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唯一の戦力・キュロス辺境伯

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 ナユラは俺達の生い立ち、そして、これまでの状況を全てキュロス辺境伯に話した。



「おお、あなた様がユリナス様のご子息でしたか。道理で面影がある。私もユリナス様には大変お世話になったものです。しかし、そのような事件があったとは・・・ユリナス様の一大事に駆けつけることもできず、ましてやその後ものうのうと領地で過ごしておりました。お許しください」



 席から立ち上がり、拳を握って俺達に深く頭を下げてくる。



「やめて下さいキュロス辺境伯。あの事件の責任は貴方には一切ない。責任はこの国の腐った第三防壁内の住人達であり、あのクズ兄のせいでもあります。あなたには一切の責はない」

「そう言っていただけると、少々気が楽になります」



 言葉とは裏腹に、未だ母さんを守ることができなかった事、そして、その最大の原因であるゾルドン王子からの命令で、恩ある母であるユリナスの子供である俺とその仲間を捕獲するように動かされそうになった事、その悔しさで拳が震え続けている。



「キュロス様、私達はフロキル王国の、人を人と思わない者共への復讐、そして魔王討伐の為に動き始めております。その一環として、第五防壁外にいる魔獣を囲うように第六防壁を作成済みです」

「ちょ、何を仰る?私は十日ほど前に辺境伯領から王都に到着しましたが、そのような防壁の建設などは一切なされておりませんでしたぞ!」



「もちろん仲間の<六剣>所持者の力を使いましたよ。他国に魔獣が溢れると大変ですからね。その為、このフロキル王国は既に閉ざされた状態になっており、大量の魔族、そして先程キュロス様が仰っていたように進化した魔族も討伐しない限り他国に辿り着くことはできません」

「そ、そのようなことができるのですかな?確かにここに<光剣>がある・・・他の<六剣>も抜かれているという事なので、できるかもしれませんが・・・」



 辺境伯は少々動揺しているが、余り時間を費やしたくない俺の気持ちを汲んで、ナユラは話を進めてくれる。



「更に、第六防壁は我らが<六剣>の力を使って作成・補強しているので、仮に第六防壁までの魔獣を討伐できたとしても、出口などは作っていません。完全に外界から遮断されているのです」

「そうなると、国王命令で領地から騎士を派遣する事・・・いや、派遣を依頼に行くことすら無理という事か。だが、あなた方はどうやってここまで来たのだ?まさか第六防壁を作った時に防壁外へ逃げ損ねたので、ここまでやってきたなどという事はないでしょう?」



 動揺している中でも、正確な判断をして的確な質問ができるこの辺境伯は素晴らしい。アルフォナが喜びそうな御仁だ。

 しかし、幾ら俺達でも防壁作成時に逃げ損ねるようなヘマはしないぞ。



「そこは特化能力で転移してきました。先程まではリスド王国の王城にいたのですよ」

「な、な、何と!!流石は伝説の<六剣>!!リスド王国から転移できるとは・・・」



「ご理解いただけたようで何よりです。もう私達がここに来た理由もお分かりいただけたかと思いますが、私達<六剣>所持者の総意として、フロキル王国唯一と言っても良い誇りある貴族であるキュロス様をこの孤島と化したフロキル王国から救出させて頂きたいのです」



 キュロス辺境伯は口を結んで考え込んでいる。

 彼の恩人である俺の母さんであるユリナスを害したゾルドン王子、そして民を民とも思わない貴族・王族連中がこの王国を支配しているのだから、自分達が安全に領地に帰還することに迷いはないはずなのだが・・・



 若干心配になりナユラとヨナを見るが、二人とも俺と同じように少々困り顔だ。



「ふ~、お話は理解できました。そしてフロキル王国の状況も把握できたと言っても良いでしょう。あのような王族共の為に我らの貴重な仲間である騎士を犬死させるわけにはいきません」

「おっしゃる通りです。キュロス様」



 そうだろうな。だが、何を考えていたのかが気になる。とりあえずは頷いておこう。ナユラも相槌をうっているしな。



「しかし大恩あるユリナス様を害し、そしてあろうことか自らの欲望を満たすために他者の命すら捨てさせることができるあの王子だけは許すわけにはいかない。この手で抹殺してくれよう!!」



 殺気と共に宣言する。



「キュロス辺境伯、俺の母をそこまで思ってくれて感謝します。ですが、これは俺の復讐です。あのクズ兄、そしてこの国の王族・貴族や特権階級の連中が長く苦しむ様を見たいのです。その為に、クズ兄については隻腕の状態でここに帰還させています。この孤島となったフロキル王国での極限の生活も復讐の一環と考えています」

「む、そうであったな。申し訳ない。我儘を言った」



 落ち着いてくれたようで何よりだ。



「それではキュロス様、王都のこの邸宅には戻れないつもりで荷物等を纏めて頂けますでしょうか?あの魔獣の群れは、やがて難なく第二防壁すら超えてくるでしょう。そうすると、邸宅は原型を留めておくことはできないと思います」

「そうでしょうな。承知した。もちろん我が近衛騎士も脱出させて頂けるのでしょうな?」



「もちろんです。最新情報では、つい先ほど第四防壁は突破されたようですよ。もちろんあの場所に住んでおりました住民の方々は我らがリスド王国に移住済みですのでご安心ください。そして、残念なことにギルド職員の面々も第三防壁内に避難済みです」

「最新の情報か?そんなに早く情報が入るとは・・・さすがは伝説の<六剣>。我が騎士も万が一に備えて情報収集をさせておりますが、当然何の一報も入っておりませんぞ」



「申し訳ありません、これは<六剣>の力ではありません。いえ、他の<六剣>であれば気配探知等に優れた特化能力を持つ者もいるのですが・・・私の<光剣>では、そこまで知ることはできません」

「これは申し訳ない。あまりにも優れた情報収集能力なので、伝説の力を使ったものと勘違いしてしまいました。とすると、伝説の力以外にも素晴らしい力をお持ちという事だ。流石ですな」



「いえ、お気になさらずに。それで準備はどの程度お時間が必要でしょうか?」

「このような緊急事態になっておりましたので、常に如何様な事態にも対応できるようにしております。情報収集の者が戻って着次第いつでも可能です。」



 この辺境伯は常に厳しい環境に身を置いているだけあって、状況判断能力や対応能力が極めて高い。

 正直、キュロス辺境伯があの時に第四防壁にいてくれれば・・・いや、せめてその後でも良いので来てくれていれば、高品質のポーション程度は何の迷いもなく使ってくれたに違いない。

 そう思わせる御仁だ。



 だからこそ助けると決めたんだがな。



 キュロス辺境伯が入口に立っている騎士に目を向けると、内容を理解したのか一礼して退出する。

 仲間の騎士に対して集合をかけに行っている。

 おそらく情報収取担当の騎士も呼びつけているはずだ。



「流石はキュロス様です。それでは皆様が集合し次第、キュロス様の領地までご案内させて頂きます」

「かたじけない。我が祖国は思った以上に腐敗しておりました。おそらくこのままこの王都は滅びるでしょう。ですが、貴国に避難させた頂いている住民のように、全てのフロキル王国の面々が腐敗しているわけではない事をご理解いただけると助かります」



「もちろんでございます。キュロス様とは交易、いえ、今後の魔王討伐等でご協力いただくこともあるかもしれません。末永くよろしくお願い申し上げます」

「そう言っていただけると非常に助かります。祖国の汚名を雪ぐ為、如何様な依頼も受けさせていただきたいと思います」



「ありがとうございます。出来る限りで結構ですので、無理のない範囲でご協力をお願いします」



 鮮やかな一礼と共に笑顔を見せるナユラとキュロス辺境伯。

 俺、ヨナ、アルフォナの誰でもこのような素晴らしい結論には至らなかっただろうと思う。



 今後も適材適所で行けるようにしないと、無駄な労力を使ってしまうことになる。

 今回は、いい勉強になったな。
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