悲劇なのか喜劇なのか どう思う? 探偵(?)

ゆらぎなぎ

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「わたしの名前と住処を、あなたに教えたのは誰ですか? よろしければ伺いたいですね」
「有馬絢子あやこさんから、聞いていたんです」

 その答えに私は、手を滑らせてポットの周辺にお湯をぶちまけてしまった。カップのふちがぶつかったのだ。
なんと絢子ちゃんの知り合いッ!

 よよ、良かった。立派な紅茶を選んでおいて。美しさにつられてついついいいものを選んでいて良かったわ。

 ちゃぷちゃぷと布巾で水を吸い取りながら、改めて彼女をじっくり見てしまう。絢子ちゃんの知り合いと言われればそんな感じ、雰囲気に共通のものが見えている。と思うのは、思い込み?

「絢子さんとは、アルバイトでご一緒したことがあるんです。短い期間のものだったのですけれど仲良くしていただきまして、その後も時々連絡を取り合っていました。この土地での実習が決まったとお話しましたら、困ったことが起きた時には、先生を訪ねるようにとおっしゃってくださって」

 ふぅむ。これはわかりやすいバイトの種類だ。きっと履歴書には写真がもちろん必要なのだと思われる。
 美人は短期でお金を稼ぐんだよなぁ、と、布巾を絞りながら私は気付かずに上を見上げていた。叶わぬものを見ていると思われる。オイ。

 そう言えば、絢子ちゃんにはしばらく会っていない。大学も最終学年となり、なにかと忙しいのよッと言い放っていた記憶が最後だ。かれこれ一月半になりますか。

 修平の顔には特に変化はない。けど、私がお湯をぶちまけたのと同じように動揺はしたはずだ。なにしろバカな真似をしたら、絢子ちゃんの制裁とくるわけだから。

 二重の枷ですな、センセイ。美女にいいとこ見せちゃおう&絢子ちゃんの鉄拳は逃れよう。

 巻き添えはゴメンなのでしっかり頼みたいものだけど、望みが薄いことは見えている。だから疑問。なんで絢子ちゃん(ともあろう人が)、コレに相談しろなんて?

「つまり、困ったことが起きたということですね」
「はい」

「どうされたんです。医者のような聞き方をしますけど」
「お医者様にすがる気持ちと一緒です、私。このままでは、私、私……」

 ぎょ。
 涙がこぼれる瞳を真ん中に集中線が発生し、修平も私も、それぞれの場所で凍りついた。

 あごを胸につけるほどうつむいているので、涙は頬を伝わずに、目から膝へと直結だ。

 ぽたぽた。
 おろおろ。

 ハンカチ。ハンカチだって、こういう時は。修平んち来るのに、ポケットにハンカチなんて仕込むかっての。えっとー、これは台拭き。だめだろう。あ、じゃあティッシュティッシュ。花粉症用のソフトティッシュだから、いーかもしれない。目にも優しく――ぬぉッ。

「なんとかしましょう。大丈夫ですよ、とはお話を聞き終えていない今はまだ言えませんが、悪くはしませんよ。良い方向を一緒に目指しましょう」

 修平は、石塚さんの手をとり、そんな台詞を並べていった。
 あー。

 それから十分に足らず、落ち着きを取り戻した石塚さんの様子から言うなれば、それは英国紳士のホームズ氏風行動だったのかもしれないし。はてさて。
 私もティッシュも元の場所にと正しく戻り、探偵も手は引っ込めている。依頼人は膝の上で両手を握り合わせ、それをほぐし、また握り、もっと強く組み、唐突に一息に、

「手紙を見つけて欲しいんです」
「手紙ですか?」

「えぇ、私、手紙を書きました。そして、失くしてしまったんです。落としたのかも。盗まれたのかもしれません。私の手元にはないんです……、今手元には……」

 ま。また?

「ないんです」

 再び一サイクル繰り返すかと思ったけれど、そんなことにはならず、石塚さんはただ視線を斜めに落としただけだった。しかしその様子は、もはや騒ぎ立てる気力もないことが明白すぎて、さっきの方がマシだったんだと思わされる。

 美人の憂い顔。涙も枯れ果てた風に。助けて差し上げられるものなら、もちろん。
 けれど。けれど、だ。

 けれど修平は、ただ小説家なのである。太古の昔から混同されることの多い職業だけれども、現実現在現象において、まぎれもなくピュアに、やっていることは小説書きなのだ。

 誤解を受けるのは探偵作家冥利に尽きる、と本人は大暴れに近く大喜びだけれど、依頼してくる側の立場に立って助言をするならば、『やめておきなさいね』になるしかない。だって、役に立つわけないのだから。

 何かを言いたい私の様子に気付いたらしい。石塚さんは手のひらにて私を指し示し、

「先生の、妹さんですか?」
「キッチンメイドです」

 そうきたか。石塚さんの当然の対応――当惑した顔になる――に、修平は心得ております風にうなずいて。

「メイドですので、秘密は守ります」

 もちろん、聞きたいのはそんな言葉ではないだろう。当惑は混乱に近づいたと思う。向けられたどこかしら縋るような瞳に、私は力なく笑って見せた。

 スマイル0円にはほど遠く、サービス精神はどん底の笑みは、言うなれば『すいませんねー、うちの主人たら変り者で』といった、忠誠心破綻気味の使用人のものに近い。

 私は主張としては秘書なのだけれど、呼称も立場も、雇い主の気分次第で七変化してしまう。もちろんこれは言葉の綾で、七どころでは止まらない。二十面相かも。探偵の秘書が実は、怪盗も兼ねていたのでありました。
 いやぁ、どう? その設定。

「では、初めから始めましょう。話を聞かせてください、石塚さん」

 そして、終わりまでいったところで、終わるのでありましょう。

 なんて、心の中だけで混ぜ返しながら、私は待ってくれな気持ちになっていた。
 この話、ちゃんと事件なわけ? もしかして。
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