幸次とコージ

焼納豆

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球技大会①

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 紀子の一言は良く通り、石崎を中心として盛り上がっていた取り巻き集団は一気に静寂に包まれる。

「な……え?本当に出したのか?」

 原は茫然とし、一応権力があると思っている石崎はかろうじて反応できるのだが、言葉に力はない。

「当然じゃないですか?自分で条件を出したのですから。それに、幸次君が負けた場合は有無をも言わさずに書面を提出していましたよね?貴方の今迄の態度がそれを証明していますから、逆の立場を経験するのも良い勉強ですよ?まぁ、随分と高い授業料になりそうですけど」

 笑顔の紀子の言葉を聞き付けた吉田と幸次は今の所参加予定の競技が始まっていないので、唖然としている石崎や原の近くに行く。

「伍葉先生、素晴らしい対応だ。余は感動した。流石は有言実行。石崎と原よ、よもや自分で出した条件を破る訳ではないだろうな?だが安心しろ。退学程度であれば命を無くす事はない。本来戦いとは命をもって臨むべきところなのだが、随分と甘い対処で済んだ事を感謝するんだな」

 幸次が近くに来た時に、同じ学生の立場である事やマラソンの約束を反故にして見逃されている事もあって今回も……と言う淡い期待があったのだが、一刀両断されてしまい石崎は奥の手を出す事にした。

 そうでもしなければ、正に学園を本当に退学しなくてはならない所まで追い詰められているのだ。

「お、おい!あんなおふざけの条件で本当に退学させるのが教師の、いや、教師ですらない存在の一存でして良い事なのか?それにな、何度も言うが俺の力が有ればお前紀子の教員免許取得を妨げる事だってできるんだ。こんな子供のおふざけを真に受けて舐めた事をするな!」

「そ、そうだ。遊びの範疇でやった事を大きくするなんて、教師を目指す者のする事か?」

 ここぞとばかりに原も追随するのだが、教員免許について脅しをかけられている紀子でさえその表情に変化はない。

「本当に想像通りですね。全く、どうやって矯正すれば良いのかわからない程です。今となっては完全勝利したので証明できませんが、幸次君が負けた時には有無をも言わせずに退学させていたでしょう?それで、自分が負けたら遊び?それに脅しですか?クズ過ぎて呆れますよ」

 脅しても全く怯まない紀子の姿を見て感心している幸次と吉田、そして今後どうすべきかを必死で考えている原と石崎。

「さっ、幸次君と吉田さんは間もなく競技が始まりますよね?準備を始めましょうか」

 何とか書類を撤回させようと考えている二人をよそにこの場から去って行く伍葉、幸次、吉田と、取り巻きと共に残されて焦っている石崎達。

 こうなってしまうと石崎や原、そしてお供の者達は球技大会どころではなく、当人は退学をどのように回避するのかを必死で考え、取り巻きは石崎と言う存在に付き従う事で尊大な態度をとってきたしっぺ返しが来る事を恐れていた。

「幸次君、吉田さん。目標は……って、聞くまでもないですね」

「当然優勝だ!」

「わ、私も頑張りますけど、自信ないです」

 三人が向かっているのは体育館の一画にある卓球台が設置されているスペースであり、既に試合が始まっている中で準備運動代わりに軽快なラリーを続けている台、互いに経験が無いのか全く上手く行かずに常に玉を拾いに行っている台、様々だ。

 幸次と吉田はクラスの雰囲気やグループの形成状態を考慮した結果、今回の球技大会ではチームで行う競技には参加せずに個人で参加できる卓球を選択しており、幸次も初めての競技にいつもの通りに興味津々の様子を隠しもしていない。

 異世界にいた時に得た知識の中には卓球と言う球技の知識はなかったので、目の前で行われているそれぞれの台での試合状況を真剣に見つめており、この短時間である程度のルールも把握済みだ。

「じゃあ幸次君、行って来るね!伍葉先生、行ってきます!」

 吉田の番になり、応援するとともに更に卓球と言う競技の情報を仕入れようと真剣な眼差しで吉田の台を見ている幸次と、その幸次の姿を見て本当に何に対しても真直ぐだと感心している伍葉だ。

―――カコン―――

 互いに素人だったのかまともにラリーが続くわけも無く、その中でもあえなく敗戦してしまった吉田。

「は~、上手い人の競技を見ると簡単そうに見えるけど、見るのとやるのとでは大違いですね」

 吉田なりに必死で頑張ってはいたのだが、想像と違って相当難しい競技である事をその身をもって知り、その感想を聞いてより気合が入る幸次。

「なるほど、あの軽い球。軽いが故に如何様にでも変化をかける事ができる訳か」

 幸次の力が有れば球の回転数すら数える事が出来る程の力を持っているので、回転方向によって球の動きが大きく異なっている事にいち早く気が付いていた。

「お、最近結構有名になっている三島幸次君だね?今日は僕が初戦の対戦相手だからよろしく。でも、柔道や長距離は凄くても、微妙な調整が必要なこの競技はどうかな?楽しみにしているよ?」

 爽やかに本心から楽しそうに話しかけてきたのは、クラスでは少数派となっている石崎のお付きの者ではないが、やはり権力相手に立ち向かう事は出来ずに一応中立と言う立場をとっていた中の一人である品川 義人であり、実は卓球部で活動していたりする。

「なるほど、相当な自信があると見える。正直余は初めて行う競技なのでどの程度の難しさなのか経験はない故にわからないが、そこを言い訳にするつもりは一切ない。こちらも全力で行かせてもらおう!」
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