唇を隠して,それでも君に恋したい。

初恋

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ボクはコイの"代償"をシハラウシカナイ。

ボクのソバに居るひと。

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それから,僕の毎日は歪なものになった。

明らかに,敦だけを避ける毎日。

昼食の時間には,用事があるからといつも席を外した。

敦が時折物言いたげに僕を見つめたけど,それでも僕が気づかないふりをするのを見てそれを実行に移すことはなかった。

これ以上僕に拒否されるのが怖いから。

たった一度のキスで残り続ける言いしれない感覚がまだ脳に焼き付いているから。

それだけじゃない。

僕は何かききたげなスズの視線も,不機嫌そうな三太の視線も,心配そうなリューの視線も。

"それが君の決めた答えなん?"

そんな,責めるような失望したような和寧の視線からさえも。

僕は目を逸らして逸らして,いつの間にか,3年生になっていた。

皆の中で僕と一緒になったのは,スズひとりだけ。

三太が,僕とスズに向かって



「変わったけどまた遊ぼうな」



と言った。

スズは迷わず頷いて,僕は



「ごめん。三太。僕はあんまり会えないかも。そろそろ受験勉強しなくちゃ。ほらここ」



そう,誰もが名前だけは知っているような僕自身すら名前しか知らない大学のパンフレットを見せて,要するに。

三太との間に,線を引いた。

流石に咎めるようにスズが声を上げたけど。

僕はさっそくと背を向けて,図書室へ向かった。




「伊織くん」

「? あ。君は……百合川さん」



百合川 姫。

一時期は僕との仲を噂され,僕に初めて告白してくれた女の子。

僕はまだ,完全に彼女のことを許したわけではない。

けれど今の僕には,あの日の出来事すら何でもなかった事のように思えた。



「僕に何か?」



淡々と尋ねると,百合川さんは僕を無理に覗き込んだ。



「私を見て,伊織くん。これ以上,ユリユリは辛そうな伊織くんを見たくないよ」

「……っ?」



こんな距離で,女の子の瞳を見たことなんて一度もない。

僕はその切実な瞳に気圧されて,抵抗することなく両頬を包まれる。



「あの日は,ごめんなさい。ユリユリ,本当に間違えたなって,良くないことをしたって心から反省してる。だから言われた通り,あの日以来絶対に話しかけないように我慢した。でも……分かんないけど,ユリユリ今の伊織くんがすごく心配なの」



今の,ぼく。



「話しかけられなくても,仲良くなれなくても。ユリユリはずっと見てた。伊織くん,この間まで見たことないくらいすごく楽しそうだったのに。今はすごく辛そうで,悲しい」



僕は口を開いて,閉じて,ゆっくりともう一度開く。



「心配してくれてありがとう。でも僕は……大丈夫だから。申し訳ないけど君には関係ないし,どうにもできない。僕のために何かしてくれることは出来ないよ」

「うーん。えー~? ん~~~ー~。そうかなぁ」



百合川さんは唸るように頭を左右に傾けて,最後にまたパッと僕を見つめた。



「分かった。今日は諦める。またね,伊織くん。別に何があったとか,そういう事を聞きたいわけじゃないの。毎日,伊織くんの明日がいい日になりますように」



百合川さんはそう言うと,にこりと笑ってスカートを翻し,本当に帰っていった。

またねと言った彼女が現れたのは,早くも翌日のことだった。



「伊織」

「スズ」



スズが僕を呼び止める。

僕が困ったように振り返ると,スズもまた同じような顔をしていた。



「ほんとに,もう俺たちとは絡まないつもり?」

「……そんなんじゃないよ。今も普通に話してるように」

「三太も,バカだけど気付いてる。気付いてるから心配してるから怒って,悲しんで……このままだとアイツ,お前を誤解したまま絶縁みたいになっちゃうよ」



三太……

もしこの僕を,はっきりと責め立てる人がいるなら,それは三太だと思う。

それくらい僕は,みんなに甘えてしまっている。



「何かあるなら話してくれないか? ただ敦と仲違いしたわけじゃないないんだろ?」



僕は皆が好きだ。

三太も,スズも,リューも……和寧に敦のことだって。

皆の中にいたい。

でももう無理だ。

僕は僕として生まれてきた僕のことを,好きになれない。



「ごめん。スズ,君には何もできないよ。だから話せることは何もない。三太のことも……申し訳ないけど,僕のところに来てくれたときに謝るくらいしか,僕には出来ない。前言った通り,僕は受験に専念するから,昼も放課後も前みたいには過ごせない」



僕は器用じゃない。

ただ距離を置く,それだけのことで。

僕を想って声をかけてくれたスズを突き放して,こんな顔をさせることしかできない。

僕だって,本当は自分が何をどうしたいのか,まったく分からない。

どうするのが正解なのかすら,わからないんだ。

ただ1つわかるのはこんな展開を望んでいたわけじゃないこと。

皆との時間が僕にとって特別だった事だけだ。

ああ,どうしよう。

溢れる。

そう最後の抵抗として唇を噛み締め,下を向いたとき。



「伊っ織くーん! おまたせ♡」

「なっ」「ゆ,百合川さん?」



壊れてしまいそうな心が,一気に形を取り戻す。

どこからか走って来た百合川さんが,軽快な足取りで僕に飛びつき,その頭を抱きしめたのだ。

 

「や,やめ」



ふにゅんと知らない柔らかさに,僕は咄嗟に羞恥心を覚え抵抗する。

けれどがっちり僕をホールドしている両腕は,その程度の抵抗では数ミリしか動かずそれもすぐ戻された。

諦めて力を抜くと,百合川さんも僕が苦しくないように少し緩めてくれる。

いつの間にか,今にも飛び出しそうだった涙は引っ込んでいた。



「えっと……? どういう関係で? 百合川さんは,失礼だけど……あの1件以降,伊織に拒絶されてなかったかな」

「えっと,だから彼女は」



そんなこと言われたって,僕にも分からない。

何でいるのか,何をしに来たのか。

おまたせって,何のこと?



「えへへ。ユリユリ,しばらく伊織くんと一緒にいるの。ほら見て,実はユリユリ頭いいの。伊織くん凄く偏差値の高い大学に行くんでしょ。2人で勉強すれば,お互いに良いことしかないから」

「学年総合5位?」

「……伊織は君の順位すら知らなかったみたいだけど?」

「そりゃそうでしょ。今初めてわざわざ先生に印刷してもらった成績持ってきたんだから。ほら行こう? 図書室の席,無くなっちゃう」



百合川さんは強く僕の腕を引っ張った。

それから何かを確認するように僕の顔を覗いて,またにこりと笑う。

そうか,百合川さんは,僕を守ってるんだ。

僕の涙を隠して,ここから離そうとしてそれでこんな事を。

僕はため息をつくと頷いて,スズに別れを告げたままスタスタと引っ張られる。



「ね,伊織くん! 私でも役に立つでしょう? 毎日ここにいるなら,誰にも話しかけられないように,私も毎日隣にいるよ。絶対に邪魔しないし,だから……ね? お願い。居ても良いでしょ?」



百合川さんは僕を振り返って,不安そうに求めてくる。



「僕は君に何もあげないよ」

「いいよって言ってくれたら,それだけで十分くれたことになるよ」



僕は図書室の椅子を引きながら,はーと長いため息を吐いた。

この子といると,こんな気持ちにばかりなる。



「好きにしなよ。僕もそうするから」



適当に借りてきた赤本を開いて,僕は頬杖をついた。

邪魔しないといった割には,時折楽しそうに話しかけてきて。

それでも適当に相槌を打っていれば,それたけで満足しているようだった。

いつまでも楽しそうにしている百合川さんの声を聞いていると,なんだか安心して。

僕はいつの間にか眠っていた。

目が覚めると,百合川さんは居ない。

変わりに僕の背中には彼女のカーディガンがかけられ,あげた胴体の下には『お疲れさま♡ またね。ユリユリより』とメモが置かれている。

僕はそれを丁寧にしまって,またため息をついた。

それから,彼女は本当に毎日やってきて,それどころか迎えにも来る。

図書室では何度も声を落としてと言わなくてはいけないほど,ずっと歌うように僕へ話しかけ続けた。

他愛もない話だ。

何組の誰がどうしただの,何が可愛かっただの。

たまに僕に好きだと挟んでくると,僕はつい顔を上げてしまう。

困ってしまって返事をためていると,話題はいとも簡単に移ろった。

百合川さんは,いつも立ちっぱなし。

僕の直ぐ側に片手を置いて,時折机に軽く座るのを僕が注意する。

それに気づいて,僕は。

ある日,初めて自分から百合川さんに声をかけた。



「座りなよ」



その一言だけで,百合川さんは自分の話も止めて嬉しそうに瞳を輝かせる。



「うん!」



その返事すらいらないほど,身に染みるように伝わってきて。

僕は百合川さんと顔を合わせた。

まともに見たのは,初めて会ったあのときだけだったかもしれない。

僕は既に認めていた。

百合川さんが自分の中で大きくなって,生まれて初めて,自分が誰かを可愛いと感じていることを。

僕は本当は解く必要が微塵もない程簡単だと思っている赤本を,ぱたんと閉じる。

頬杖をついて,百合川さんを眺めた。

不思議な気持ちだ。

すると,みるみるうちに百合川さんの顔が真っ赤に染まって,僕はつい,笑ってしまった。



「君がいつも僕にすることでしょ」



そう言うと,もっと赤くなって,何か言い返そうとしたのかおろおろとする。

僕も,傍目に見たらこんな感じだったんだろうか。



「百合川さんは勉強しないの? 必要ないかもしれないけど,上の大学とか目指すなら教えようか?」

「……いいの? ユリユリね,就きたい職業があるの。別に今のままならあんまり勉強は必要ないんだけど」

「いいよ。僕と一緒にいるんでしょう。どうせ暇なら,有意義な時間にしよう」



百合川さんはきゅっと目を閉じて,震えるように頷いた。

僕は彼女に同じ気持ちを返せない。

だけど百合川さんは自分の言葉通り,毎日僕を守ってくれている。

いつの間にか一日中百合川さんを見ている気がするし,そのせいでまたいつかの噂が再燃した。

だけどそれを理由に迫ってくることもなく,話題にすることすらしない。

僕から何か返せるものがあるとすれば,それはほんの少しの有用性や,優しさくらいのものだろう。

百合川さんは本当にこれからも僕のために時間を使ってくれるだろうと分かる。

申し訳ないと思いながらも,返せるものが圧倒的に足りていないと分かっていながらも,僕には百合川さんが必要だった。

僕らはその日,連絡先を交換した。

百合川 姫。

目でなぞり,頭で反芻する。

姫と呼ばないでという百合川さんを思い出し,僕はもう一度目でなぞると,電源をオフにした。

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