【完結】捨てた女が高嶺の花になっていた〜『ジュエリーな君と甘い恋』の真実〜

ジュレヌク

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第五話 生まれる前からの推し

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「僕にとって、エメラルドたんは、生まれる前からの推しだよ」


意味の分からない言葉を毎日囁いてくる夫シトリンに、新妻は、困惑しながらも愛されていると実感していた。

何せ、彼は、甲斐甲斐しくエメラルドの世話を焼いてくれるのだ。

朝食を食べている際、

「はい、あーん」

と鳥の餌付けのように口元まで千切ったパンや小さく切ったリンゴを差し出してくる。

手で受け取ろうとすると、サッと上に持ち上げ、口を開けるまで許してくれない。  


「あなた、私は、もう子供ではありませんのよ」

「君が、おばあちゃんになっても、僕の愛は減らないよ」


頭がいいくせに、自分の前だとバカ丸出しなシトリン。

そんな彼は、優れた姉や妹に囲まれ、自信を失っていた彼女にとっては救世主だった。

まだ五歳だったエメラルドが、母に連れられ教会を訪れた時、はぐれて迷っているところに声をかけてくれたのがシトリンだった。


「やぁ、可愛いお嬢さん、どうしたのかな?」


自分も子供のくせに、妙に大人びた話し方をする少年は、親元までエメラルドを連れていくと、別れ際に一輪の花を手渡してくれた。


「これ、君が、一番好きな花でしょ?」

「うん」

「もし、次に会えたら、一番好きなお菓子をあげるね」


まるで、変質者が子供に声をかけているかのような怪しげなやりとり。

しかし、他人に免疫のない純真無垢なエメラルドは、コクリと頷くとニッコリ微笑んだ。


「エメラルドたん、可愛さ天元突破!」


再び意味不明なことばを発すると、シトリンは走って逃げていった。

その後も、方向音痴なエメラルドが迷子になる度に現れる彼は、約束通りエメラルドの好きな物を一つずつ渡してくれた。


「あなた、てんししゃまなの?」

「いや、天使は、君さ」


デレデレとした笑顔は、ちょっと締まりがなくて、折角の美少年が3割減に見えてしまう。

しかし、自分だけを大切にしてくれる彼に、エメラルドも少しずつ心を開いていった。

その後、エメラルドは、『てんししゃま』に会いたい一心で、自分から迷子になるようになった。

そして、1年という月日をかけて、迷子の度に当たり前のように現れる少年に、淡い恋心を抱くようになっていた。

そんなある日、


「エメラルドたん、これを、お姉さんに渡してくれる」


彼から一冊の本を渡された。


「おねーしゃま?あなたも、おねーしゃまのほうが、すき?」


いつもは自分にだけ優しい彼の口から姉の名前が出て、結局姉に近付くための材料にされたのかとエメラルドは、ガックリ肩を落とした。

出会って1年経ち、六歳とはいえ、エメラルドも、立派な恋する乙女なのだ。


「違う!違うよ、エメラルドたん!僕には、君しかいないんだ。これは、君をこの世界から助け出すために必要なことが書かれている。お願いだ。僕に君を救わせてくれ」


焦って早口になるシトリンは、目に一杯涙を貯めていた。

その必死な様子に納得したエメラルドは、力強く頷くと、帰宅後本を携えアレキサンドライトの元を訪れた。


「おねーしゃま、どーじょ」


そこから、アレキサンドライト、ひいてはエメラルドの運命は変わっていった。

双子の妹ルビーも加え、3人でフィオレ語の勉強をする日々。

大人を頼ることは出来ない。

何故なら、

『彼らは、物語を予定通りに紡ぐ為の進行役NPC(ノンプレイヤーキャラクター)だ。決められた行動しか取らない』

とシトリンが言ったからだ。

言葉の意味が分からない部分もあったが、実の親と言えども愛情をかけられたことのないエメラルドには他人と同じ。

しかも、もし、こちらが想定外の行動を取ると、軌道修正を図る為に敵対行動を見せるかもしれないという。

折角良い方に動き始めた運命を、再び捻じ曲げられてはたまらない。

だから、エメラルドが教会でシトリンと落ち合い、必要なフィオレ語の教本などを受け取ってくる。


「ゲームが始まるまでに全てを整えておかないと、どんな邪魔が入るか分からないからね」


彼の知識量は、本当は神なのではないかと思う程豊富だった。

その教えを何年も受けたエメラルドは、スポンジが水を吸うように吸収していき、その聡明さを見せ始める。

しかし、


「人に知られちゃいけないよ。おかしな奴に目をつけられたら困るからね」


とシトリンに口酸っぱく言い含められていた。

シトリン自身が『おかしな奴』なのだが、彼に心酔しているエメラルドは、何度も、コクコクと頷く。


「あぁ、やっぱりエメラルドたん、最高」


シトリンに抱きしめられ、エメラルドは、両親から与えられなかった人肌の温かさを初めて知った。

それから時が経ち、姉が隣国に旅立った日から毎日が怖かった。

季節は、ずっと春。

天気は、ずっと晴れ。

授業も同じものが繰り返され、そして、誰も疑問を抱かない。

シトリンに聞けば、


「ゲームが始まったんだよ」


と言った。

本来は、留学などせず国に残ったアレキサンドライトが、ヒロインであるガーネットにいじめを繰り返すようになる時期らしい。

そして、ヒロインが選んだ攻略対象との恋愛が始まる。

しかし、既にスファレライトとガーネットは恋人になっており、これ以上の進展は起こらない。


「バグが起こったから、同じ部分を何度もリロードしているんだよ」


シトリンの言っている意味は分からないが、この世界から抜け出すには、隣国に渡るしかない。


「大丈夫。もしもの時は、僕が、君だけ連れて逃げるから」


力づけてくれる彼の存在がなければ、狂っていたかもしれない。

日記に繰り返される日々の回数を書き込んでいくが、既に千日を超えていた。

ずっと十三歳の自分。

本当なら、十六歳になっていたはずなのに。

双子のルビーは、その事に違和感を抱いている雰囲気はない。


「彼女は、一応ゲームのメインキャラだからね。『強制力』が掛かっているのさ」

「貴方には、掛からないの?その『強制力』」

「大丈夫。僕は、開発者だもの。このゲームの抜け道は全て知っているさ」


クスクス楽しげに笑うシトリンに、


「やっぱり貴方は、神様だったのね」


とエメラルドは、勝手に納得していた。

そして、念願かなって隣国フィオレへと無事旅立った彼女を迎えてくれたのは、記憶よりもずっと大人になったアレキサンドライト。

別れた時のままの姿で現れた双子の妹に驚いたものの、文通で状況を把握していたため、歳の差を三歳から六歳に変えて、周りに紹介してくれた。

しかし、ルビーだけは、何が起こっているのか分からず、暫くの間パニックになった。

そんな彼女を支えたのは、幼い頃から婚約を結んでいた侯爵子息だった。

彼自身、国の中と外で時間の流れが違っていたことに驚きつつも、


「長い間沢山勉強したのに、歳を取らなかったなんて、なんだか、得した気分だね」


と笑っていた。

常に前向きな彼は、授業なとそっちのけで、自主学習を続けていた。

シトリンのサポートもあり、図書館の本は、すべて読破していた。

フィオレ語に関しても、日常会話くらいなら、最初から問題なかった。

彼は、マイナス思考に陥りそうになるルビーに寄り添い、愛しているよと毎日囁く。

全ての物事を寛容に受け入れる彼の名は、ペリドット。

石言葉は、夫婦の愛と寛容さ。

彼こそが、シトリンの次にガーネットが狙おうとした攻略対象だった。
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