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キュロス辺境伯離脱

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 話が纏まり、キュロス辺境伯が領地より連れてきた騎士達の避難準備が整うのを待つ間、ヨナと俺も辺境伯と話をさせて貰っている。



 ヨナの記憶通り、俺はかなり小さい頃に辺境伯と一緒に話をした事が有るらしい。

 と言っても、母さんと辺境伯が話している時についでに話をしたと言う程度らしいが、ヨナと辺境伯の記憶が一致したので間違いないのだろう。



 少々恥ずかしい俺の過去の話が出ている最中、先程退出して行った者とは違う騎士が部屋に入ってきた。

 かなり急いできたようで、肩で息を切らしており必死の形相だ。



「キュロス様、来客中の所申し訳ございません。至急の報告です」



 騎士は俺達を横目で少しだけ見た。

 この場で自分の報告を聞かせて良いのか気になっているのかもしれない。

 当然、そんな騎士の動きを見逃すキュロス辺境伯ではない。



「この方達は我らの恩人だ。何も気にする必要はない。それにお前の報告は予想がついている。このまま話して問題ないぞ」

「ご報告いたします。フロキル王国の第四防壁が魔獣の群れに突破されました。第四防壁内の住民はすでに出国済みで誰一人いない状態です。ギルド職員も第三防壁内に避難済みですので人的被害は一切ありませんが、あの群れの数を考えますと魔族へ進化した個体もいると思われます」



 キュロス辺境伯の目を見つめてしっかりと報告をする騎士。



「王命による<六剣>奪還につきましては、現状後回しにせざるを得ないと思われます。先ずは、防壁周りの魔獣を討伐する事を優先した作戦に変更されてはいかがでしょうか。我ら全員でかかれば、おそらく今の状態の魔獣の群れであれば討伐することができると思います」



 自分の力を過信せず、冷静で妥当な判断だな。

 やはり辺境伯の騎士達は練度が高い。



「よい!魔獣の群れは捨て置け。いいか、心して聞け。お前達も薄々感づいているだろうが、このフロキル王国の王族や貴族連中は変わり果ててしまった。自らの特権・権力に腐心して民に目が向かなくなっている。その結果が第四防壁内の住民の一斉出国に繋がっているのだ」



 騎士は黙って頷いている。正直王都の住民がこぞって出国(移住)するなどとは国家の異常事態だ。

 それを知りつつ放置している王族連中の態度を見れば、碌な国家運営をしていないことはすぐにでもわかるだろう。



「今回の<六剣>奪還の命令は、ある意味ゾルドン王子が最初に唱えた物だ。そしてそのゾルドン王子だが、今回の魔獣の群れの討伐を行って隻腕になって帰還した。連れていた騎士は全滅だそうだ。ある程度修練を積み続けていれば、今湧いている魔獣程度の討伐に片腕を失うなどという事はありえないと思わないか?」



 キュロス辺境伯には、防壁内に侵入してきている魔獣の気配を察知する力はないだろう。だが、近衛騎の報告にある”今の魔獣の群れであれば討伐可能”と言う所から、大した魔獣ではないと判断したのだろう。



「つまり、あのゾルドン王子は魔族討伐を成し遂げた英雄という事すら疑わしいと思っているのだ。お前はどう思う?」

「はっ、あの魔獣の群れを単騎で全滅させるのは厳しいと思いますが、魔族討伐の実力がある者であれば、難なく討伐できて当然かと思います。ましてや片腕を失う事などは有り得ません」



「ふむ、状況を理解する力は十分だな。では、一つ情報を与えよう。こちらにいらっしゃるのはリスド王国のナユラ王女、そしてあのユリナス様のご子息であるロイド様とお付きの方だ」



 騎士は俺達に正対し、敬礼をしてくる。



「お初にお目にかかります。ユリナス様の話は我が主キュロスより聞き及んでおります。ユリナス様のご子息であるロイド様、お付きの方、更には日頃お世話になっておりますリスド王国のナユラ王女とお会いできて光栄です」

「「「ありがとうございます」」」



 キュロス辺境伯は、騎士達に俺の母さんの事をどのように話しているのだろうかは気になるが、この反応からは決して悪い話はしていない事だけは分かる。

 この騎士の俺達を見る目は、ある意味崇拝のような眼差しだ。



 ますますキュロス辺境伯が母さんの事をどのように話しているのかが気になってしまった。

 そんな騎士の態度をみて、キュロス辺境伯は満足そうな表情をしている。



「正しい反応だ。更に一つ情報を追加しよう。こちらにいらっしゃるナユラ王女は、<光剣>所持者である」



 騎士は若干肩を揺らすが、表情は変えない。長きにわたり訓練をした結果、心の揺れを悟られないような行動がとれるようになっているのだろう。



「つまり、今回の捕獲対象者であった・・・という事ですか?」

「そうだ。そう言うことになる。中々理解が早くなったな」

「恐れ入ります」



 この会話で、おそらく情報収取担当であろうこの騎士は、キュロス辺境伯が国王命令に従わないという事を理解したのだ。



「すると如何致しましょうか。今であれば領地方向の魔獣のみ討伐すれば若干余裕も生まれます。早いうちにこの王都を離れるべきかと具申いたしますが」

「ハハハ、中々良い読みだ。良く育っているな。研鑽を怠っていないことが見て取れる。だが、流石のお前でも今後の行動は読み切れなかったようだな」



「と申しますと・・・まさか籠城なされるのでしょうか?」

「いやいや、そうではない。魔獣と戦闘せずに領地に帰ると言っているのだ」



 流石の騎士も一瞬訝しい表情になったが、すぐに冷静な表情を取り戻す。



「すると、転移系のドロップアイテムを持ち込んで頂いた・・・と言った所でしょうか?」

「フム、アイテムではないが転移についてはその通りだな」



「アイテムではないのですか?しかし、個人がそのような能力を持っている等と聞いた事が有りませんが?」

「ああ、私も同じだ。だが落ち着いて考えてみろ。私はナユラ王女を何と紹介した?あの伝説の<六剣>所持者だぞ?当然最近抜剣された他の<六剣>所持者とも仲間だ。つまり、規格外の力を持った集団の一員がここにいるのだ。転移ができても何ら不思議ではあるまい?」

「仰せの通りです」



 この騎士は納得してくれたようだ。話が早いのは助かる。

 無駄な質問や疑いの眼差しが一切ないので、<六剣>の話をされている俺としても不快な思いは一切しない。



 やがて、他の騎士達も部屋に入ってくる。

 この部屋から退出して行った騎士は、偵察要員であったこの騎士を見つけてホッとした表情を見せた。

 かなり探していたのだろうか。そんな彼が、敬礼の上キュロス辺境伯に報告を入れている。



「これで全員揃いました」

「そのようだな。ではナユラ王女、大変もし訳ないがよろしくお願いします」



「ええ、ですが二つ程訂正させてください。一つ目は、私は<六剣>所持者になり王族を離脱しましたので、もう王女ではございません。そして二つ目ですが、転移の能力を使えるのは私ではなく、こちらにいらっしゃるロイド様です」



 偵察担当の騎士以外は、ナユラの発言に息をのんでいる。

 <六剣>所持者である事、そして俺個人が転移能力を持ってること、止めは王族を離脱したことが一気に頭に入ってしまし、考える事を放棄してしまったようだ。



「ロイド様、申し訳ない。あまりの驚きに我が騎士は耐えられなかったようだ。しばらくすれば目を覚ますでしょう。もし可能であれば、このまま転移していただけないだろうか?」

「ええ、問題ありません。ナユラ、俺は得辺境伯領に言った時の記憶はないんだが、座標で解りそうなものはあるか?」



「難しいですね。私は座標の指定と言う者がわかりませんので、何ともお教えできないと思います。それでしたらば、皆様は一旦リスド王国にいらしていただければいいのではないのでしょうか?比較的キュロス様のご領地とは近いですし、一旦リスド王国で寛いでいただいている間に我らが領地に向かえばいいのではないでしょうか?今の我々の力であれば数十分で到着することができると思いますよ」



 ナユラもテスラムさんに鍛えられて自信が出てきたように見える。
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