつらい状況になったと言えなくもない。



「ハン、いい気味だ。ユリナス様はもっと長い時間苦しんだんだ。お前のせいでな。あの時お前らが貯め込んでる高品質のポーションでもありゃー助かった命だったんだぞ。クソ。やな事思い出させやがって」



 クズ兄の頭を踏みつけながら恨み事を告げるヘイロン。

 その行動を見ても誰も止めることはしない。皆同じ気持ちだからだ。

 いや、スミカとナユラは少し違うかもしれないが、気持ちを理解してくれているので止めることはない。



「じゃあ、とりあえずここを出るか。他の三匹の魔族は俺の<探索>によればフロキル王国の向こう側にいるみたいだな。どうする?情報漏洩防止のために、こいつを送るついでに始末するか?」

「いえ、王子を送り届ける最中も常に動向をチェックし、我らの障害にならなければ放置でよろしいでしょう。それにしてもヘイロン殿、あの距離まで<探索>できるとは中々練度が上がったようですな」

「ああ、ユリナス様の敵討ができる力を得ることができたんだ。鍛えて当然だろ?」

「流石ヘイロン殿。素晴らしい騎士道精神だ。尊敬に値する」



 そんな俺の仲間のやり取りを聞いて、改めて<六剣>所持者達との深い絆を感じることができた。 



 まぁ、仮に俺達がフロキル王国の反対側にいる魔族を討伐してしまうと、正直フロキル王国側に塩を送ることになるので避けたいところだ。

 実際は討伐してしまったとしても、この状態では遅かれ早かれ魔族に進化する魔獣が多数現れるだろうがな。



「よし、一旦外に出るか」



 少しだけ<六剣>と<無剣>の力を大きめに開放して、普通に階段を上っていく。

 周りにいる魔獣達は、俺達から蜘蛛の子を散らすように逃げてく。



 クズ兄は、ヘイロンに髪の毛を掴まれて引きずられている状態だ。

 だが、腕の痛みが髪の毛の痛みよりも勝っているのか、唸っているだけで騒いではいない。

 万が一騒いだら、拳で黙らせる予定だったのだが残念だ。
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